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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
53/142

第23話 愛情の魔力 ~summer vacation~

 夏のレジャープール施設内。


 プールから少し離れた場所で水着姿で佇み、一人ぼんやりとしているところ。

 冷たいものが頬に押し当てられ、リーフェルトはハッと思わず飛び上がる。



「飲み物買ってきた」

「! ああ―――」



 去年購入したワンピースタイプの水着を着た恋人の手の中のものを受け取り、礼を述べる。


 歩花は困ったように小さく笑って、リーフェルトの前に立った。



「君の頭の中は、デートどころじゃないか?」

「……あ……」

「星野尾兄妹のことについて考えていたんだろう?」

「そういうわけじゃ……」



 折角のデートなのに自分の世界に入ったりなんかして、

 飲み物だってパートナーに買わせてしまった。


 ばつが悪い気持ちになって謝ったリーフェルトに、

 歩花は首を横に振って彼の背中を擦る。



「帰るか?」

「……ごめん。僕がぼーっとしてるから、嫌になった?」

「そういうことじゃない。

 寧ろ君の方が、今の心境的に、騒がしい場所は嫌じゃないだろうかと。

 君の気持ちは、なんとなくわかるから」



 ただ、夏休み前から約束していたからここに来た。


 あとは、家に篭もっているとあれこれ考え事をしてしまうから、

 外に出るのもいいだろうと歩花は思ったのだが。




「君の故郷に里帰りしたら、ご家族に相談すればいい。

 今の君には、悩むということしかできないだろう。

 ……君がやったわけじゃないのだから。一人で背負いこむ必要はないんだ」

「……」

「安心して。君はそうやって本気で悩めるだけ、十分立派な人だ」

「……そうかな」

「そうさ。自分はやっていない、他の誰かがやったことだからと、非難から逃げることもない。

 見苦しく同胞の罪を正当化したりもしない。

 君が素直で、真剣に責任と向き合おうとする人だからこそ、星野尾も君に感情をぶつけることができたんだろう」




 リーフェルトの肩に、温かな熱と柔らかな髪が絡む。


 歩花は彼の肩に軽く頭を凭れさせ、




「彼らのために何ができるか、私も一生懸命考えよう。

 ……もし必要なら、私もこの夏休み、君と一緒に帰るから―――」




 彼女の言葉に。

 リーフェルトの胸に長い間留まっていたもやもやとした憂鬱が、嘘のようにひいていく。


 手を伸ばせば、当たり前だと言わんばかりに、細い指先が自分の指に絡みつく。



 何故だろう。それだけの行為なのに、驚くほどに安心した。




(―――違う)




 立派とか。素直とか。誠実とか。自分は、そんなに格好良い男じゃない。



 本当は、今まで何度も逃げたいと思った。

 王子という立場から。自分がやっていないことに対して責められなければならない、憎しみを向けられなければならない、そういった立場から。




 嗚呼、結局駄目なのだ。自分一人だけでは。




「……歩花」

「……ん―――」




 繋いでいた手を放し。リーフェルトは自分に瞳を持ち上げた恋人の腰を抱き寄せて、柔らかな唇に音をたてて口付けた。




「ありがと」




 もっちりとした滑らかな額に自分の額を重ねて、心から感謝した。



 かつてリーフェルトは、自分が嫌いだった。

 弱くて逃げ腰で、兄姉たちに守られ、流されるがままの情けない自分が。


 だけど彼女はいつも、自分を格好いい男にしてくれる。

 価値ある男だと信じてくれるから、格好つけたくなる。



 これほどまでに自分自身を奮い立たせてくれるこの女性を、

 やはり伴侶にしたいと、リーフェルトは改めて強く望んだ。





「ままー! あそこでがいじんさんがチューしてるー」

「指差しちゃダメ! 失礼でしょ!」





 不意にそんな会話が耳に飛び込んできたので、リーフェルトが何気なくそちらに顔を向けてみれば、

 先程の声の主らしき幼女が明らかに自分たちをガン見しながら、母親らしき女性に手を引かれている。


 次いで周りを見渡せば、

 自分たちの近くを歩いている他の一般客が、チラチラとこちらを気にしていることに気が付いた。




「……」




 歩花に目を戻せば、彼女は俯き、横髪から覗く耳を真っ赤にして周囲の視線に耐えている。


 リーフェルトは彼女が買ってくれたジュースに口を付け、また小さな手を取ると、

 「これ飲んだら、遊ぼうか」とニッコリ笑った。




 思えば、今悩んだところで、彼らに何かしてやれるわけではない。


 自分は一人じゃない。

 悩みを分かち合える恋人も、仲間も、親兄弟もいるのだ。

 頼ればきっと、みんな真剣になって自分と一緒に考えてくれる。




(……もっと、周りを信じよう―――)




