大河を越えて
少し先の方に、山々の連なりが見えてきた。水が流れる音が聞こえてくる。地面の色が、だんだんと薄くなっていく。
「向こうに見えるのが、ネストウェズ山脈ですか?」
「そうだ。より正確に言うのなら、山脈の北端だな」
華とジゼルの話を聞いて、ウィリが口を開いた。
「北端にあるってことは、あの山がマラルディなの?」
「確かに、この先に見えているのはマラルディ山だが……。ウィリは、この辺りに来たことがあるわけではないだろう。それなのに何故、マラルディの名を知っている?」
姉妹がウィリの方を見た。ウィリが遠くにある山を見つめる。橡蝠守がウィリの頭に覆い被さって、少女を気遣うように鳴いた。ウィリは橡蝠守の頭を撫でながら、話を続けた。
「アタシの母さんは、最期までマラルディの山に行きたがってた。『ネストウェズ山脈の北の端、私たちの帰るべき故郷』その言葉を、歌うみたいに、何回も繰り返してたんだ。アタシには、分かんなかった。そんなに山に帰りたいなら、街を出れば良かったのに」
「森人は穏やかで平和的な種族だ。その歌も、希望と夢の象徴のようなもので、本気でマラルディに帰ろうとしていたわけではないのだろうな」
「知ってる。だからアタシは、あの歌が嫌いだった。逃げることを、諦めたくなかったから」
ウィリはそう言って目を伏せた。話をしながら歩くうちに、地面の色が、だんだんと薄くなっていく。生えている草の色が、薄い茶色から濃い緑に変わっていく。マラルディ山が近づいて、華はウィリの顔を覗きこんだ。
「ウィリちゃんは、植物は好きなの?」
「そうね。オルテンデの奴らの命令を聞いてたのも、フェルセンの森で暮らせるからだし……。それなりに、好き、かな」
ウィリが顔を上げる。華は、ウィリに笑いかけた。
「あのね、私ね、お花で冠を編むのが得意なんだよ。お花畑を見つけたら、編んであげる」
「……ありがと、カナ。でも、冠は必要ないよ。アタシは、指輪でいい。2人で作って、交換しよ?」
ウィリと華が目を見合わせた。ウィリの顔に、笑みが浮かぶ。彼女はもう、マラルディ山に目を向けることはなかった。水流の音が大きくなって、やがて目の前に広い水場が見えてきた。対岸が見えないほど広いそれが、川だなんて。説明されていなければ、姉妹はきっと、考えもしなかっただろう。ジゼルが短剣の刃先に指を当てる。赤い血が風に流されて、白く光る道になる。そうして、これまで通りに歩き出そうとしたジゼルに、蓮が声をかけた。
「待ってください」
ジゼルが足を止めた。蓮は真新しい白い布を荷物から取り出して、ジゼルの指に巻いた。
「ジゼルさんには、必要ないのかもしれません。でも、私のためにしてくれたことだから。私は、そのままにしておくのは、嫌なんです」
白い布が巻かれた指は、けして細くはない。無数の傷がついた、戦う人の手だった。蓮は丁寧に布を巻いて、血を止めた。
「ありがとうございます」
ジゼルの声音は穏やかだ。彼女は、処置された手をもう片方の手で包むようにして、軽く握った。そうして、4人はジゼルが架けた光の橋を歩いて、川を渡った。




