守るための形
翌日、俺は壊された入口を直していた。
魔法で砕かれた壁を戻し、抉られた天井を埋め、歪んだ床を平らにしていく。昨日はずいぶん派手に壊されたが、幸い俺の場合、崩れた石を運んできて積み直す必要はない。
自分の身体を、元の形へ戻せばいい。
便利と言えば便利だ。
もちろん、壊されて気分がいいわけではない。
ほとんど直したところで、一か所だけ手を止めた。
昨日、初めて石柱を使った場所だ。
壁の一部へ意識を集中する。
石を盛り上げ、そのまま前へ伸ばす。
約15cm四方。
昨日と同じくらいの太さの柱が、ゆっくりと通路へ突き出した。
止める。
戻す。
問題ない。
もう一度伸ばし、今度は先端へ意識を向ける。
少しずつ細くする。
僅かに尖ったところで止めた。
やっぱり、できる。
もっと細くして、もっと速く伸ばせば、おそらく人間を刺せる。
でも、俺はすぐに元へ戻した。
できることと、やることは別だ。
必要なら使う。
必要がなければ使わない。
昨日だって、怪我をさせずに済ませるのは途中で諦めた。それでも、殺す必要まではなかった。
たぶん、それでいい。
俺が壁を戻したところで、二人分の足取りが近づいてきた。
ガルドとアルスだ。
「何しとるんじゃ?」
ガルドが床へ手をつく。
『昨日やったことの確認』
「また殴る練習か?」
『言い方』
「違うのか?」
『……完全には否定できない』
アルスが壁の近くへ寄った。
「昨日、ここから出したのか?」
『ああ。壁とか床とか天井とか。柱みたいにしてぶつけた』
「痛そうだな」
『速度は抑えたよ』
「それでも骨が折れたかもしれん奴がおるんじゃろ」
『……加減って難しいな』
「お前さんの場合、間違えたら洒落にならんぞ」
『分かってる』
だから確認した。
どこまでできるかを知っておかないと、止めるつもりで殺しかねない。
でも、それ以上に考えなければならないことがある。
アルスが入口から奥へ続く通路へ目を向けた。
「昨日も言ったけどさ」
『ん?』
「やっぱり、ここ真っ直ぐすぎると思う」
俺も通路へ意識を向ける。
入口から前室。
そこから、さらに奥へ。
人が歩きやすいように作った。
荷物も運びやすい。
迷わない。
今までなら、それでよかった。
「昨日、ここを破られたんだろ?」
『ああ』
「次の壁を作っても、それを壊されたらまた次だ。それじゃ、ずっと同じことになる」
『それは俺も思った』
実際に昨日やった。
壁を作る。
壊される。
また止める。
それだけでは、いつか追いつかなくなる。
「それに、ここを抜けたら次に止める場所がない」
アルスが続ける。
「その先には俺たちがいる」
それが一番の問題だった。
昨日、ダリウスが奥へ進んできた時、俺が考えていたのもそれだ。
この先にはみんながいる。
だから止めた。
「入口を作っただけで満足しとったじゃろ、お前」
ガルドが言った。
『……否定はしない』
「入口ってのはな、入るためだけのもんじゃない。入れんためにも使うんじゃ」
『普通の家でそこまで考えるか?』
「ここを普通の家と言い張るなら、一度外から見てみろ」
『見られないんだよ』
「そうじゃったな」
『忘れるなよ』
「面倒な身体じゃな」
『好きでこうなったわけじゃない』
ガルドが入口から奥へ向かって歩く。
「一本道は歩くには楽じゃ。荷物も運びやすい。じゃが、入ってくる側にも楽なんじゃよ」
『入ってくる側にも?』
「曲がる必要がない。迷うこともない。前に進めば奥へ着く」
アルスも続ける。
「魔法だって、真っ直ぐ飛ばせる」
『……ああ』
昨日の攻撃を思い出す。
俺は相手に、ずいぶん親切な通路を用意していたらしい。
『じゃあ、どうする?』
「まず曲げる」
ガルドが即答した。
「入口から奥まで見通せんようにする。それから、一か所抜かれただけで終わらんようにする」
「途中で止まってもらう場所もいるな」
アルスが言う。
『止まってもらう?』
「誰か来るたび、いきなり居住区の近くまで入れる必要ないだろ。話をするだけなら入口側でいい」
なるほど。
「外から入って、まず人を確認する場所を作る」
ガルドが床を叩く。
「そこで話す。入れてよければ、その先を開ける。駄目なら閉じたままじゃ」
『その壁を壊されたら?』
「次がある」
