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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
52/142

第22話 一歩 ~summer vacation~

 リーフェルトが住んでいるマンション。



「……近いうち。美央さんとケーキを食べに行くんだけど」

「……」

「星野尾も誘って、君も一緒に来るか?」



 恋人と二人で作った夕食を食べた後。

 ソファの上で歩花の肩に牙を潜らせ、そこから柔らかな肌を伝い落ちる甘い雫に舌を這わせていたリーフェルトは、

 自分のブロンドの髪を撫で付ける優しい手を頭に感じながら、赤い瞳を持ち上げる。



「来てくれるかな」

「さあね。でも、少しでも心を開いてもらえるよう頑張ろう」

「ん―――……」



 正直、今でもまったく、二人を恨んでいないといえば嘘になる。


 理解してやりたくない気持ちもある。

 我ながら、幼稚だとはわかっているのだが。



「……無理に大人ぶって許す必要はないよ、リーフェルト。

 憎しみを簡単に捨てていけたら、それに越したことはないけれど。

 どれだけ忘れようとしてもどうにもならないなら、恨んだままでいいと思う。

 彼らも……私が人のことを言える立場じゃないが。なんというか、やり方が悪かった」

「……」



 まるで、彼らの事情を知っているような言い方だ。


 しかしそう考えれば、双子が歩花に心を許しかけているのも納得がいくが―――。



 とまで考えたところで、歩花はリーフェルトが何かを尋ねるよりも早く、



「私は彼らの事情を知っている。

 でも、君には話さない。多分これは、君が信用を得て聞きださなければならないことだろう」

「……僕が。自分の力で……?」

「うん。だけどたとえ、君がやっぱり彼らを許せない、理解したくないと言い出しても、

 僕はそれがおかしいことだと思わない。彼らも覚悟の上でやっていることだろうから。

 ……ただ」



 一度そこで歩花は言葉を止めて。


 身体を少し離し、リーフェルトの赤い瞳を見つめた。



「彼らと向き合えば、君は一つ。王族のヴァンパイアとして強くなれるかもしれない」

「王族として―――?」

「そう。そしてその強さは、相手を力ずくで捻じ伏せる強さよりも、ずっとずっと大切なものだ。

 だから悔いのないよう、じっくり考えて。

 君がどちらを選ぼうと、私は、君の傍にいるから―――」

















 美央との約束の日当日。


 前を歩いている歩花と美央が楽しそうに会話しているのを見ながら、

 リーフェルトは隣を歩く里央の存在を感じていた。



「……」

「……」



 勿論。男二人の間に会話はない。


 少々気まずくはあるけれど。




『なに。顔色を窺う必要はないし、普段通りにしていればいい。

 話すことがなければ焦らず、普通に黙っていろ。

 まず、一緒に歩いて、一緒に食べて、同じ時間を共有する。それだけでも立派なコミュニケーションだ』




 歩花の言葉が蘇る。

 そして、去年のような事件があって、気まずくならないのは当たり前だと言われた。

 自然にただ、任せればいいと。



 リーフェルトは恋人の言葉を信じ、ゆっくりと深呼吸した。






 大都会の駅から少し歩いた場所にある、小さな喫茶店にて。

 四人でテーブル席を囲み、歩花が勧めるケーキをみんなで注文する。




「……! 美味しい」

「だろう?どこから情報を得ているのかは知らないが、従兄が美味しい店にやたら詳しいんでな」

「……甘すぎないな」

「ええ。本当に、美味しい」




 見た目はどこにでもありそうな普通のケーキだが、味が違う。


 会話の流れで、どうやら甘いものが苦手らしい里央もこれなら食べられると言って、

 普通に完食した。




「チョコレートの方も美味しいぞ。私は注文するけど、どうする」

「じゃあ僕、食べようかな」

「私はちょっと……」

「僕も遠慮する」

「OK」




 店員を呼び、歩花は自分とリーフェルトの分のチョコレートケーキを頼む。



「私くらいの歳の人は、歩花ちゃんと同じくらい食べるのかしら」

「……いや。別に美央さんが食べられないのかおかしいとか、そういうわけじゃなくて。

 一つ食べたら十分だという女性も沢山いますよ」

「……ならいいんだけど」

「ただ、標準体重を保っていればいいというわけじゃない。

 色んな食材を工夫して組み合わせて、毎日バランスよく楽しく食べることが大事だ。

 特にケーキなんて嗜好品は、その最たるものでしょう?

