殿
『くそっ、敵が多すぎます!!』
『いいから、撃て!! 弾幕を張れぇ!!』
『銃身が裂けました……魔法で弾を撃ち過ぎたんだ!!』
『もう、替えの小銃がねぇ!! アルマス様!!』
アジェーナは、音のする方に目を向けた。
すると、そこには、秋までは畑であっただろう平地の奥、丘陵地帯に設けられた簡易の防衛ラインの中で、最後の抵抗をしている小規模な集団の姿があった。
『退くぞ、貴様ら……もう充分だ。 我々は可能な限りの遅滞に成功した』
アジェーナは、その瞬間、アルマスの姿を見た。
泥だらけになった軍服を纏った彼は片手に銃を構えながら、もう片方の腕には白を背景に、赤い涙型の炎の印章と、急降下する青い水鳥の翼のような尾翼がついた燕尾旗を片腕に持っていた。
「見つけた!!」
ようやくアジェーナが連隊旗を発見したその時、その真横に着弾した砲弾が炸裂し、轟音が響き渡る。
『ぐっ、ああっ……!!』
「アルマス!!」
砲弾の破片が飛び散り、アルマスを軽く吹き飛ばす。
衝撃で倒れ込む彼の姿に、アジェーナは思わず叫ぶ。
『もういい、退却!! 連隊旗を持って退却しろ!! 敵はすぐに押し寄せてくるぞ!!』
倒れたアルマスは幸い、大事には至らなかったようだった。
彼は直ぐに銃を拾って立ち上がると、慌てて近寄ってきたセルヴァに連隊旗を渡した。
『アルマス様ぁ!? 足が……!』
『悪いが、走るのは難しい。置いていけ! セルヴァ、お前が旗を持て!! 俺が時間を稼ぐ!!』
アルマスは負傷した足を引きずりながらも立ち上がり、仲間たちを鼓舞していた。しかし、生き残った隊員たちは寄ってたかってアルマスを担ぎ上げ、どうにか撤退しようと全力で駆け出す。
『おい!! これはどういうことだ!! 貴様らまで死ぬ必要はない!! 私は大丈夫だ!!』
『殿下は自分の立場を今一度思い出してください! 陛下と連絡がつかなくなった今、殿下にまで死なれたら、我々は誰のもとに集えばよいのですか!!!』
軍旗を受け継いだセルヴァを先頭に、暴れるアルマスを担ぎながら軍旗護衛中隊はようやく撤退を始めた。
しかし、そんな事情を敵が酌むはずもない。
敵が迫る。
戦わなければならない。
一兵でも多くの動ける兵を残し、チュン帝国の兵たちの骨を断たなければならない。
辺境伯が喪われたかもしれない今、その中に後継者が含まれていなければいけないことを隊員たちは理解し、同時に自分がするべきことが何かを理解していた。
『リントゥアルエ万歳!……ぐぁぁぁあ!』
迫りくる追っ手を遅滞させるため、一人、また一人と、中隊員たちが隊列から離脱し、小銃や手榴弾であらん限りの力を振り絞り、抵抗する。
だが、それでも敵の数は減らず、寧ろ渡河する敵軍の数は明らかに増えていた。戦術級グリッチ用の弾丸も、広域破壊グリッチもすでに手の中にはない。
『もういい、やめろ! 俺を降ろして逃げるんだ!』
アルマスが叫んだその時である。
「アルマスは、やらせない……!!」
「アルマス様!! 郷土防衛親衛隊、アジェーナ様つき空挺小隊、撤退援護のため、掃射を行いますっ!!」
直後、アジェーナの放った魔弾が追いすがるチュン帝国軍全面の地面を吹っ飛ばし、彼女についていた空挺小隊の飛行器群がチュン帝国の戦列の上空を突っ切った。
『なんだ……』
その瞬間、空挺小隊の投下したありったけの手榴弾が、功を焦って密集していたチュン帝国兵の群れの上で一斉に炸裂する。さらに、夕暮れの空を、元は銃弾であったであろう何かが一本の線を描いてあらゆる物体を粉砕して爆発させていった。
『なんだ、それはやっていいこと悪いことがあるだろう!?』
