『それは先生』 ティーチャーズ ハイランドクリーム
今日は我らが小町ちゃん、ヴァインのおっちゃんとカリーチェさんに
何やら授業をしている様子。
二人は一体何を教わっているのでしょうか?
「…と言う訳で、これが『複式簿記』のキモになる部分なのよぉ。
おっちゃん、着いて来れてるかしらぁ?」
二人の生徒を前に、パソコン用のチェアにすらりとした足を組んで座ってる私は
飲酒盃小町。
眼鏡を掛けてテキストを広げる姿も小粋な美人OLよぉ。
(『ジャージで小粋もへったくれもないじゃん』って思ったあんた、
ギギギ…これはジャージじゃない、スエットじゃ…、ってあんまり変わんないか。)
スエットだから、椅子に掛けて足組んだりしても、目の前の二人からは
おパンツなんかは見えないわぁ。
最近は結構冷える様になってきたから、私もあられもない恰好でうろついたりは
しないのよぉ。
えぇ、お風呂上り以外は…。
私の前でテーブルに二人並んで『小町先生のハチミツ授業』を受けているのは、
異世界からやって来た凸凹フレンズ。
背が低くて横に広い、まぁるい酒樽みたいな髭モジャは、ドワーフの
おっちゃん、その名を『ヴァイン・ファス』と言う。
こんななりでも手先の器用な宝飾品の細工師さんである。
やせて背の高い、ちょっとエルフみたいに整った顔立ちの丸眼鏡の青年は、
人間の錬金術師、名前は『カリーチェ・サークロ』氏。
天から降ったか地から湧いたか、ある日私ん家の押し入れと
異世界…ヴァインのおっちゃんが棲んでる洞窟が、何の前触れもなく
繋がった。
異世界人同士で突然の出会いはとはいえ、どちらも理性ある大人。
『殴り合い・宇宙』なんて事にもならず、そのファーストコンタクトは
実に平和的なものだった。
そりゃまぁお互いびっくりはしたわよぉ?
だけど、腰を据えて話してみれば、私達はどっちも『お酒が好き』って
共通点が見つかった。
意気投合した私達は『伝説の樹の下で酒酌み交わしたら…友達ぜ!』の
勢いで、今や飲み友達。
何だかんだと理由をつけては私の家で、ご飯や宅飲みを愉しむ仲になった
のである。
おっちゃんにお試しでこっちの『ウイスキー』を飲ませてみたら、
そりゃあもう気に入って、向こうでも作りたい! いや、飲みたい!
ってなって、色々調べ始めたんだけど、残念ながらお酒造りは門外漢の
おっちゃんが、こっちの技術や知識を持ち帰るにも限界がある。
そこでおっちゃんがこいつなら、と応援に呼んだのが、錬金術師の
カリーチェ氏、向こうでは若くして学も技術もある知識人と評判なんだそうな。
このカリーチェさんはこっち基準でも相当優秀で、ヴィンチ村の
レオナルドさんが現代にいたら、こんな感じになるのかなぁ、と思う。
何せ、『答えが解ってるなら出来ますよ、ほら、簡単でしょ?』みたいな
感じでこっちの技術を覚えてく…いや、これはむしろ『ボブ』か?