 他人は食べたいから食べる。自分は食べたくないから食べない。それでいいんです」



 おそらく美央は真面目すぎるのだろうと、歩花は思う。


 あの痩せ細った身体を自分に怒られて以来頑張ってきたのは、

 良くなった顔色と肉がついてきた身体を見れば明らかだが。


 どうも彼女は、思い込めば間違った方向にとことん突き進むような危うさがある。



「でも、最近。痩せた自分の身体が恥ずかしくて……」



 俯く美央の腕は、夏にも関わらず長い袖に覆われ隠されている。


 今日も曇りとはいえ暑いのにどうして半袖ではないのだろうと思っていたが、

 そういうことかとリーフェルトはようやく納得した。



「気付けただけで十分でしょう。

 焦らず無理なく、楽しんで体重を増やしていけばいい。そのための三大欲求だ」



 歩花の言葉に、美央は恥ずかしそうにしながらも小さく笑った。



 リーフェルトたちのもとに注文したチョコレートケーキが届くと、

 歩花は一口分切ってそれをフォークに刺し、「あーん」と美央の口元に差し出す。


 美央は顔を真っ赤にして酷く動揺したが、

 最後には遠慮がちに口を開いて、ぱくりとそれに噛みついた。






 それから歩花と美央は、最近の近況について話に花を咲かせる。


 エイベル・ウェインが夢魔の世界に帰り、美央たちの叔母の日奈子が、彼を心配し落ち込んでいたこと。

 里央が最近、美央のために料理を始めたこと。

 しかしまだ不慣れなため、よく入れるものを間違えていること。




「一昨日はチューブのしょうがとからしを間違えてね―――」

「まあ、色は似てるな」

「口に入れてから気が付いたの。

 そしたら叔母さんが、『里央君も普通の高校生なんだってホッとした』って」

「ああ……うん。わかる気がする」

「……」




 自分の失敗を話題のネタに取り上げられ、

 盛り上がりを見せる女子たちとは反対に、珈琲を飲みながら面白くない様子の里央。


 それからも続々出てくる失敗談に、

 いけないと思いつつ、ついリーフェルトは思わず片手で顔を覆い噴き出してしまう。

 完璧人間のように思っていた人物が―――というギャップに、耐えられなくなってしまったのだ。


 すると里央はリーフェルトの反応に眉をひそめ、



「君にだけは笑われたくないな。……どうせ包丁も握ったことないんだろう?」

「いや、彼は一人暮らしだから。料理から掃除洗濯、アイロンがけまで全部自分でやっているよ」

「……!?」



 歩花の科白に、里央はショックを受けた顔になった。



「いや、しかし。王族なら、使用人とか……」

「僕、こっちには一人も連れてきてないよ」

「……何―――?」

「彼は大したものだよ。期末のテストも学年一位だったし。

 歳の割にしっかりしているだろう?」



 恋人に持ち上げられ、照れくささにリーフェルトは頬を掻く。


 言葉を失っている兄の横顔に、

 「里央、負けてるわよ」と美央が笑いながら茶化した。



「大丈夫。星野尾も頑張れば上達するさ。

 リーフェルトも今メキメキ腕を上げてるしな」

「歩花にはまだ負けるけどね……」



 と表面上は謙遜しつつ。

 里央に勝てるものが見つかって、正直少し嬉しいリーフェルトだった。













 去年水着を買ったファッションビルで、ウィンドウショッピングを楽しむ女子二人。


 それを里央と遠巻きから長椅子に座って見守りながら、

 楽しそうな歩花の横顔に、リーフェルトはくすりと笑う。




「……本当に付き合っているんだな」




 横から声をかけられ、里央を見て首を捻る。


 彼は自分を見もせず、「彼女と」と付け加えた。



「それは、勿論」

「どこまで本気だ?」

「一応は、結婚前提に」

