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僕と異種族な君の青春日誌<前編>  作者: 有坂まの
一年生編
21/142

第21話 兄弟

「悪いなリーフェルト。外、蒸し暑くてな。勝手に入らせてもらった。元気にやってるか?」

「まあ、生きていて何よりだけど。だって貴方、夏休みになってもちっとも帰ってこないのだもの。

 日射しで干からびちゃったのかと思ったわン?」



 リーフェルトの四番目の兄・ストックと、二番目の姉・パルディローズ。


 予期せぬ兄姉の襲来に、リーフェルトは相槌を打つことも忘れ佇む。



「とりあえず荷物を置いて、服を着替えてきなさいな」

「……」



 一体何をしに来たのかと聞きたかったが、

 とりあえず言われるままに自室へ向かい、私服に着替えてからまたリビングに戻ってくる。


 パルディローズこと、パルは自分が連れてきた城のメイドにリーフェルトの紅茶をいれてくるよう命じると、

 彼女の向かいに座るように、弟にソファを勧めた。



「どうだ、リーフェルト。上手くやれてるか?」

「ええ。はい」

「本当にそう? その割に、帰って来た時随分冴えない顔をしていたみたいだけれど」

「それは……陽射しにまだ、慣れなくて」



 歩花と里央の後姿が一瞬脳裏を過ぎるが、今はそれを考えてはならないと自分に言い聞かせ、振り払う。


 隣でストックが「人間界は明るいからな」と笑うのに合わせ、リーフェルトも咄嗟に笑顔を作った。



「あの。姉さんたちは、どうして人間界に……」

「勿論、貴方の様子を見に来たのよ」

「父上と母上が心配してたぞ。達者でやってるかってさ」

「そうですか」

「しっかし、お前が使用人なしで一人暮らししたいって言い出したときは大丈夫かと心配したが。

 部屋はどこも綺麗だし、驚いたぜ。お前、食事も自分で作ってるのか?」

「まあ……」

「台所にレシピ本あったしな。俺なんか留学中家事なんてしたことないってのに」



 ちなみに長兄、リーフェルト以外の兄姉たちは皆留学の際、使用人を数名引き連れ人間界に降りてきたため、

 パルたちもストックのように今でも掃除機はおろか、包丁さえ握ったこともないと思われる。



「そのためなのかどうかわからないけど、まあ、

 少し見ない間に顔立ちが引き締まったような気がするわね」

「だな」

「……そうかな」

「おう。冬休みには帰ってくるんだろ? ちゃんとみんなに顔見せに来い」

「……」



 横からメイドの手が伸び、

 リーフェルトにと、静かに置かれた淹れたての紅茶。


 それを暫し見つめ、両親や他の兄弟たちを想うリーフェルトだったが、

 やはり嘘でも、「わかりました」と胸を張ることはできなかった。



「……? リーフェルト……??」



 何も言わない弟に、流石に様子がおかしいと感じたのか、ストックは首を傾げる。


 パルはソファの肘掛けで頬杖を突いて、すらりとした脚を組み直し、



「まさか、帰りたくないだなんて言わないわよね?」

「どうした、リーフェルト? 帰りたくないのか?」



 自分の肩に手を置き、尋ねてくる兄。

 しかし、その声には怒った調子など微塵も感じられない。


 彼の目を窺えば、真剣に自分を心配してくれている、優しい目をしていた。

 姉の方は―――いつものように優雅で高圧的で、よくわからないけれど。



「実は。僕もう、覚えたんです。人間の血の味を」

「えっ……!?」



 ストックは目を丸くして一度驚きの声を上げたが、

 すぐさま、まるで自分のことのように喜色満面になる。


 リーフェルトは俯いたままだったが、その雰囲気が手に取るようにわかり、