今日は何だって『簿記』の授業なんかしてるのかって言うと、前に
カリーチェさんに『簿記3級』のテキストを上げたんだけど、解らないとこを
聞くついでに、『教え方』も知りたいって事だったのね。
そりゃテキストは日本語のままじゃ向こうで大っぴらにも出来ないから、
翻訳も必要だろうしねぇ。
「成程、こういう理屈なのですねぇ…しかしこの『複式簿記』、使いこなす程に
紙が溶ける様な勢いで必要になりますよ。」
テキスト自体、印刷して売るのだから、小町嬢に『食いっぱぐれがなくなる』と
言われた意味が良く解ります、とニマニマしながら書き取りを続けるカリーチェ
さん。
一方、おっちゃんは頭の限界か、オーバーヒート気味でうんうん唸り出した。
「もう無理ぃ…『ぎぶあっぷ』じゃぁ!」
元々儂ゃこんな難しい事が解る様にゃ出来とらんのじゃぁ、とテーブルに
突っ伏した。
細かい手作業は得意なのにねぇ。
「はいはい…それじゃ休憩にしましょぉ、お茶淹れるわねぇ。」
コーヒー・紅茶・緑茶、どれにするぅ? と聞く私に、
「ありがとうございます、私は紅茶で。」
「…儂、炭酸水がえぇ、よ~く冷えた奴ぅ。」
とそれぞれ返事が来た。
あらあら、ホントにオーバーヒートなのねぇ。
おっちゃんには冷たい炭酸水、氷入りのジョッキで出してあげるとしよう。
・・・
ずずずぅ~ ずずずぅ~ ぐびぐびっ、ぷはぁ~
熱い紅茶×2 冷たい炭酸水×1 でそれぞれまったり休憩中。
「…ところでカリーチェさん、ホントに私の授業が必要かしらぁ?」
「大雑把には理解したつもりですが、私も経理は専門ではありませんし、
こうして『先生』に教わってみると、結構『抜け』や『漏れ』が
あるんですよねぇ。」
それに、私自身が理解していても、他人に教えるのはまた違う技術が要るの
ですよ、とカリーチェさん。
そこまで『感覚派』でもなさそうだし、理路整然と教えられそうに見えるん
だけど、錬金術の講義をしてると、逆に『立て板に水』過ぎて着いて来れない
学生さんもいるのだそうな。
「なので、『教え方』というのも気になっているところなんですよねぇ。」
「儂ゃ、こ奴や嬢ちゃんが何言っとるのか時々分からんぞい。」
こっちはそれこそ『フィーリング』で理解してるんだろうな。
『ドント シンク…フィール!』の心意気か。
「何かこう、ないんかの?
パッと見てスル~っと頭に入って来る、みたいな…」
そんな都合のいいもんがあったら誰も苦労はしないのよ…って、あったわ。
「そうよ、あるじゃない!」
「?」 「!?」
怪訝な顔をする二人に、タブレットを指して見せる私。
「『ネット動画』よぉ! 多分『簿記』の説明動画だって作ってアップしてる人、
いるわよぉ!?」
「「あぁ~!!」」
そうよ、ネットの海は俺の海。
二人も合点が行った様子。
「そうじゃ! 今まで分からん事は『ねっと動画』で探しとったじゃないかい!」
「私も『授業』という言葉に囚われてましたねぇ。
対面で教えてもらう事ばかり考えてました…」
「じゃぁ、早速ネットで検索してみましょぉ?」
タブレットじゃ3人で見るには小さいから、テレビをネットに繋いで検索開始。
そしたら出るわ出るわ…
解りやすそうで、再生時間も手頃な奴を選んでポチってみる。
『ゆっくり赤饅頭です。』
『ゆっくり黄饅頭です。』
『『簿記講座で、ゆっくりしやがってね!!』』
首だけのキャラ、赤饅頭と黄饅頭にAI先生で喋らせて、会話形式で
お話が進む、所謂『ゆっくりした動画配信』という奴だ。
「「おぉ~!」」
食い入る様に画面に見入る二人、私もその後ろから眺めてるけど、なかなか
解り易いな、これ。
何回かのシリーズにはなってるけど、一本一本は15~20分程で見れるし、
するっと頭に入って定着する…気がする。
数本の動画を見終わって、満足気な二人。
「いや~、これ、なかなか良いですねぇ。」
実に解り易いし、親しみも感じられます、勉強になりました、とカリーチェさんは
絶賛する。
「儂も、儂も頭が良くなった気がするぞい! 赤饅頭先生と黄饅頭先生、
頼りになる先生方じゃのう!」
おっちゃんにも好評だった様だけど、『気がする』なのか、まぁ、うん。
赤饅頭先生と黄饅頭先生、かぁ…『小町先生』は取りあえず『簿記』の授業は
お役御免でいいかしらねぇ。
先生、先生ねぇ…
あ、そうだ、今日のお酒はあれにしよう。
ナイスだ、『先生』!
・・・
「「「いただきまぁす!」」」
今日のおゆはんは、『秋の味覚』が盛り沢山!
