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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
二年生編
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第12話 敵意

 星野尾家。


 美央の部屋で歩花が彼女にイメージ耐性をつけている最中、

 一人リビングで座布団に座り考え事をしていた里央は、気配を感じて窓の方を見やる。


 無言で閉めきっていたカーテンを開ければ、そこには窓の前でぶら下がっている一匹の蝙蝠(こうもり)。

 涼しい表情を崩さず里央が開け放った窓から、一拍遅れて、その蝙蝠は部屋に入って来た。



「ありがとう」



 蝙蝠はたちまち、リーフェルト・アップルガースへと姿を変えた。

 歩花を迎えに来たリーフェルトは一応里央に礼を言ったが、そこから張りつめた沈黙が星野尾家のリビングに流れだす。



「……コーヒーくらい淹れよう」

「……どうも」



 リーフェルトをかつて殺そうとした里央。

 ヴァンパイアハンターである里央の天敵、ヴァンパイアたちを束ねる長の血をひくリーフェルト。


 砕けた世話話など到底、彼らの間では無理な話だ。




「……君。人間の血は吸っていないようだが」

「……?」

「彼女の首の後ろにある吸血痕(きゅうけつこん)。あれは君が付けたものか」




 座布団に座り、淹れたてのコーヒーを黙って飲んでいるリーフェルトに、

 普段通りながら、やはりどこか冷たさの残る調子で里央は問いかける。


 自分を見もせず声だけをかけてきた彼に、

 リーフェルトも彼の顔を一瞥することなく、「そうですね」と相槌を打った。



 昼間の放課後。あれからまた、彼女の首の後ろに跡を残した。

 歩花の許可を得てわざと深く残してやったので、さぞ彼の目に入ったことだろう。



「命の恩人である彼女を使って、自分の本能を満たしているのか。

 それとも、独占欲か―――? そうだとしても、随分みっともない真似をする。

 女性の身体に。しかもあんな目立つ場所に傷をつけなければ安心もできないなんて、男として相当、自分に自信がないんだな」

「……―――」



 厚みのあるマグカップに口を付けたまま、ひくりと眉を寄せるリーフェルト。


 溜め息交じりがやけに癪に触る、嫌な言い方だ。

 その上内容は的確で、ぐさりぐさりと容赦なく胸を刺す。



「その分、彼が私を想ってくれているということだよ。星野尾」



 リビングと廊下を繋ぐドアの向こうから、耳に馴染んだ女子の声。


 苦笑交じりの歩花が美央を伴い、リーフェルトたちのいる部屋に戻って来たのだ。



「私だってみっともないところは沢山あるしな。

 女として自信があるほうでもないから、星野尾の科白は、私にも当て嵌まってしまうかな?

 とても耳が痛い話だ」



 そう言って自然に歩花は、リーフェルトの隣に正座した。




(……どうしよう)