 更に複雑な気持ちになっていった。



「めでたいじゃないか! そういうことなら尚更、どうして帰らなかったんだ!」

「お黙りストック」



 末弟の気持ちを置き去りにしてはしゃぎ始めたストックを、ぴしゃりと冷水にも似た声で黙らせるパル。



「あっ……ハイ」

「リーフェルト。続けなさい」

「……でも、僕の意志じゃなくって。死にかけていたところを助けてもらったんです」

「死にかけた―――?」



 兄弟が耳を疑うのも無理はない。


 半人前でも人間よりは丈夫にできているはずのヴァンパイアが人間界で死にかけるなど、そうそう聞かない話だ。



「五月にこの国のヴァンパイアハンターに襲われて。

 そこを退魔師のクラスメートに助けられて、血を貰ったんです」

「タイマシ……??」

「日本のエクソシストです」



 リーフェルトの話に、表情豊かなストックが目を見張る。


 “エクソシストと呼ばれる者たちも確か、自分たちヴァンパイアの敵ではなかっただろうか”―――と。




「一人前を名乗るには、あまりに自分が弱くて。

 帰りたくないわけじゃないけど、会わす顔がないというか、帰りづらいというか」

「……帰ってこなかった理由も、そういうこと?」

「はい……」

「そ」




 沈痛な自分とは対照的に、姉の反応はあくまで涼やかだ。

 リーフェルトは、そんな彼女の反応を意外に思う。


 感情的になって変に同情などされるよりはよっぽどいいが、

 姉のことだから、自分のことを「王家の恥」だとか、「情けない」など、叱ってくるに違いないと思っていたのに。



 ストックはリーフェルトの頭に手を置き、「大変だったな」と、ぐしゃぐしゃと髪を掻き撫ぜる。

 幼い頃から変わらないその温もりに安心を覚えつつ、



「だからもう少し色々学んで、強くなってから兄さんたちに会いたかったんですけどね。ごめんなさい」

「何謝ってんだ。お前はまだ十六なんだから。

 でもお前、やっぱ逞しくなったよ。情けないって思えるだけ、こんなに男らしくなったじゃないか。

 ……ほら、紅茶冷めちまうぞ。お前が好きだったやつだぞ!」

「う、うん……」



 促されるままにティーカップに手を添え、温くなってしまった紅茶を口に運んだ。

 自分が人間界に持って来たものとは、また別の紅茶だ。

 好きな香り。好きな味。なんて、懐かしい。


 実家で飲んでいたものと同じそれに、瞼の奥がじんわりと熱くなる。



「……それで? 貴方を助けたという人間と、今はどんな関係なわけ?」

「今は、友達です」

「友達って。お前が吸血鬼だって知ってるんだよな? どんな奴なんだ? そいつ」

「えっと。笹永陽人君と、二階堂……」



 頭に浮かぶ陽人の顔。そして、歩花の顔。

 愛らしい顔立ち。クールで優しい笑顔―――その隣に並ぶ、プラチナブロンド……。


 蘇ったあの場面に、リーフェルトのテンションが途端、急降下した。



「? 助けてくれた退魔師って、二人いるのか?」

「……まあ」

「へえ」

「それは是非、会ってみたいわ。……アイリス。明日のディナー、予約入れて頂戴。

 個室のある美味しい和食がいいわ。五人よ」



 ほっそりとした真っ白な五本指で優雅に宙を撫で、

 弟たちに何の相談もなく、パルは使用人に命令する。


 彼女はリーフェルトにニッコリ美しく微笑んで、



「というわけで。貴方のお友達に、明日の夜予定を空けておくようにって♡ いいわね?」

「―――はあ」



 リーフェルト自身。今日の放課後のこともあって、あまり気乗りはしないのだが。


 こういうところは姉は、昔から変わらない。



(ちょっとでも反論しようものなら……だしなあ)