 なんとかなる。

 そんな気がしてきて、彼は自然と、下に向いていた自分の顔が持ち上がっていくのを感じていた。













「ねえ、イッチ」

「んー?」

「“歩花”って名前の子、中学にいたっけ」



 中学時代の友人と女子二人で遊んでいる間。


 ファミレスで唐突に聞かれ、パフェを食べていた市辺真優(いちのべまゆ)はスプーンから口を離した。



「……“アユカ”?」

「うん」

「アサカちゃんとか、アユミちゃんなら知ってるけど」

「……そっか」



 去年の夏休みに過ごした歩花との記憶は、既に小夜の中にはない。


 歩花と一緒に映っている写真も、彼女には渡していないはずだ。




(この子。また記憶が―――)




「どうしたの? 一体。何か気になることでもあった?」

「……んー。ちょっとね……」

「……そ」




 自分が食べているものとは違う種類のパフェを再び口に運び出した小夜に、

 真優は複雑な気持ちになる。


 次に記憶が完全に戻ったら、小夜は一体どんな反応をするのだろう―――と。




 中学時代、一度その場面を真優は見たことがある。



 

 小夜を守って大怪我をした陽人を見た瞬間、

 自分が魔に狙われやすい体質だということを思い出した彼女は、ショックのあまり陽人を置いてその場から逃げ出してしまった。


 以来。歩花が彼女から記憶を消すまで、自分のせいで陽人や彼女の幼馴染が傷ついてきたという事実に耐えられず、

 自分の部屋に一人引きこもったのだ。



 忌まわしい記憶が無くなりいつものように笑う小夜を見て、真優は釈然としない気持ちになったが、

 陽人も歩花も彼女を責めはしなかった。



 “立ち向かえる人もいれば、立ち向かえない人もいる。

 ただそれだけで、小夜は何もおかしくはない”―――そう、言っていた。

 

 二人がそれでいいのならと、真優も今まで黙ってきたのだが。

 このままでいいのだろうかと、やはり考えてしまう。




(……いつまでこのままなの―――?)




 喉から出かかる、中学時代からの小夜への不満。


 ハッピーエンドになるのなら、潔く陽人のことを諦められるのに。小夜は贅沢だ。

 自分が彼を幸せにしたいとどれだけ望んでも、陽人が高校生になった今も小夜しか見ていないことを考えれば、告白することもできない。




(いつまで、良い子でいられるの? 私……)




 歩花に悟られることなく。誰にも相談することなく。果たして我慢し通せるのだろうか。


 一日でも早く。この恋心に終止符を打ちたいのに。



 こんなに長引いてしまうなら、せめて中学の時にとっとと告白して、フラれていればよかった。

 高校生になってから、そう、ひそかに彼女は後悔していた。




『今の気持ちを大事にしなきゃ、後悔するときはするんだよ』




 リーフェルトにかつて言ったこの言葉は、過去の自分への言葉。



 時が経てばいつか死んでくれると期待し、しまっておいた気持ちは、

 今も尚、真優の胸の中でくすぶっている。














 目いっぱい遊んで、プール施設からリーフェルトの家へ一緒に帰宅した後、

 リーフェルトと歩花は寄り添いソファに横になる。


 眠りつつ雪女の魔石に魔力を乗せることは流石にできないので、

 マンション備え付けの冷房で涼み、一時間ほど休息を取った。



 歩花が目を開けると、一番に視界に飛び込んできた、まだ瞼を閉じて眠っている恋人の顔。

 無防備で安らかなリーフェルトの寝顔にどきりとして、彼女は思わず頬を赤らめた。




「―――……」




 寝ているのをいいことに、暫しまじまじと彼の寝顔を観察する歩花。


 ブロンドの髪に、伏せられた睫毛、鼻、頬と目線だけを動かし、

 最後、リーフェルトの唇に歩花の目は止まる。




(……駄目だ。なんか私、いやらしい……)