 当然のように歩花が自分を庇い、里央の隣ではなく、リーフェルトの隣を選んだことが堪らなく嬉しい。

 慌てて苦いコーヒーを口に含み、喜色を誤魔化す。


 確かに、彼女は自分なんかには勿体ないほどの女性だと思うのに。



「二階堂さん。その子のどこを好きになったの?」



 不意に、里央の近くに座った美央が歩花に尋ねた内容に、どきりとするリーフェルト。


 歩花は「んー」と暫し考えてから、



「……どこなんでしょうね。沢山あって……。

 何より、一緒にいると落ち着くというか。すごく楽、かな」

「そう」



 首をやや横に傾け、くすりと美央は笑う。


 それは本当に小さな微笑だったが、

 今までリーフェルトが見てきたそれとは全然違う、人間らしい温かなものだった。



 少しずつではあるが、この兄妹。歩花に対して心を開きかけているようだ。





 コーヒーを飲み終えると、あとは帰るだけだと、辰弥の姿となった歩花と一緒に立ち上がる。


 廊下を出て数歩足を進めたが、突然星野尾家のチャイムが鳴ったことで、

 リーフェルトと歩花は再びリビングに引っ込み、代わりに里央が玄関に向かった。



 客人が帰るまで待っていると、やがて歩花たちの元に戻ってくる里央。


 彼は「帰ろうとしているところ、すまない」と、

 リーフェルトたちの前に、やってきた客人たちを通した。




「インキュバスたちのこと。彼らも協力したいと言っているんだが―――」




 リーフェルトと歩花は目を瞬かせ、

 二人の男と、その内の一人の肩に乗っている、翡翠色の瞳の白猫を見据えた。













 六月。聖アイテール学院。


 梅雨に入り始めた時期。

 下校時間が始まってから随分と時間が経ち、傘を咲かせて帰る生徒たちが少なくなってきた頃。

 一階の廊下を歩いていた日奈子は、たまたま通りがかった保健室の扉が開く音が聞こえたので、

 何気なくそちらに目を引かれた。



 そこから出てきたのは、見知った少年。自分が担任を勤めている留学生―――と、あと一人。

 別のクラスだろうか。日奈子の知らない女生徒だ。



 日奈子がそこにいることも知らず、軽く音を立てて口付ける二人。


 エイベルが「またね」と笑うと、相手の女子は赤い顔で、日奈子がいる方向とは反対の方へと走っていく。


 日奈子は溜め息をついて、



「こんな人目に付く廊下で。何をしているの、ウェイン君」



 と、エイベルに声をかけた。


 そこで初めて日奈子の存在に気付いたのか、

 少し驚いた顔をしてから彼は、「見てたんだ?」といつもの甘いマスクをかぶる。



「恋愛は自由だけど。

 そういうことをするなら、もうちょっとひっそりとしたところでしなさいっ」

「……ひっそり、ね―――」



 彼女の言葉に、意味深そうに笑うエイベル。



「もういい加減に帰りなさい。貴方、部活も委員会も入ってないんでしょう?」

「でも俺、傘持ってないよ?」

「あら、そう……じゃあ、先生の貸してあげる。普通の傘と折り畳み、二つ持ってるから―――」

「俺さ。怪我してるんだよね」



 取りに行こうと踵を返しかけたところで、聞き逃せない科白が聞こえて「えっ?」と慌てて振り返る日奈子。


 「ほら」と言ったエイベルが袖を捲り上げ見せた腕には、大きな切り傷があった。

 そこからぽたぽたと血が滴り落ち、何とも痛々しい。



「! どうしたの、それ……!」

「手当てしたかったんだけど、保健室の先生いなくてさ」

「そういうことは早く言いなさい! 待ってて、今すぐ先生呼んできてあげるから!」

「待って」



 エイベルは日奈子の細い腕を掴み、何故か彼女を引き留める。


 怪訝そうな顔をして自分を見つめる日奈子に、

 目の前の生徒はにっこり微笑んだ。



「先生が手当てしてよ」

「先生? 先生はそういうのはちょっと……」

「いいから。ほら。消毒液塗って絆創膏貼ってくれるだけでいいし」

「駄目よ。ちゃんとしないと」

「じゃあ、血止めるのだけ手伝ってよ。それから保健室の先生呼んで。

 それならいいでしょ?」

「……」



 それだけなら、自分でも協力できるかもしれないが。


 日奈子は迷う。

 しかしこうしている間にも、とめどなくエイベルの腕から真っ赤な血が指を伝い、廊下を汚すだけ。



 見ていられなくなって、日奈子は「わかった」と相槌を打つ。


 礼を言って先に保健室に入った彼を追い、自分もその中へ入った。



 そして、部屋の中心辺りに立ち、小さく唸って彼女が止血のやり方を思い出そうとしている時だった。

 後ろから、エイベルが自分の身体に腕を回してきたのは―――。



「……ウェイン君……?」

「やっと、二人っきりになれた」



 日奈子の耳に吐息がかかるほど唇を寄せ、エイベルは甘く囁く。


 しかし彼が作る雰囲気に呑まれることなく、



「なにをふざけているの。貴方怪我してるのよ!?」

「俺、怪我なんてしてないよ?」

「ぇえ―――?」

「ほら。血も出てない」