でも、『秋』って何だ!? 『秋』は何処へ行った!?
まだ『夏』を引きずってると言うか、『冬』の一歩手前って言うのか、
暑いと寒いを行ったり来たり、『秋』とは言い難い温度差が気になる
今日この頃…
まぁいい、ご飯よ。
今日のお献立は、エリンギと玉ねぎを包んで香ばしく焼き上げた、
『鮭のホイル焼き』。
副菜は『さつまいもと鶏肉の甘辛マヨ炒め』と、『南瓜のマッシュサラダ』。
仕上げには『舞茸とお豆腐のお味噌汁』に、これがないと始まらない!
『白いおまんま』でお送りしております!
「うんまぁ~い! きのこって美味いんじゃのう。」
お鍋で煮込むと美味いのは知っとったが、焼いても美味いんじゃのう、と
舌鼓を打つおっちゃん。
「きのこはねぇ、どう食べても美味しいのよぉ?
『旨味』成分が入っててねぇ、特に干した椎茸なんかは旨味がぐっと
強くなるわぁ。」
「『成分』って、『旨味』の分析や抽出が出来るものなんですか?」
食事の最中でも、こういった事には耳聡く食い付くカリーチェさん。
『食事』だけに『食い付く』のねぇ。
(そこ、『寒い』言うな!)
「出来るのよぉ?
きのこや、昆布みたいな海藻、後は、トマトなんかにも一杯含まれてるわぁ。」
特に干すと『旨味』が増すのも知られてる事や、抽出した『旨味』成分は、
それだけじゃ美味しくないけど、お料理に加えると味の深みが増すのだ、と
教えてあげる。
「これ、『旨味調味料』って言って、抽出した『旨味』成分そのものよぉ。」
と調味料の小瓶を見せると、おっちゃんが横から手を出す。
「どれ、どんくらい美味いのか確かめちゃるわい。」
と手にちょちょっと振って舐めた。
あ~、やっちゃった…
「ぷぇっ!? 何じゃこりゃぁ、ちいとも美味くないぞぅ?」
微妙な顔をしてこっちを見るおっちゃんに笑って説明する私。
「『旨味』成分それだけじゃ、全然美味しくないのよぉ。
料理に加えて初めて全体の美味しさを引き上げるものなのよぉ?」
「ははは、早まりましたね、ヴァイン。」
こいつは良くそれで舌を焼いてしまうんですよ、と笑うカリーチェさん。
「ちぇ~…」
「ちょっとだけ『鮭のホイル焼き』に振り掛けてごらんなさぁい?」
「むぅ~…」
微妙な顔のまま、おっちゃんはホイル焼きにパラパラと調味料を振って、
一口…ややあって二口…
「おぉ、うんまぁ~い!? カリーチェ、『旨味』が増したぞい!」
「どれ、私も試させてもらいましょう…
ほほぅ! 『旨味』成分とは、こう使うものなのですねぇ。」
料理の分野もなかなかどうして、奥が深いものだとカリーチェさんは一人
頷きながら味わいを確かめる。
今日のご飯も美味しく頂けた様で、何よりねぇ。
・・・
ご飯を食べ終わって、動画を見ながら食休み。
勿論、今は『簿記』ではなく、色んなジャンルの『ゆっくりした動画配信』を
とっかえひっかえ眺めてる。
食休みのお供は『昆布茶』とお新香。
「このお茶、変わった味ですが美味しいですねぇ。」
「厳密にはお茶じゃないんだけど、さっき言った『昆布』の旨味が詰まった
飲み物よぉ。」
「ほぉ、これが『昆布』の旨味か…調味料とは違ってちゃんと飲めるの。」
「流石に飲める様に味は調えてるのよぉ。」
おっかなびっくり昆布茶を啜るおっちゃんに、笑って説明する私。
「しかし、この『ゆっくりした動画配信』でしたか、すごいものですねぇ。
どれだけのジャンルを網羅しているのやら…」
感心しているカリーチェさんに、おっちゃんも相槌を打つ。
「うむ、こんだけ沢山の動画を、よくもまぁ一人二人で作るもんじゃのう。」
カリーチェも出来物だと思うちょったが、こっちにはとんでもない才人が
おるもんじゃ、と驚きを隠せないおっちゃん。
あ、そう解釈しちゃうのか。
「これ、全部同じ人が作ってる訳じゃないのよぉ?