 今までの分と、昼間の口付けの味がフラッシュバックして喉を鳴らしてしまった自分を恥じ、

 もぞもぞと寝返りを打って彼に背を向けた。




「んん……」

「……!」




 冷静さを保つため、心持ち距離を取ったのに、

 リーフェルトは人肌恋しそうに自分に身体を寄せてくる。


 彼の規則正しい寝息がうなじにかかり、歩花の身体は先程よりも強張った。




(……どうしよう)




 目なんて、とっくに冴えてしまった。


 それでも瞳を閉じてなんとか眠りにつこうと努めるが、

 どうしても彼の存在を主張する生温かな呼吸と熱に、鼓動が落ち着かない。




 嗚呼、なんだろう。この精神攻撃は。




 なんとか気を紛らわそうと頭の中でCMのBGMや演歌を流したり、考え事をしてみたが、やはり上手くいかなくて。


 困り果てた彼女が最終的に行き着いたのは、

 “一日中マナーモードにしていたスマホのメールチェック”だった。



 幸い彼女のバッグは、今自分たちが眠っているソファの傍らにある。


 テーブルの足元に凭れかかったバッグを手繰り寄せ、

 手探りで自分のスマホを手にすると、早速ロックを外して中身を確認した。




(母さん―――と、知らない電話番号から留守電が……)




 歩花はまず、自分の母親からの留守電に耳を傾ける。

 知らない電話番号からのメッセージは、茜のものより一時間前からのものだったが、親しい者との伝言を優先した。




<歩花。一応伝えておきますが、まだ帰ってきては駄目。

 念のため、八時くらいに姿を変えて帰ってきなさい。

 今夜のご飯はどこでもいいから、リーフェルト君と食べなさい。訳は後で話します>




 それは静かで、どこか緊張した様子の母の声。


 一体どういうことだろうと首を傾げながら、

 とりあえず、ついでに知らない電話番号からの留守番電話に対し意識を傾けてみる。



 すると―――





<あ、二階堂君? 僕シュガー・コフィだけど、ちょっとご飯作りに来てくんない?

 勿論和食ね。一時間後に執事が君んち迎えに行くから、よろs―――>





 母のものとはまるで真逆の、馬鹿みたいに明るい調子の声。


 伝言が途中にもかかわらず、

 無表情で咄嗟に、生理的な嫌悪感に従うまま歩花は通話終了ボタンを押し込み伝言を消去した。




(……なんで僕の番号知ってるんだ……!?)




 いや……大体想像は付く。

 おそらくあの弱気なコックから聞き出したのだろう。


 相手が夢魔だということを知っていれば教えなかったのに、不覚だった。

 迷惑をかけた母に、とても申し訳ない。




(今、五時半か……母からの電話は五時五分過ぎ。

 母の性格上、父のいない家に知らない人間を入れてはいないだろうが―――)




 父の左一は退魔師の仕事で稼いでいるため、ずっと家にいるわけにはいかない。

 インキュバスの事件後すぐに旅に出た。


 茜は塩分の高い人間の世界の料理をあまり好まないので、食事は生野菜を齧っているだけで十分だ。歩花が作る必要もない。

 だが今日は夕食前に帰り、食後母にブラッシングでもしてやるつもりだったのに……。




「……誰? 陽人君……?」




 寝ぼけ声で話かけてきた恋人の声に、

 歩花は横になった姿勢で彼を見やる。



「……違う」

「違うの? 男の人の声だった……?」

「―――……シュガー・コフィだ」



 非常にばつが悪いが、隠すのもおかしいと思い、正直に答えた。


 案の定リーフェルトはぼんやりしていた双眸をみるみる見開いて、

 耳を疑うような反応を示した。



 素直にかいつまんで彼と再会してしまった日のことを説明してやった。




「え……歩花。まさか、今から彼のところに行くの……?」

「行かん。誰が行くか」




 即答で否定し、スマホをテーブルに置いて、再びソファに頭を預けた。




 やれやれと短い息をつくと、

 背後から伸びてきた白い腕が歩花の身体に絡みつく。


 安心したように吐きだされた、リーフェルトの長く深い吐息を後頭部に感じて、

 歩花は自分の腰を抱いている恋人の手の上に、自分の手をそっと重ねた。









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