追記不能の先へ
闇試合会場は、血と鉄錆の匂いに満ちていた。
観客たちの怒号が響く中、カナタの前に、山のような巨躯が立ちはだかる。
「……お前が、セツナの食べ残しか。死に損ないの欠陥品め」
処刑人・ガンド。その名の通り、システムの不要物を物理的に排除することに特化した、D級上位の屠殺屋だ。
ガンドが巨大な斧を軽々と振り上げる。
対するカナタは、震える手で万年筆を握るのが精一杯だ。
『戦闘開始。警告:カナタの能力は現在凍結されています』
無情な通知。ガンドの一撃が空気を切り裂き、カナタのすぐ横の床を粉砕した。
「逃げ回るだけか! ほら、得意のインチキを使ってみろよ!」
二撃、三撃。能力を使えないカナタは、泥を這うようにして必死に回避を繰り返す。
生存限界まで、残り3時間。体温が奪われ、意識が遠のいていく。
「あはは! 見てよあの無様な姿。やっぱりゴミはゴミ箱がお似合いだね」
リセットの声が、脳内に響く。
「ねえカナタ、気づいてる? 能力を『使えない』んじゃなくて、あんたは『使い方』を間違えてるんだよ」
(……使い方……?)
ガンドの蹴りが、カナタの腹部を捉えた。
内臓が軋み、万年筆が手から滑り落ちそうになる。
その時、万年筆のペン先が、ガンドの戦闘記録が刻まれた床の破片に触れた。
(……そうだ。俺が『書き換える』のは、俺の力じゃない。この世界の――ルールそのものだ)
能力のロックとは、システムがカナタの魔力を遮断した状態を指す。
ならば、自分自身の力ではなく、**「敵の攻撃そのもの」**をインクにして書き換えたらどうなる?
「死ねッ!」
ガンドが止めの一撃を振り下ろす。
カナタは逃げなかった。逆に、その刃に向かって万年筆を突き出した。
(追記:ただし、この攻撃における「ダメージ対象」は、出力した「発動者本人」へと強制転送される)
ガツゥゥゥゥンッ!!
「ぎ、あ、……ぁぁぁぁぁぁッ!?」
絶叫したのは、ガンドだった。
カナタを両断したはずの斧の衝撃が、そのままガンド自身の右腕を粉砕したのだ。
「な……何を、した……! お前の能力は、封じられていたはずだぞ!」
「……ああ、ロックされてるよ。だから、あんたの力を『借りて』書かせてもらった」
カナタは、血に濡れた万年筆を握り直す。
能力の凍結を無視した、理論上の禁じ手。
「……俺の人生は、もう白紙だ。……だから、何を書き込んでも自由なんだよ」
逆転の一撃が、静まり返った闇試合会場に炸裂する。
闇試合の会場に、静寂が訪れる。
巨漢ガンドが自らの放った衝撃に呑まれ、地に伏していた。
『――勝者、カナタ。防衛戦、二勝一敗。規定に基づき、D1ランクを維持。ならびに闇試合の賞金三千万ポイントを贈与します』
脳内に響く無機質なアナウンス。生存限界のカウントダウンが消え、視界の端のポイント欄に、見たこともない桁の数字が並んだ。
「……は、はは……」
カナタはその場に崩れ落ちた。勝利の代償として、また一つ、大切な記憶が指先からこぼれ落ちていく。だが、後悔はなかった。
翌朝。ジャンク屋のカウンターには、爺さんが見たこともないような高級な栄養剤と、途方もない額のポイントがチャージされた譲渡カードが置かれていた。
「……カナタ。これ、お前……」
震える声でカードを握る爺さんに、荷物をまとめたカナタが背を向けて答える。
「爺さんが俺にくれた時間の、利息だよ。……これだけあれば、スラムの『外』でも、一生贅沢に暮らせるはずだ」
爺さんの言葉を待たず、カナタは店を出た。
振り返れば、この人の顔さえすぐに忘れてしまうかもしれない。だから、感謝の言葉はあえて口にしなかった。
「準備はいい? 英雄さん。ここから先は、システムが支配する本当の地獄だよ」
街の境界線、そびえ立つ障壁の上で、リセットが足をぶら下げて待っていた。
「……ああ。セツナを探す。あいつに奪われたものを、全部書き換えなきゃ気が済まない」
「あはは! 執念深いね。でもいいよ、あんたが全部忘れて空っぽになるまで、特等席で見物させてもらうから」
二人は、スラムを囲う壁の外へと足を踏み出す。
目的は、あの少年・セツナとの再戦。そして、この狂った世界の根本定義に辿り着くこと。
カナタの手には、一本の万年筆。
物語を書き換える旅が、ここから始まる。
『第一章・完』
次からはスラムから飛び出したカナタのセツナを探す旅に入ります。
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