 姉を制御できる者など、両親と長兄くらいだ。



 改めて彼女の婚約者に同情の念を抱きながら、

 リーフェルトは一旦自分の部屋に行き、陽人と歩花に明日の食事会のことで電話をかけ始めた。

















 翌日。


 とても一般の高校生の小遣いでは易々食することなどできない、天然ふぐがウリの、高級日本料理店。

 個室の和室でテーブルに並ぶ豪華な夕食を前に、

 陽人と“辰弥”の歩花は暫し口を閉ざし、目が点になる。



<……これ、どうすんだ?>

<僕に聞くんじゃない。僕は庶民の鑑のような人間だぞ>

<どうやって食うんだ? 作法とか―――>

<付け焼き刃でも勉強してくればよかったな……>



 夢魔の力を借りた意識干渉能力で、頭の中のみで会話をする幼馴染二人組。


 二人の向かいの席には、リーフェルトと彼の兄姉たち。

 彼らはニコニコと友好的に微笑み、



「そう固くなることはなくってよ」

「ささやかながら、弟を助けてくれた礼だ。気楽に料理を楽しんでくれ」



 そう、料理を勧めてくる。


 陽人たちは愛想笑いで返しながら、

 “気楽に”という言葉に対し、二人揃って「無理」と心の中で突っ込んだのは言うまでもない。



 普段食べない食事を眺め躊躇っていた陽人たちだったが、

 せめて肘を突かない、口を開けて咀嚼しない、溢さないなど、無難に基本的なことに注意しながら食べればいいと二人の間で納得し、

 ようやく箸を握ることにした。



 初めて口にする新鮮なふぐに皆が舌鼓を打つ中、

 最初に静寂を破ったのは、パルだった。



「どうかしら、うちのリーフェルトは? 貴方たちから見て」

「どう……?」

「成績は優秀? あと生活態度や交友関係。

 今のところ、掃除や自炊は良くやっているようだけれど」



 尋ねられた人間側二人は、リーフェルトを一瞥し。



「成績は良いですよ。学年でいつも五位以内ですし……」

「アラ。一位じゃないの?」

「っ……いや。だって、まだ日本に来たばかりですし―――」



 リーフェルトの評価を上げるために言ったつもりだったのだが。

 笑顔を貼りつかせた予期せぬパルの返答に、慌ててフォローに回る陽人。



「姉上。ほら、日本語って難しいからさ……」

「一人暮らしってだけでも色々大変なのに、更に五位以内に入るって、俺は尊敬しますよ」

「俺も! リーフェルトは本当、良く頑張ってると俺は思うな、うん!!」



 点火しかけた姉の短い導火線を死守しようと、ストックも陽人と一緒に弟を持ち上げる。



 青い顔で目を伏せ、大量の汗をかいているリーフェルトが可哀想で、歩花はなんともいえない悲しい気持ちになる。


 実は学年一位も彼と同じ留学生なのだが―――それをパルが知れば、間違いなくこの場は説教部屋と化すのだろう。



「そうね……頑張っているのは認めてあげるけど。

 最終的にはお兄様や私のように首席で卒業できるよう、これからはもっと勉学に励みなさい、リーフェルト」

「はい……」

「成績の話はもういいとして。他はどう?」

「……人間社会に上手く馴染んでいますよ。

 誰に対しても紳士的で、教師やクラスメート、男女問わず、彼を嫌う人間はそうはいないかと」

「そ。相変わらずってことね」



 言葉を選んだ歩花だったが、素っ気ない態度でパルは、ふうっ、と整った唇から溜め息を漏らすだけ。



「優しいといえばまあ、聞こえはいいけれど……ねえ」

「まあまあ。そこがリーフェルトのいいところじゃないですか、姉上。

 確かにちょっと内気だし、頼りなく見えるけどさ……」

「いつまでもそのままでいいわけがないでしょう?

 まったく……だから命を狙われたり、人間に助けられたりするのだわン。ヴァンパイアのくせに」

「……すみません……」

「『勉学の方で兄さんの力になる』なんて言って、戦い方も魔力の使い方も碌に覚えないまま十六になって。

 結局何をやっても中途半端。そういうところは何一つ成長していないじゃない」



 落ち込み、俯いていくリーフェルトの顔。


 これが家族、親戚、気を許しあった友人たちの前なら笑い飛ばせるが、

 歩花という好きな異性の前でなら、さぞ屈辱的だろうと陽人は同じ男として苦々しく思う。


 しかも冗談交じりなどではない。本気の説教だ。

 兄弟なら自ら憎まれ役を買い、ハッキリ不甲斐なさを指摘しなければならない時もあるだろうが、同席しているメンバーがあまりにも悪すぎる。




「彼は強い人ですよ」




 しかし―――そこで。誰も予想しなかったそのタイミングで、口を割ったのは歩花。


 皆の視線が集まる先。彼女は柔らかな笑みを浮かべていた。



「力で他人を捻じ伏せることだけが、強さではないでしょう。

 僕は幼少時代のリーフェルト君のことは知らないけれど。

 この前、彼は窮地に陥った僕を命がけで助けてくれました。戦い方はわからなくても、勇敢で義理堅い。

 加えて自分の責任から目を背けず、真摯に立ち向かい、“戦える”男です。

 ただ今は、自分に自信が無いようですが……僕は好きですよ。優しいだけじゃない」



 歩花の言葉に驚くパルとストックだったが。

 この空間の中。誰より一番驚いた顔をしたのは、他でもない、褒められた本人であるリーフェルトだった。


 幼馴染の科白に、隣の陽人の口許も思わず緩む。

 彼は「そうッスね」と彼女に同意し、



「もっと色々勉強して、力を付けて自信を持てば、いつかはお兄さんの良い右腕になれるって。

 俺もそう思いますよ」



「……っ」




 優しい友人たちに、リーフェルトは見る見る頬を紅潮させて灰色の瞳を潤ませる。


 苦笑する歩花に意識干渉の能力で「こらこら。泣くなよ」と宥められ、慌てて彼は涙を堪えた。




「……リーフェルト」

「……! は、はいっ……」

「とりあえず、冬期休暇は家に帰りなさい。

 戦い方、仕込んであげるから。死んだら元も子もないでしょう?」




 リーフェルトは目を拭って背筋を伸ばし、そう言ったパルの声に強く相槌を打った。




<良い姉弟だ>

<……そうだな>




 怖い怖いとはリーフェルトは言っていたが。

 なんだかんだ弟を心配しているが故なのだとわかり、陽人と歩花は温かい気持ちになる。




 食後。

 ストックと握手を交わしあい、適当なところで二人はリーフェルトと、彼の兄弟たちと別れた。














「良い友達持ったな」

「はい」

「人間なのが残念だけどさ」

「えっ?」

「寿命。先に死んじまうのは悲しいだろ?」

「……ああ―――」



 そういえば兄姉たちに、歩花のことを何も話していないことに気付く。


 リーフェルトは帰路の中、言おうか言うまいかと迷ったが。

 自分のマンションに帰ってから、意を決したようにリーフェルトは顔を上げ、「実は」とソファで寛ぎだした二人に唇を割った。














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