『それも壊されたら?』
「さらに次じゃ」
『何枚作る気だよ』
「何十枚も作れとは言っとらん」
ガルドから呆れた意味が伝わってくる。
「一枚抜かれただけで、住んどる場所まで一直線という今よりマシにしろと言っとる」
『なるほど』
頭の中で形を組み立てる。
外の入口。
短い通路。
そこで一度曲げる。
その先に、来た人間と話すための場所。
さらに奥へ進むには、もう一度閉じられる場所を通る。
その先も真っ直ぐ居住区へはつなげない。
『……こうか?』
岩を動かし始める。
「おい、待て」
『何だ?』
「考えてから作れ!」
『作りながら考えた方が早い』
「お前さん、建物を作る奴が一番言っちゃいかんことを言っとるぞ」
前世では俺も似たようなことを言っていた気がする。
もちろん図面上でだ。
たぶん。
入口から真っ直ぐ奥へ進めないよう、通路を曲げる。
ただし狭くしすぎない。
人がすれ違える程度の幅は残す。
荷物も運ぶ。
住む場所なんだから、毎日使いづらくなったら意味がない。
曲がった先に少し広い空間を作る。
来訪者が来た時、まずここで止まってもらう。
その奥には、必要なら閉じられる場所。
さらに先へ進んでも、居住区へ一直線にはならない。
「これなら昨日よりはいいな」
アルスが新しく作った通路を歩いて確かめる。
「ここを閉じれば、奥まで来られない」
『壊されたら?』
「次で止める」
『それも壊されたら?』
「お前が何とかしろ」
『急に雑になったな』
「全部俺に聞くなよ」
ガルドが笑う。
俺も新しい構造を確かめる。
誰かが来れば、入口で分かる。
まず、ここで止まってもらう。
話をする。
入れていい相手なら開ける。
駄目なら閉じる。
それでも壊して進むなら、次の場所で止める。
床を沈める。
壁を動かす。
拘束する。
それでも止まらないなら――石柱もある。
最初から殴る必要はない。
むしろ、殴らずに済むならその方がいい。
『石柱を出しやすい場所も決めておくか』
「結局そこへ行くのかよ」
アルスが呆れる。
『最後の手段だよ』
「先を尖らせたのも使うのか?」
『できれば使いたくない』
「なら、使わんで済む造りを先に考えろ」
ガルドの言葉に、俺は少し黙った。
『……それだな』
「何がじゃ」
『戦うための場所を作るんじゃなくて、戦わなくても止められる場所を作ればいい』
ガルドから返事が来るまで、少し間があった。
「最初からそう言っとる」
『そうだっけ?』
「お前さんが勝手に武器の話へ持っていったんじゃ」
そうだったかもしれない。
俺はもう一度、入口全体へ意識を広げた。
曲がった通路。
話をする場所。
閉じられる境界。
さらに奥に、もう一つ。
その向こうが、みんなの暮らす場所だ。
『……ちゃんと玄関を作るか』
「今作っとるのは何なんだ?」
『入口』
「違いが分からん」
『俺も今考えた』
「適当じゃな」
でも、何となく違う気がした。
ただ穴が開いていて、人が通れるだけなら入口だ。
誰かが来たことを知る。
そこで話す。
入っていいか決める。
必要なら閉じる。
その先に、暮らしている人たちがいる。
それなら、玄関と呼んでもいいんじゃないだろうか。
作業を続ける。
壁を動かす。
通路を曲げる。
必要な場所に、閉じられる構造を作る。
作っている途中で、ふと思った。
昨日、俺は自分の身体を壊された。
嫌だった。
痛みはない。
それでも、自分の一部を魔法で吹き飛ばされて気分がいいはずもない。
でも、一番焦ったのはそこじゃなかった。
ダリウスが奥へ進んだ時だ。
この先にはリリアたちがいる。
そう思った瞬間、俺は相手を怪我させないことより、止めることを優先した。
自分を守る。
中にいるみんなを守る。
今の俺にとって、その二つはもう、あまり違わないのかもしれない。
「こんなもんか?」
アルスの声で意識を戻した。
入口から順番に確かめる。
以前のように、外から居住区側まで一直線ではない。
一か所突破されても、それで終わりではない。
誰かが来れば俺には分かる。
止められる。
話もできる。
それでも進むなら、次の手がある。
「これなら昨日よりはマシじゃな」
ガルドが言った。
「昨日よりは、な」
アルスが付け足す。
『ずいぶん低い評価だな』
「一日で城はできん」
