第1話 魔女集会の落とし物
〝種〟を植えたら人間が生えてきた。
「……は?」
「う?」
イデアが思わず間抜けな声を上げると、その人間は可愛らしく小首を傾げた。絹糸のような金の髪と宝石のような碧い瞳が揺れて、きらりと輝く。
全裸で泥だらけというひどい格好で畑に立っている彼は、明らかに大人だ。
手足はすらりと長く、その身長は小柄なイデアよりも頭三つ分ほど高い。体つきは筋肉質でまるで神を模した彫刻のよう。物語の挿絵から飛び出してきたような完璧な美を体現している。
「あ!」
それなのに、まるで子供のように嬉しそうに笑っていて。無邪気な仕草でイデアの金の瞳を指さしている。
イデアは頭を抱えて、髪をかきむしった。手入れなどろくにしていない伸びっぱなしの銀の髪がきしむ。
「なんで、こうなったの……?」
まさか、こんなことになるとは。〝種〟を植えた時のイデアには想像もつかなかったのだ。
* * *
ことの発端は、一か月ほど前のことだ。
その日、イデアはある場所を訪れていた。かつて魔女集会が行われていたエン・ドルのリンゴの木の下だ。
「……変わらないわね、ここは」
古びたテーブルの上には小さなランタン。
その明かりを囲むように、様々な造形の椅子が並んでいる。それぞれの魔女が自分の好む意匠の椅子を持ち寄ったので、てんでばらばらの統一感のない空間になったと、笑いあった日が懐かしい。
この場所は思い出の中と同じ姿のままなのに、かつてそこに座っていた魔女たちの姿はない。
──彼女らを含む全ての人間は、大地を汚染した魔王の最期の呪いで死に絶えたから。
イデアは世界にたった一人残された最後の人間で、不老不死の魔女だ。
魔女は元々長寿だが、イデアは特別。魔王を倒すために放った渾身の魔法の副作用で、不老不死になってしまったのだ。
それから数百年、イデアは一人で生きてきた。
孤独には慣れたが、時折こうして思い出の場所を訪れては孤独に胸を締め付けられることを繰り返した。そうしていると、自分はまだ人間だと実感できたから。
だが、この場所を訪れたのは人類滅亡以来はじめてのことだ。なんとなく、足が向かなかった。ところがこの日の前夜、久しぶりにあの魔女たちの夢を見た。
彼女たちはどうでもいいことを話しながら笑っていて、その輪の中にイデアもいた、あの頃の夢を。
そこでふと思い立って訪れてみたのだ。
(やっぱり、来るべきじゃなかった……)
イデアの胸が虚しさでいっぱいになる。どれだけ懐かしく思っても、もう二度と彼女たちに会うことはできない。この場所が、彼女らが、自分にとって何よりも特別な存在だったと今さらになって気づくとは。
ふと、テーブルの上に何かがポツンと置かれているのが目に入った。
「〝種〟……?」
手に取ってよく見てみると、それは親指の先ほどの大きさの、何かの〝種〟だった。野菜だろうか、果物だろうか、それとも魔法植物だろうか。イデアにも判別できなかった。
「誰かの落とし物ね」
かつてここに集っていた魔女の誰かが置いて帰ったのだろう。うっかり忘れたのか、ここに残すためにそうしたのか、今では確かめようもないが。
イデアは、その〝種〟を丁寧にハンカチで包んでから、ローブのポケットにしまった。誰が何故そこに置いて行ったのかは分からない。だが、今この時にイデアの手元に渡ったことには意味があるはずだ。
「何が芽生えるのかしら」
イデアは軽い足取りで棲家に帰り、さっそく畑に〝種〟を植えた。
普段は無表情で淡々と日々を過ごすだけの彼女が、この一か月は何が芽生えるのかと期待に胸を膨らませて、水に肥料にと甲斐甲斐しく世話をして過ごしてきた。
そして今朝、その〝種〟を植えた畝に人間が生えてきた、というわけだ。
* * *
「いや、おかしいでしょ」
イデアは頭を抱えたまま、深いため息を吐いた。
青年の方は、畑の畝に埋まったままの片足を引き抜こうと奮闘している。あそこは間違いなくあの〝種〟を植えた場所。荒唐無稽な話だが、彼が〝種〟から生えてきたことは間違いなさそうだ。
「誰よ、こんな悪ふざけをしたのは……!」
植えたら容姿端麗な青年が生えてくる〝種〟など、誰かが悪ふざけで作ったに違いない。魔女集会に集まっていた魔女たちの顔を一人一人思い浮かべてみれば、その誰もがやりそうな気がしてげんなりした。もしも生きていれば、見事に引っかかったイデアをニヤニヤ顔で笑いものにしたはずだ。
「魔力と技術の無駄遣いだわ」
生き物を生み出す魔法は難解で、必要な魔力も桁違いなのに。
「信じられない……」
イデアが恨み節を吐き出していると、彼女の視界に影が落ちた。青年がイデアの前に屈み込んだのだ。そのまま、彼女の視界に自分の顔を無理やりねじ込むようにその顔を覗き込む。
「う? あう?」
青年の碧い瞳とイデアの黄金色の瞳が、ぱちりと合った。精悍な顔立ちなのに幼い表情で言葉になっていない喃語ばかりを発する様子に、また深いため息が漏れる。
「せめて、見た目も子どもの姿で生えるようにしてくれればよかったのに」
それなら、素直に可愛らしいと感じて我が子のように育てようという気が湧いたかもしれない。
「……はぁ」
イデアはもう一度、深いため息を吐いてからローブを脱いだ。そして、青年の腰に巻き付けて裾部分をぎゅっと結ぶ。本当は魔法で服でも出してやればいいのだが、あいにく畑に来るのに杖は持ってきていない。
「人前で裸になってはダメ。いいわね?」
言い聞かせるように言うと、また青年は首を傾げたのだった。
3万文字程度の中編です。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
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