「……彼女は完全なヴァンパイアじゃないんだぞ」

「うん。色々と簡単じゃないのは、わかってるよ。

 今は普通のお付き合いをしながら、少しずつそういう話をしようってことになってるけどね」



 比較的自由な立場にいる末弟の立場といえど、王族は王族だ。

 夢魔の血を濃く受け継ぐ彼女への偏見の目など、試練はあるだろう。



「二階堂さんは納得しているのか。人間側から君たちの側につくことに」

「……別に。僕たちの種族みんながみんな、人間に危害を与えるわけじゃないよ。

 敵だと見なしているなら、ルールに従って住んだりなんかしない」

「どうだか。そう言って、彼女を騙しているんだろう」

「……! 命の恩人なのに、そんなことするわけないだろ……?」



 流石にかちんときて、リーフェルトは里央を睨んだ。



「悪いが。ヴァンパイアは信用しないことにしている」

「君だって―――というより。君の親だってヴァンパイアじゃないか」

「僕の父は最初からそうだったわけじゃない。元は人間だった。

 二階堂さんと“同じ”、お前たち種族の被害者だ」



 そこで初めてリーフェルトに向けた里央の目は、どこまでも冷たい。


 寒気がするほど鋭利な光を宿したその瞳は、深い憎しみに燃えていた。




「ヴァンパイア全員が人間の敵ではないというなら。

 人間に戻れず、親からも拒絶され生きてきた者の気持ちを、君は一度でも想像したことがあるか?

 ……そんな中で。やっと手に入れた幸せをまたヴァンパイアに壊され、今もまたどこかで孤独の中を彷徨っている父の気持ちが、君にはわかるのか」

「っ……」

「だから、信用できないと言っている」

「……だから。君たちはヴァンパイアハンターになったのか」




 衝撃的な里央の背景。


 憎しみのすべてを自分に向けられ、緊張に乾いた舌を縺れさせながらも、

 リーフェルトは確認する。


 ただのつまらない正義感ではない、真っ当な憎しみに圧倒されて潰されそうになるが、

 なんとか気丈を装った。



 しかし。




『彼らと向き合えば、君は一つ。王族のヴァンパイアとして強くなれるかもしれない』




 ヴァンパイアの王族として、この憎しみに立ち向かうか。逃げるのか。


 ―――歩花の言っていたことは、こういうことだったのだろうか。








「すまない。待たせてしまって」





 緊迫した空気の中。


 恋人の声に現実に引き戻され、リーフェルトは一拍遅れてから、座った姿勢のまま里央から歩花たちへと顔を向ける。




「……いや―――」

「そうか。君たち男子は、何か見たいものでもある? 待たせてしまった分付き合うよ」

「ううん。僕は、大丈夫だけど」




 身体を濡らす冷や汗が、服に張り付いて気持ち悪い。


 それでも咄嗟に笑顔を作って、何もなかった様に取り繕いながら、

 里央と一緒に長椅子から立ち上がった。




<……何かあったのか?>




 移動している間。歩花がリーフェルトの意識に語り掛けてきた。




<……ちょっとね>

<戻ってくるタイミングが悪かったか? すまない、長い間二人きりにしてしまって>

<ううん―――>




 少しでも彼を理解したいと望んだのは、他でもない自分自身。



 今まで意地を張り、見ないようにしてきた。

 自分が去年命を狙われた訳……彼らの動機。




<全部じゃないけど。段々見えてきた>

<?>

<僕が、殺されかけた理由>

<……そうか>




 静かな相槌を最後に、歩花との会話は途切れた。




 仲良く会話を弾ませている二人の兄妹たちの背中を、

 リーフェルトは黙って見つめることしかできなかった。













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