『城にするつもりはない』
「そのうち本当に城みたいになるんじゃないか?」
アルスが笑う。
『それは困る』
「何が困るんじゃ」
『……何だろうな』
自分でも分からない。
でも、城を作りたいわけではない。
誰かを閉じ込めたいわけでもない。
ここで暮らしている人が、安心して眠れる場所にしたい。
そのために必要なら、入口を閉じる。
必要なら、開く。
入るためだけではなく、入れないためにもある場所。
それが、俺が初めて作った、守るための形だった。
***
「以上が、現地で確認した内容です」
エミルが報告を終えた。
室内には短い沈黙が落ちた。
シルヴァン・レイグは机の上の資料へ目を落としたまま、すぐには口を開かなかった。
カイルも黙って待っている。
調査隊十名。
死者なし。
複数名が負傷。
骨折を含む負傷者は出たが、全員帰還している。
調査隊は正式な集合時刻より前に出発。
カイルが合流する前に現地へ到着した。
迷宮――ユーマは、カイルが到着するまで待つよう繰り返し要求。
ダリウスは入口付近のみの調査継続を判断。
ユーマはそれも拒否。
調査隊が進もうとしたため、ユーマは新たな岩壁を形成して通路を閉鎖した。
ガルドは、その壁もユーマの身体であり、破壊しないよう伝えた。
それでも調査隊は魔法を二度使用し、その後、前衛が物理的に開口部を広げて進入。
ユーマは床の変形による転倒、拘束で進行を止めようとした。
その後も部隊が前進したため、負傷の可能性を含む警告を行った。
ダリウスは一連の地形操作を部隊への実力行使と判断し、進行を妨害する行為への反撃を許可。
戦闘となった。
「記録係の記録とも一致しているのだな」
シルヴァンが聞く。
「ああ」
カイルが答えた。
「ユーマとガルドの話も、記録と大筋で一致してる」
「ダリウス本人は?」
「判断は正しかったと主張してる」
「理由は」
「新しく作られた壁を、単なる調査拒否じゃなく、部隊に対する能動的な物理妨害と判断した。壁そのものがユーマの身体だってことも理解した上でだ」
シルヴァンの指が資料の上で止まった。
「だからこそ、ユーマ自身による実力行使と解釈したわけか」
「そういうことだ」
「私の命令は理解していたのか」
「本人は理解していたと言ってる」
シルヴァンは黙った。
今回の調査に出した指示は明確だった。
内部への進入と調査は、原則としてユーマが許可した範囲に限る。
拒否された場合は交渉。
それでも拒否が続くなら、一度持ち帰る。
無断で内部を破壊しない。
「ユーマ側から見れば、自分の身体を閉じて進入を拒否したにすぎない」
シルヴァンが言った。
「そうだな」
「ダリウス側から見れば、調査隊の進行を物理的に阻止する行為だった」
「そういうことになる」
「同じ壁を見て、境界と見るか、妨害と見るか」
カイルが鼻を鳴らした。
「ユーマ本人は、人間が家の扉を閉めたのと何が違うって言ってたぞ」
「それも記録にある」
シルヴァンは資料を一枚めくった。
「問題は、我々がまだユーマを人間の住居と同じ枠組みで扱っていないことだ」
「だから壊していいって話にはならねえだろ」
「言っていない」
シルヴァンは顔を上げる。
「今回の現場判断が命令の範囲を逸脱していたかは、軍内部でも精査する。少なくとも、同じ解釈で再び強行させるつもりはない」
「ならいい」
「ダリウスは今回の件に関する追加調査から外す。処分の有無は、その後だ」
カイルは何も言わなかった。
シルヴァンがエミルを見る。
「ユーマの能力については?」
「新しい使い方が確認されました」
「詳しく」
「従来から確認されていた岩盤操作の応用です。壁や床など、自身の構造の一部を柱状に伸長させ、人間へ直接衝突させています」
「以前から使用していたのか?」
「本人は、戦闘中に思いついたと説明しています」
シルヴァンの目が細くなる。
「戦闘中に?」
「はい」
「事前に隠していた可能性は」
「否定はできません。ただし、本人の説明と現場の状況を見る限り、既存の操作方法を戦闘中に別の用途へ転用したと考えても不自然ではありません」
「速度は?」
「調整可能です。本人も認めています」
「上限は」
「不明です。本人は試していないと回答しました」
「同時操作は?」
