第23話 後悔しないために
「……奇跡の鈍足だな」
「羽のある奴はどうも飛行能力に頼りやすくなるからな」
体育祭。一年生の最後の種目であるリレーの序盤で、
陽人と歩花は自分たちの番を待ちながら、ライバルたちにどんどん追い抜かれ、離されていくリーフェルトを遠巻きから眺めている。
ヴァンパイアなので身体能力そのものはとても高いはずなのに鈍足というのは、ある意味才能かもしれない。
過去、練習中にも彼らはリーフェルトの走りを見て、そんな感想を口にしていた。
両腕を振り必死に走っている彼を微笑ましく見つめている歩花に、
陽人は「なあ」と言い、
「本当に学園祭行くのか? 聖アイテールの」
「ん? まあな」
「リーフェルトも連れてったらどうよ」
「……一緒に行ったところで、彼が楽しめるわけがないだろう」
「……」
本当は同じ男として、リーフェルトのために行くのをやめたらどうか。と言いたかったが、
自分の気持ちを隠したがっている友人を想うとそれも言えなくて、陽人は頭を掻いた。
誘われたからとはいえ。
クールな彼女が、そこまで他人に関わろうとするのは珍しい。
一体どうしたことかと思いつつ、彼女の視界の外で肩を竦めた。
「……で。どうしてこうなったんだ」
中学の友人たちと予定が合わず、歩花一人で行くはずだった聖アイテール学院の文化祭。
彼女の周りには、リーフェルト、陽人、小夜のいつものメンバー。
流れは以下の通りである。
一、うっかり陽人が小夜に歩花が聖アイテールの文化祭に行くのを漏らす。
ニ、歩花(辰弥)が一人だなんてつまらないに決まっているから自分も付いて行ってあげたいと小夜がはしゃぎだす。
(訳:“星野尾里央に会わせろ”)
三、好きな異性が他の男子に会いたがっているのが気になって仕方がない。陽人も行くことを決意する。
四、このままではリーフェルトが仲間外れになるので陽人が彼を誘う。
「馬鹿か陽人。リーフェルトが可哀想だろう……!」
「何も知らされねえほうが可哀想に決まってんだろうが……!」
目的地へ向かっている間、電車の中小声で言い争いをする陽人と歩花を余所に、
自分たちの料理の失敗談などという何とも平和な会話でリーフェルトと小夜は笑い合う。
そうこうしている間に辿り着いた、聖アイテール学院高等部。
「星野尾さんたち、何するの?」
「兄妹でクラスが違うようだからな……。兄の方はメイド&執事喫茶、妹の方はプラネタリウムらしい」
わいわいと子供から老人まで沢山の人々が賑わう中、
二年生のフロアを目指し、四人はまず里央のクラスへ向かうことにした。
2年B組―――
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
メイド服と執事服を身に纏った聖アイテールの生徒たちが、正にそれっぽく、教室に足を踏み入れたリーフェルトたちに頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
「……! ああ―――」
見事な営業スマイルと共に四人の前に現れた、眩しいプラチナブロンド。
「本当に来てくれるとは思わなかった」と、里央は辰弥のなりをした歩花に向かって微笑んだ。
「あちらの席にどうぞ。……ゆっくり寛いでいってくれ」
勧められたテーブルを挟み、四人で座る。
メニューを暫し眺め、再び注文を取るためやってきた里央に、各々自分が飲みたいもの、食べたいものを注文する。
「かっ……かっこいいです、星野尾さん! 執事姿、似合ってます……!」
「そう? ありがとう」
「……~~~~~っ!!」
顔の良い年上の、甘く、しかしどこかビターなスマイルにやられ、
小夜は倒れんばかりに真っ赤にのぼせ上がる。
クラスメートに呼ばれ、背を向け去っていく彼をうっとりと見つめながら、
「ねっ、ねっ、辰弥!」と、隣の歩花のシャツを引っ張った。
「辰弥の友達なら、あの人良い人だよね……っ!?」
「ああ。彼ならいいんじゃないか?」
「えっ―――?」
あっさりと頷いた歩花に、
呆然とした声を上げたのは、彼女たちの向かい側に座っている陽人。
……いつも自分の味方をしてくれる、姉弟同然の彼女が。
いつも自分を応援してくれる歩花が。自分以外の他の男を小夜に勧めるなんて思いもしなかったのだ。
歩花はちらりと瞳だけを動かし、陽人を一瞥すると、
「……何年たっても煮え切らん男よりは、彼のような男がいいのかもしれないな」
「……―――っ!?」
「強いし爽やかだし、紳士的だしな、老若男女問わず。
