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中層都市

石畳の道に、蒸気機関の白い煙がたなびく。

 高くそびえ立つ時計塔と、魔力灯の柔らかな光。スラムの「壁」を越えた先に広がっていたのは、活気と規律が共存する中層都市の街並みだった。

「……空が、こんなに青かったなんてな」

 カナタは眩しそうに目を細めた。

 かつての汚れきった作業着は捨て、今は仕立ての良い濃紺のロングコートを羽織っている。三千万ポイントという大金は、彼を「スラムの死損ない」から、一人の修練者(プレイヤー)へと変貌させていた。

「ふーん、馬子にも衣装だね。でも中身は相変わらず記憶スカスカの欠陥品だけど」

 リセットが街灯の上で器用にバランスを取りながら、クスクスと笑う。実体を持たない「高次元の意識体」である彼女の姿は、行き交う人々には見えていない。

「……リセット。これ、本当に扱えるのか」

 カナタは懐から、黄金の装飾が施された万年筆を取り出した。

 爺さんが「いつか役に立つ」と店の奥に隠し持っていた希少なパーツを組み込み、膨大なポイントを注ぎ込んで改修した逸品だ。

「当たり前でしょ。システムのバグを突いたことで、あんたのポイントはもう単なる数字じゃない。それは万年筆のインク……つまり、世界を書き換えるための代償そのものになったんだから」

 カナタが指先を滑らせると、ペン先から黄金の光が漏れ出す。

 これまでの「記憶」を削る激痛とは違う、純粋なエネルギーの胎動。

「……セツナ。あいつ、B2ランクだったんだな」

「そうだよ。あの子はギルドの『非公式バグ調査員』。システムのログに異常が出れば、ランクを偽装してでも現場に降りて、不純物を掃除する猟犬さ。あんたの防衛戦にあんな怪物が混ざってたのは、最初からあんたが『異常個体』として目を付けられていたからだよ」

 リセットがケラケラと笑う。

 カナタの拳が、コートのポケットの中で固く握られた。

 爺さんの店に置いた、一生遊んで暮らせるほどのポイントと高級なサプリメント。あれは、俺が人間でいられるうちに返せる、精一杯の「利息」だった。

「……あいつは、俺の記憶をコレクションだと言った。なら、そのコレクションごと、あいつの理屈を書き換えてやる」

「あはは! いいね、その復讐者の顔! ちょうどいいことに、この街で開かれる『昇格祭(トーナメント)』にはあの子もゲストで来るよ。……でも、まずは予選を勝ち抜かなきゃね」

 カナタは万年筆を強く握りしめ、街の中央に建つ巨大なコロシアムを見上げた。

 洋風の華やかな街の裏側に潜む、残酷なまでの実力至上主義。

「行こう。まずはこの街の『普通』を、ぶち壊す」


石畳の街路に、拡声魔法によるアナウンスが響き渡る。

『――街の皆さま、お待たせいたしました! 栄光への片道切符、第48回昇格祭(トーナメント)、まもなく開催です! 優勝者にはB1ランクへの即時昇格、ならびに副賞の一億ポイントを授与! エントリー終了まで残り1時間、運命を書き換えたい猛者は集えッ!』

 一億ポイント。並の人間が一生かかっても拝めない数字に、街が熱狂に包まれる。

 だが、その熱気とは裏腹に、カナタの立つ予選会場(バトルフィールド)――巨大な円形闘技場の地下は、冷たい殺意に満ちていた。

「へぇ、100人から16人に絞るバトルロイヤルか。効率的だね」

 リセットが宙に浮きながら、参加者たちを見回して毒を吐く。

「ねえカナタ、見てよ。あっちの隅にいる大男。あいつだけ、ステータスがノイズ(砂嵐)だらけだよ」

 カナタが視線を向けると、そこには重厚な甲冑も派手な武器も持たない、着古した道着を纏っただけの男が立っていた。

 男は目を閉じ、ただ静かに呼吸を整えている。だが、周囲の参加者たちは本能的な恐怖からか、彼を中心に広大な空白地帯を作っていた。

(……なんだ、あのプレッシャーは。万年筆が、震えてる……?)

『――予選開始ィィッ! 生き残れ、弱者ども!』

 銅鑼の音が鳴り響くと同時に、地獄が始まった。

 紅蓮の炎(イフリート)氷結の牙(フリーズ)……色とりどりの能力が飛び交い、悲鳴と爆音が闘技場を埋め尽くす。

 カナタは万年筆を抜き、即座に回避に徹した。

(追記:ただし、俺に向かう全ての「遠距離攻撃(飛び道具)」は、重力に従い直前で地面(ターゲット)へと墜落する)

 最小限のポイントを消費し、飛んでくる火球や矢を無力化して走り抜ける。

 だが、その背後に、先ほどの「道着の男」が音もなく現れた。

「……能力に頼り切った動きだな。それでは『本物(おれ)』の拳は避けられんぞ」

 男が拳を引く。能力の発動はない。魔力の高まりもない。

 ただ、純粋な物理現象(暴力)としての拳が、空気を圧縮しながらカナタの顔面へ迫る。

(速い……!? 書き換える隙がない……っ!)

 カナタは咄嗟に万年筆を盾にし、紙一重で首を逸らす。

 ドォォォォォンッ!!

 拳の風圧だけで、背後の石壁が粉砕された。

「ほう。今のを避けるか」

 男が微かに口角を上げる。

「名は、無冠の王(ノーランク)・ジン。小僧、本戦まで生き残ってみせろ。お前の『小細工』が、俺の『正拳』にどこまで通用するか試してやる」

 カナタは冷や汗を流しながら、混戦の奥へと逃げ込んだ。

 能力を使わず、ただの物理で世界を圧倒する男。

 ハッカーにとって最も相性の悪い物理の王との出会いだった。

『――終了ッ! 生存者16名、確定!』

 無機質なシステム音声が響く。

 カナタは荒い息を吐きながら、遠くに立つジンの背中を睨みつけた。

 

 第2章、トーナメント。

 最強のライバルと、最悪の宿敵。

 カナタの万年筆は、この物理の壁さえも書き換えられるのか。

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