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十年分の値段
妻を救うために、寿命を売った夜の話。
寿命市場に初めて足を踏み入れたのは、妻が熱で倒れた深夜だった。
王都の外れにある石造りの取引所は薄暗く、受付には老いた仲買人が一人座っていた。
「売りたいのか、買いたいのか」
老人が顔も上げずに言った。
「売ります」
私の手首をとり、砂時計に光を当てて残り砂をゆっくりと読んだ。
「あなたには、あと四十七年ある。十年分で、妻の病を治す薬が買える」
私は迷わなかった。
羽ペンをとり、羊皮紙に署名した。
瞬間、手の甲に焼印が押された。
熱くはなかった。
ただ少しだけ、世界が一段遠くなった気がした。
老人が小さな瓶を差し出した。
「これで全部だ」
夜明け前の道を走って帰った。
橋の向こうに妻の待つ家の灯りが見えた。
十年分の光があの窓に溶けていると思いながら走った。
翌朝、妻は目を覚ました。
「顔色が悪いわよ。ちゃんと眠れた?」
笑いながらそう言う妻に、私は何も答えなかった。
言わなくていいことが、世の中にはある。
妻が生きている。
それだけで、十年は安かった。




