宇賀神真琴1
「ふー……」
息を吐く。今日も疲れた。学校から帰ってくるといつもそう思う。家についてはじめて一息つける。
朝家を出た時から帰ってくるその瞬間まで気を張っていなくちゃならない毎日。正直言って……ツラい。
それでも家に帰るとモモがいる。モモがいると思うと頑張れる。本当に癒される。
私の家族でもあり、姉妹でもあり、親友でもある何ものにも代え難い存在。
ケージの中で尻尾を激しく振りながら私の帰宅を喜ぶ姿をみると嬉しくなったがすぐに気分は落ち込んだ。
「どうしたらいいんだろう……」
モモに抱きつきながらひとりつぶやいた。
最初はただ少し変わろうと思っただけだった。何か起こるかもしれない。淡い希望だった。
両親と碌に合わない、会話しない。寂しさを埋めたかっただけなのかもしれない。
それまで友達があまりいなかった。その状況が変わればいいなと思った。
メガネからコントクトにしたり、スカートを短くしてみたり、制服を着崩してみたり……。
私の見た目はずいぶんと変わった。見た目を変えれば自信が少しだけついた気がした。
その直後から私の生活は変わった。
突然少しヤンチャ気味の人たちから男女問わず話しかけられるようになったのだ。
「宇賀神さん? 次移動教室だし一緒にいこ」
「は―うっうん!」
こうしたなにげない会話から段々仲良くなっていった。彼女から彼女の友達へ。友達から友達へ。そうして輪は広がっていった。いつの間にか男の子も輪にいるようになっていたがこれが普通なのかなと思った。なにより最初はうれしかった。友達が増え、寂しくなくなる。それがすべてだった。
だが段々と違和感を感じ始めた。
「真琴。今日一緒に帰ろうぜ」
いきなり男の子から名前で呼ばれるようになった。私はそれに対し内心驚いていた。
でも私が敏感なだけだけでこれが普通なのかなと思った。これは仲良くなった証拠だと、距離を詰めようとしてくれているのだと、自分を納得させた。
なぜか2人で帰ることになったが、これもなにかあるのだろうと自分に言い聞かせた。
「今日カラオケいかね?」
「えー……っと」
「真琴ぉ~。 行こうよ~。 みんなくるからさー」
あまり行きたくはなかったが人付き合いも必要だと思った。
「わかった……。 行くよ」
他にも放課後たびたび遊びに誘われた。場所はカラオケやファミリーレストランなど様々だった。彼らの目的は一緒にいること、悪く言えば群れることにあったようだった。大人数で騒ぐことは得意ではなかったが仲良くなるためには必要なことだと思った。苦手な場所もあったが我慢して行った。
だが一番の問題はそこではなかった。
「あいつきもくね?」
「あ~。わかる~。まじうるせぇよなー」
このように集まるたび人の悪口、陰口を言っていた。その日あった人、見た人、教師への悪口だったが主な標的は同級生だった。しかも暗い人や友達がいない人など接点のない弱い人たちだった。
「あいつくせえんだよな。 まじ消えてほしいわ」
「風呂入ってないらしいよ」
「まじっ! ちょーウケるわ!」
私はついていけなかった。私も変わらなかったからだ。私もまた友達がいなくて誰からも顧みられない存在だった。少し違えば、少し踏み外せば私も侮蔑の対象になると思うと怖くなった。
「真琴もくさいと思わねぇ?」
私は身を守る術を学んだ。侮蔑される側ではなく、する側に回るという最悪な手段だったが自分のことが大切だった。悪いのは私ではなく言われる方だと思うようにした。
「私もそう思ってた!」
こうして違和感を感じつつも自分を殺しながら仮初の充実感を得た。
今更1人に戻るのは怖い、バカにされる側になりたくないと思った。
親と交流のない私は寂しかった。ひとりきりに戻る勇気など持てるはずもなかった。
「ところでずっと聞きたかったんだけど……お風呂ってみんなどのくらい入る?」
そんな中でも歩に出会えたことはよかったと思ってる。金髪で最初は怖いと思ったけど明るくて優しくて誰にでも分け隔てない。いつものように悪口大会になった時にはさりげなく話題を変えようとしたり、フォローしたりしていた。なにより彼女は誰の悪口も決して口にはしなかった。
うまく付き合いながらも周りに流されたりはしない子だった。
そんな彼女に勝手に親近感……というよりも尊敬を抱いていた私は彼女と会話する機会が多くなった。
2人だけで話すと誰を傷つけるわけでもなく他愛ない会話で楽しかった。
自分を偽らずにありのままでいられた気がした。なによりも犬を飼っているという共通点があった。
ヤンチャな人たち相手には犬の話をしても決して盛り上がらなかったが、歩とは盛り上がった。
2人とも犬が大好きで意気投合し、やっぱり犬好きに悪い人はいないんだなぁと思った。
しかし親友となった歩相手にも全てを打ち明けられなかった。実はヤンチャな人たちといるのは疲れることやあまり一緒にいたくない、無理をしていると言いたかった。でも歩は誰にでも優しいから自分に優しいのかもしれない。もしヤンチャな人たちと仲違いしたら私を捨ててあちらにいってしまうかもしれない。
そう思うと打ち明けることなんてできるはずもなかった。
こうした人付き合い以外にも私を疲弊させることがたびたび起こるようになった。
「ずっと好きでした! 付き合ってください!」
私は告白されることが多くなったのだ。素直に告白されるのはうれしかった。誰でも好意を向けられると嬉しいものだと思う。どうやら私の容姿は優れているようだった。でもそれは最初のうちで何回もされているうちに嬉しいというよりも申し訳ないという気持ちとなんでだろうという気持ちの方が大きくなった。
告白するっていうのは勇気あることだと思う。その勇気が報われない返事を何回もするというのは申し訳なかった。失礼だけどはじめから告白なんてしなければお互い嫌な気持ちにならずに済むのになと思った。
当然私は彼らとほとんど面識はなかったし、話した機会もほとんどなかった。それなのに告白ってことはつまり外見だけで告白したってことだ。内面を知らないのに顔だけ見て好きってどういうことなんだろうとも思った。私が単に運命の相手と出会ってないだけなんだろうか。もし一目見て好きになって意気投合できるのなら私も運命の相手に出会ってみたいと思った。
こうして人付き合いだけでなく、人から好意を寄せられることも私を疲れさせる要因となった。
そんな中モモはいつも一緒にいてくれる。ずっと一緒にいてくれる存在。全てをさらけ出せる存在。
結局友達がいなかったときと同様モモだけが唯一の存在だった。
学校で疲れ、モモに癒される。そのサイクルを過ごしてしばらくすると私は気づいたことがあった。
私の周りのヤンチャな人たちのターゲットになってるある一人の男の子だった。
弱い人たちはいじられたり、悪口を言われたり、ちょっかいをかけられたりと散々だったが彼らは同じ立場の人同士でグループを組み楽しそうにしていた。
でも彼はそう言った人たちの中でも異質でほんとに1人だった。いつも1人で格好の的だった。
名前はなんだっけ? 確か雨宮くん? そう雨宮くんだ。
彼は昔の私だった。変わらなかったときの私だった。
勝手に親近感を持った私は彼のことを観察し始めた。