驚愕するアルマスの前でアジェーナが放った三発目の魔弾が、追い打ちとばかりに追っ手たちを小隊単位で薙ぎ払った。
彼女付きの航空小隊が銃撃を加え、反撃の戦列射撃を急上昇して回避し、敵部隊を惑乱しながら後退していく。
チュン帝国の兵士たちがアルマスに向いていた敵意が、この一瞬で攪乱された。
『ありえない……こんなグリッチがあってたまるか……』
「アルマス様!! 手を!!」
直後、困惑する軍旗護衛中隊を尻目に、敵の隙をついたアジェーナが目の前に滑空してくる。
彼はしばし呆然とした後、襲い来る衝撃を受け入れた。
かくして、アジェーナに抱きかかえられ、アルマス・リントゥアルエンはサイマー河西岸からの離脱に成功する。彼をアジェーナに預けて身軽になったセルヴァ達軍旗護衛中隊も、無事に戦域からの撤退を果たしていた。
「アルマス様、怪我は……」
「ああ、無事だ。君のお陰で助かった。ありがとう……本当に、感謝してもしきれないが……あれ、あれは何だ。あの、砲弾を全部叩き落したグリッチは、どういう仕組みなんだ? あれは脳の回路だけでやったのか? 透過グリッチと組み合わせたりとか、出来るかな……いや、そんな小手先の話がしたいんじゃなくて、俺の予想が正しければ、電子回路として常駐させられるなら、あらゆる動作機構に対する“冒涜”にして“革命”が起きるんじゃないかと思うんだが……そうだよな? 」
アルマスを慮る言葉をかけたアジェーナであったが、帰ってきた返答は予想外、いや、彼の習性を鑑みれば当然の反応であった。
「あははは……アルマス様は、こういう方でしたね……」
年相応に目を輝かせ興奮気味にまくしたてるアルマスの言葉に、アジェーナは安堵のため息をこぼした。
「ああ、すまない……少し取り乱した。重ねて、助かった……感謝してもしきれない」
「いえ、本当に――間に合ってよかったです」
飛行器が上昇を始めた所でアルマスは彼女の肩に触れ、再び感謝の言葉を述べる。
地上には依然としてチュン帝国の兵隊が歩を進めていたが両軍の発砲音も途絶え、二人が居る高度1000mの上空には静寂が広がっていた。
『ジェナちゃん、さっきのジェナちゃんだよね!? アルマス様も一緒だよね、ご無事だよね!!』
通信波からセルヴァの緊迫した声が届き、アルマスはそれに応じる。
「ああ、セルヴァ、こちらはアジェーナのおかげで無事だ。そちらは連隊旗は持ち帰ってくれたか?」
「ルルちゃん、アルマス様は無事ですよ。私が合流地点まで連れ行きますので安心してください」
『うん、こっちは大丈夫……でも、参謀本部がやっぱり襲撃されてたっぽくて……次の戦いでは、指揮系統の見直しが必須だって……』
セルヴァの緩慢な報告に、アルマスは少し表情を暗くした。
それは肉親を思う気持ちと同時に、人を率いる立場として組織を慮る立場の人間が浮かべる表情であった。
「アジェーナ、申し訳ないが、状況は深刻なようだ。予定の合流地点まで飛ばしてくれないか?」
「了解しました。アテンションプリーズ、本日は葦原航空へご搭乗いただき、まことにありがとうございます。当機にシートベルトは装着されておりません。事故防止のため、高速飛行中は必ず両手でおつかまりください……」
アジェーナはアルマスに急かされて、郷土防衛隊の撤退地点へと飛翔していく。
戦場で二日目の日が暮れる中、後世の戦史研究において機関銃と航空部隊および電磁兵器の運用史において、語られ続ける『サイマー河の戦い』は両者に少なくない傷を残して終結することとなった。
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