 自分の身体に絡みついている、袖が捲られて剥き出しになっているエイベルの腕に改めて目を落とせば、

 彼の言う通り。そこには先程あった切り傷も、彼の腕を汚していた血の跡すらもない。



「ひっそりなら、いいんだよね? 日奈子先生?」

「やめなさい」

「どうして。カーテンも、保健室の鍵だって閉めてるのに」

「そういう問題じゃないの」

「フィアンセに嫌われるのが怖い? 大丈夫、先生が誰にも言わなかったらバレないよ。

 僕はバラしたりなんか、絶対にしない」

「……ウェイン君」



 日奈子はエイベルの手の上に自分の手を置き、優しく自分の身体から長い腕を解かせる。


 そのまま彼女は自分の生徒を振り向き、

 まっすぐ真剣に、エイベルの目を自分の目とぶつけ合わせた。



「私は、貴方が心配なの」

「……心配?? なんのこと?」

「私は―――」



 日奈子は一度俯き、それを言っていいのかと躊躇ったが。


 唇を結んで意を決したような顔になり、また、顔を上げた。




「先生は。貴方が人間じゃないって知ってる」


「……―――」




 予期しなかった彼女の科白に、目を丸くしてエイベルは口を閉ざした。


 そんなエイベルに対し、言葉を続ける日奈子。




「貴方が女の子たちに不思議な力を使って、仲良くしていることも。

 ……だけどね、ウェイン君。そんなことをして自分のことを好きになってもらって、それって本当に幸せなこと?」




 エイベルの手をしっかりと握って、強く、優しく言い聞かせる。


 まるでそれは、行為そのものを咎めるというよりも、

 何も知らず危ないことをしようとした子供に、それがどれだけ命に関わることなのかを教えるように。



「知らない世界に来て、心細いからかもそうしているのかもしれないけど。

 このままじゃ貴方は、一人ぼっちのまま、ここを卒業してしまうことになるのよ?

 今はそれでいいって思っていても、いつか絶対後悔するよ? 高校生の時代なんて、もう二度とこの先巡って来ないんだから―――」



 そこまで日奈子がエイベルに諭したところで、

 保健室の外から誰かが扉を開けようとしている音が聞こえた。


 「保健室、閉まってるな」という、男子の声。

 日奈子はエイベルから手を放すと、彼の肩にそっと手を置いた。



「貴方は、とっても頭の良い子。いつかわかる日が来ると思う。

 でも時間は無限にあるわけじゃない。過ぎ去ってから気付いたってどうしようもないの。

 そういうときだって、あるの」

「……」

「もし何か悩み事があったら、先生になんでも言いなさい。

 私で良ければ、力になるから」



 ニッコリ笑って、日奈子はエイベルを後に残して保健室の扉に近づいた。

 廊下にいる生徒のために、内側から保健室の鍵を開けてやる。



「あら」



 扉を開けた先に立っている甥と姪の顔を見て、日奈子は驚いた声を出した。



「……叔母さん? どうしたの、こんなところで」

「私は別に……二人ともまだ帰っていなかったの?」

「美央が気分が悪いって言い出して。

 良くなるのを待っていたんだけど、あまりに長引くようだから」

「ごめんなさい。めまいがひどくて―――」



 兄の里央に支えられながら、気分が悪そうにしている美央。


 日奈子はひどく懸念な顔になり、



「謝ることなんてないわ。でも、休むのはいいけど、あんまり遅くならないようにね?」

「うん。ありがとう」



 日奈子と入れ違いで入って来る星野尾兄妹。



 消えていく日奈子の背中を見送ったエイベルは、保健室のベッドに向かうプラチナブロンドの二人に忌々しげな視線を送るが、

 里央たちは何も知らないふりで、涼しい横顔を最後まで敵に見せつけた。













 その翌日―――曇り空の下。


 ミリーと共に必要なものを買いにふらついていたエイベルの目に、

 ウェーブがかった長いプラチナブロンドがたまたま映り込み、足を止めた。



 歩みを止めた悪友の目線を追いかけ、ミリーの瞳が辿り着いたそこには、どこかで見た顔がある。



「……笹永か?」



 私服姿だったので一瞬誰かわからなかったが。よくよく見てみるとやはりそいつは、クラスメートの笹永陽人だ。

 目立つ毛色をした女と、道の端で何か話をしている。




「笹永……?」

「あいつだよ。シュガーがアクマ祓いやってんじゃねーかって言ってた―――」

「……」




 南実先高校二年、笹永陽人。


 そいつが何故日奈子の姪とこんなところにいるのか考え、すべてが、エイベルの頭の中で繋がった気がした。



 何故あの二人が、自分と日奈子が話す度自分の視界の中に入り込んでいたのか。

 何故日奈子が、自分の正体を知っていたのか……ようやく。




(―――ふざけやがって……)




 拳を握り締め。エイベルは氷のように冷たい眼光で、美央と話している陽人を見つめていた。











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