「二本までは使用したと確認しています。それ以上については不明です」
シルヴァンはしばらく黙った。
「つまり、戦闘中に自分の能力の使い方を変えた」
「はい」
「そして、十人を殺さずに制圧した」
「結果だけを見れば、そうなります」
カイルが腕を組む。
「安全な奴だとは言わねえぞ」
「分かっている」
「危険な力を持ってる。昨日の件で、それははっきりした」
「ああ」
「でも、力があることと敵かどうかは別だ」
シルヴァンは少しだけ間を置いた。
「それも分かっている」
資料を閉じる。
「現時点で、ユーマを討伐対象には指定しない」
室内の空気が僅かに動いた。
「同時に、安全な存在だと断定する材料もない。監視と接触は継続する」
誰も反論しない。
「ただし、強制的な内部調査は停止する。今後、王国側の人員が内部へ入る場合、事前にユーマ側と調整し、明示的に許可された範囲に限る」
シルヴァンは言葉を切った。
「拒否された場合は持ち帰る。新たに壁を形成された場合も同様だ。破壊して進むことは認めない」
カイルが小さく頷いた。
「それなら、少なくとも昨日と同じことにはならねえ」
「そう願う」
シルヴァンがカイルを見る。
「カイル・レヴァン」
「何だ」
「探索者協会側と調整した上で、お前を当面の連絡役としたい」
「勝手に部下扱いすんなよ」
「していない。依頼だ」
「なら協会に話を通せ」
「当然だ」
次にエミルへ視線を移す。
「調査自体を打ち切るつもりはない。ただし、内部へ入る必要がある場合は同じ条件に従え」
「分かりました」
そこでシルヴァンは別の資料を取った。
「もう一つある」
カイルが嫌そうな顔をする。
「何だ」
「情報が漏れ始めている」
「……早えな」
「調査隊十人が負傷して戻った。その後、お前たちも現地へ向かった。何もなかったことにはできん」
「どこまで広がってる?」
「周辺の探索者の間で噂になっている。まだ内容は不正確だがな」
「封じるか?」
シルヴァンは少し考えた。
「難しいだろう。下手に封じれば、かえって憶測を呼ぶ」
「だろうな」
「少なくとも――」
シルヴァンは机の上の報告書へ目を落とした。
「我々だけが知っている存在ではなくなったということだ」
***
数日後。
入口の近くに、知らない足取りが三つ現れた。
王国の兵士かと思った。
でも、動き方が違う。
もちろん、それだけで誰なのかは分からない。
三人は入口の前でしばらく止まっていた。
何か話しているらしい。
声の振動は届く。
でも、意味までは分からない。
『リリア』
少し離れた場所にいたリリアへ意識を向ける。
『何?』
『入口に三人いる。知らない人』
『王国の人?』
『分からない』
『行ってみる』
しばらくして、リリアの足取りが入口側へ向かってきた。
俺は念のため、最初の境界を閉じたままにしておく。
昨日作ったばかりの玄関。
最初の来客が、もう来たらしい。
リリアが三人の近くで止まった。
何か話している。
俺には聞き取れない。
少しして、リリアが床へ手を触れた。
『探索者だって』
『何しに来たの?』
『噂を聞いたって』
『噂?』
『喋る迷宮があるって』
……早いな。
『それでわざわざ来たのか』
『それだけじゃないみたい』
『何て?』
少し間があった。
『王国の兵士を十人倒した迷宮があるって』
『間違ってないのが嫌だな』
リリアから、小さく笑ったような意味が返ってくる。
『あと、中に人が住んでるって』
『それも間違ってない』
『村があるって聞いた人もいるみたい』
『それは違う』
『言っておく』
どうやら、すでに少しずつ話が変わっているらしい。
俺は三人の生命の気配を確かめる。
敵意なんてものまでは分からない。
武器を持っているかどうかも、俺に触れなければ分からない。
だから、話をする。
『中に入りたいの?』
リリアが聞く。
返事を受け取って、また俺へ伝える。
『できれば見てみたいって』
『……どうしよう』
『嫌なら断るよ』
少し考えた。
昨日までなら、知らない人間を入れること自体に抵抗があったかもしれない。
今も警戒はしている。
でも、入口はそのために作り直した。
誰かが来る。
まず止める。
話をする。
入れていいか決める。
そのための場所だ。
『前室までならいい』
『分かった』