でも競争率は高いだろうから、頑張らないと取られるぞ小夜」
「そっ……そうだね……! 頑張る! 応援してね、辰弥!!」
「任せろ」
小夜の頭を撫で、何とも頼れる返事を返す歩花。
それに勇気づけられた小夜は両手を握り、「うんっ」と更に意気込んだ顔になっていく。
一方、男性陣。
愕然とした表情で固まってしまった隣の陽人の肩に手を置き、リーフェルトが「ちょっと……」と小声で不満げに口を割る。
「陽人君、しっかりしてよ……負けないでよあんな奴に!!」
「……ま、負けるなったって……」
「とっとと言わないのが悪いんだろ……!? ヘタレなんだから」
「へタッ―――お前……っ、お前に言われたくねえよ……!」
「……」
パルと喧嘩した翌日の夜。
自分の家に予期せずやって来たニ番目の兄―――スターチスの言葉が頭を過ぎっていく。
『家族想いなのは兄ちゃん嬉しいけどさ。もっと自分の気持ちも大切にしろぃ』
自分の頭に置かれた、温かな手。
人間界のアニメや漫画が好きで、家に帰ると部屋によく閉じこもっていて、
兄姉たちの中で普段、何を考えているのかよくわからない兄だったが。
ひょっとしたら彼が一番、自分のことを見てくれていたのかもしれない。
「……僕は、言うよ」
「……えっ?」
「ちゃんと、言うことにした。―――後悔はやっぱり、したくないから」
スターチスに励まされた後も、何度もリーフェルトは考えた。
そして考えれば考えるほどに、夏休み中、真優に言われた言葉がずっと頭から離れないのだ。
『どんなに長生きできたって、今の気持ちを大事にしなきゃ、後悔するときはするんだよ』
やはり―――指を銜えて今の状況を見つめるだけでいいのかと自問したなら、自分の心の答えは明白で。
何より、あのダンピールには負けたくなかった。
……あの男が。
自分がかつてやってきたように歩花を抱きしめ、彼女から血を貰う様を想像したら、
もう嫉妬で腸が煮えくり返る思いだ。
他のテーブルから注文を取り、そこでもきゃあきゃあと騒がれているプラチナブロンドをジトーッと睨みながら、
リーフェルトは運ばれてきたティーカップを傾ける。
「……見苦しいぞ二人とも。モテる男を睨むならもう少しこっそりやれ」
どうやら陽人も里央のことを視界に入れていたようで、
男子二人が里央を気にしていることに、歩花が呆れ顔で首を横に振る。
「「っ、別に、そんなんじゃ―――」」
「小夜も見すぎだ。あんまり露骨だと引かれるぞ」
「あ……っ、はい! そうですよね……!」
指摘された小夜は恥ずかしそうにそそくさと前に向き直り、
誤魔化す様に、自分のティーカップに手を添えた。
その後。なにが引き金になったのか、星野尾美央のクラスの入り口付近にて“ヘタレ”のレッテルの擦り付け合いという、何ともくだらない言い争いをしだした男子二人組。
すぐに、その時たまたま受付係をしていた美央に揃って怒られ、
暫し二人の口数が減ったのは余談である。
なんだかんだで日が暮れるまで楽しんでから、皆でわいわいと、聖アイテールの文化祭の感想を話し合う。
南実先高校の文化祭は一週間後。
リーフェルトたちのクラスはたこ焼き屋をやることになっている。
「……そういえば、後夜祭はフォークダンスだったな。小夜は誰かと踊るのか?」
「んーん。誘われたけど、全部断っちゃった。」
小夜は首を横に振って、ニッコリ笑う。
リーフェルト以外の幼馴染二人には、予想内の答えだ。
彼女が追いかけるのは、いつも一人の男子だけなのだから。
好きな異性ができると、他には見向きもしない。
「辰弥は?」
「僕も同じだ」
「ダンスくらい付き合ってあげればいいのに」
「付き合う気がないのにか」
「せめてダンスだけでも記念にしたいって、思ってるかもしれないよ?」
夕日の光に照らされている、自分たちの前を歩く女子二人の背中を、
後ろでぼんやりと見つめるリーフェルト。
文化祭の、最後のイベント。
生徒たちはそこで皆、恋人や気になる異性を誘い、踊るのだという。
リーフェルトも実は何人かの女子に誘われたのだが、すべて断った。
だが―――結局は本当に踊りたい女子と手を取り合って踊ることはないのだろうと、切ない気持ちになる。
「……言うんなら早く言えよ」
「……?」
「『好きだ』って。
……自分が弱いとか、気になってんのお前だけだろうし。腕っぷしの強さとか、あいつはそういうの気にしねえから」
前を向いたまま、陽人は彼なりのエールをリーフェルトに送る。
そんな友人の横顔を見て、
リーフェルトはまた、歩花の背中に目を移した。