『ただ、ルールを伝えて』
『三つの?』
『それと、もう一つ』
リリアが待つ。
『ここにいる人を、勝手に傷つけない』
『うん』
『ここにいる人を、誰かの持ち物ってことにしない』
『うん』
『俺の身体を勝手に壊さない』
『うん』
そこまでは、みんなで決めたものだ。
そして。
『入っていいって言った場所から先には、勝手に行かない』
リリアから返事が来るまで、少しだけ間があった。
『昨日のこと?』
『まあな』
『分かった』
リリアが三人へ伝える。
しばらく会話が続いた。
『守るって』
『じゃあ、前室まで』
『開ける?』
『開ける』
俺は新しく作った最初の境界を動かした。
岩がゆっくり左右へ収まっていく。
通れるだけの幅を作る。
三人の足は、すぐには動かなかった。
『どうした?』
『驚いてる』
『何に?』
『壁が動いたから』
『迷宮に来て今さら?』
リリアが笑った。
やがて一人が足を踏み入れる。
続いて二人。
三人とも俺の身体の上へ入ってきた。
新しく曲げた通路を進む。
以前のように、真っ直ぐ奥までは行けない。
曲がる。
そして最初の前室。
そこで止まる。
その先は開けない。
リリアが三人と話している。
質問があるたび、必要なものだけ俺へ伝えてくる。
『この壁も全部ユーマなのかって』
『そう』
リリアが伝える。
少しして、また意味が来る。
『踏んで悪い気がしてきたって』
『今さらだな』
リリアが笑う。
三人も何か返したらしい。
今度は少し長く話している。
変な感じだった。
知らない人間が俺の中にいる。
でも、昨日とは違う。
俺が入っていいと言った。
相手も、決めた場所で止まっている。
それだけで、こんなに違う。
しばらくして、三人は帰ることになった。
リリアが入口まで送る。
三つの足取りが、曲がった通路を戻っていく。
最後の一人が俺の領域から出る。
『帰ったよ』
『うん』
『変な人たちだったね』
『そう?』
『ユーマを見に来たのに、ユーマが見えないって困ってた』
『俺も自分が見えないからな』
『そういう話じゃないと思う』
リリアから呆れたような意味が届く。
でも、悪い気はしなかった。
俺は外のことを知りたかった。
この世界がどうなっているのか。
どんな国があって、どんな人がいて、自分がどこにいるのか。
ずっと、それを知ろうとしてきた。
最初は3m四方しかなかった。
出口もなかった。
誰もいなかった。
壁しかなかった。
そこへリリアが来た。
ミアが来た。
ガルドが来た。
アルスが来た。
少しずつ人が増えた。
人が眠る場所を作った。
水を流した。
通路を作った。
入口を作った。
そして今日。
俺のことを噂で聞いた、名前も知らない人間がやって来た。
俺はずっと、外の世界を知ろうとしていた。
でも、どうやらそれだけじゃなかったらしい。
俺が外を知ろうとしている間に。
外の世界も、俺を知り始めていた。
入口へ意識を向ける。
昨日までただの通路だった場所は、もう少し複雑になっている。
入ってくる人を止める場所。
話をする場所。
必要なら閉じる場所。
そのさらに奥には、俺の中で暮らしている人たちがいる。
守るものなんて、持つつもりはなかった。
誰かの人生を背負うなんて、面倒なだけだと思っていた。
なのに今は、人が俺の中で暮らしている。
その人たちを守るために、自分の形まで変えた。
自分を守る。
みんなを守る。
その二つは、もうあまり違わない。
少しして。
入口の外側に、また新しい足取りを感じた。
今度は二人。
知らない気配だ。
少し前までなら、それだけで身構えていた。
今も警戒はする。
でも、それだけじゃない。
誰なのか。
何をしに来たのか。
まずは聞けばいい。
『リリア』
『うん。今行く』
もう分かっていたらしい。
リリアの足取りが入口へ向かう。
俺は、新しく作った玄関へ意識を広げた。
最初は、出口すらなかった。
今は、ここから世界につながっている。
リリアが来訪者の前で足を止めた。
話が始まる。
俺はその向こうで待った。
必要なら開く。
必要なら閉じる。
ここにいる人たちを守るために。
そして、外から来る人たちと話をするために。
世界へ向かって。
そして、世界から俺へ向かって。
道はもう、つながっていた。
# 第一部 完