どう説明したらいいかしらねぇ…そっちの『吟遊詩人』さんって一人じゃない
わよねぇ?」
「むぅ? どういうこっちゃ?」
「あ、そういう事でしたか。」
カリーチェさんは気が付いた。
「こうですよ、ヴァイン。
我々の『吟遊詩人』に当たるのが動画の『作り手』で、沢山の『作り手』が
それぞれ『赤饅頭先生』や『黄饅頭先生』の物語を歌っている、と。」
そんな処ではないですかね?と話を結ぶカリーチェさん。
うん、花丸よぉ!
「あぁ、そういう事じゃったか、納得納得。」
「そもそもカリーチェさんくらい『出来る人』って、こっちでも滅多に
見ないわよぉ? 希少価値よぉ、誇っていいわぁ。」
いやいや、そこまででも、と謙遜するカリーチェさんに、やっぱり
お主は『出来物』よ、褒められとけ、誇っとけい! とおっちゃんは
我が事の様に喜ぶ。
ホントにこの二人は仲良くて微笑ましいわねぇ。
…何だろう、ちょっと背中に『ゾワッ』と来たぞ?
・・・
「さぁて、お待たせしました、今日のウイスキーは…こちら!」
取り出したボトルをテーブルにドン!
「こちら、『ティーチャーズ ハイランドクリーム』になりまぁす!
『ハイランド』の『ブレンデッドスコッチ』でぇす!」
「「おぉぉ~!」」
パチパチと拍手して迎える二人。
「『ティーチャーズ』…『先生』ですか、成程、『饅頭先生』に掛けた、と。」
相変わらずカリーチェさんは察しが良い。
「一見シンプルに見えて、これもなかなか凝ったデザインの瓶じゃのう。」
おっちゃんの言う通り、やや細身のシンプルな瓶は微妙なくびれがあったり
前後にレリーフが入っていたり、となかなか楽しいデザインだ。
まずは濃い目の琥珀色をテイスティンググラスに注いで…
「「「かんぱ~い!」」」
カリーチェさんがグラスを香る。
「ふむぅ…塩っぽい香り、ピートですかね…そして煙っぽさ、奥の方に果物、
これは…洋梨、いや、青りんごですか?」
『スコッチ』の特徴が綺麗に混ざり合っていますねぇ、と分析する。
そしておっちゃんが一口。
「どれ…最初に塩味と煙っぽい感じが来て、次に甘味…これは蜂蜜と…
麦っぽい、クッキーの穀物感が…おぅ、奥に青りんごがおるわい。
そして舌と喉にピリっとした酒精の余韻が残る…」
うむ、これは絵に描いた様な『すこっち』じゃわい! とおっちゃんも
太鼓判を押す。
「スコッチの特徴も綺麗に出てるけど、舌触りがシルキー…すっごく滑らか
だわぁ、クリームを舐めてるみたい。」
流石、『ハイランド地方のクリーム』と名付けるだけの事はある。
味わい深いわねぇ。
「大変良く出来たスコッチと思えるのですが…これ、お高いのでは?」
カリーチェさんの疑問は尤もなんだけど、さにあらず。
「意外にも、これ、お安いのよぉ?」
そう、この『ティーチャーズ』は安い。
普段でも『ブラックニッカ』辺りと同じくらいの価格帯なんだけど、
ちょくちょくセールの対象になってて、今回は何と2割引きのお値段で
買えた!
スコットランドはハイランド地方の『アードモア』蒸留所のモルト原酒を
使い、スコッチのお手本、『先生』と称されるウイスキー。
こんなお酒がこのお値段で飲めるのは幸せよねぇ。
続けてハイボールのジョッキを皆に回す。
「むぅ、控え目にはなったがピーティーでスモーキーな特徴はしっかり
残っちょる、心地えぇ『はいぼうる』じゃ、飯にも合いそうじゃのう。」
「塩気は残った上で、青りんごのジューシーさが強調されてますねぇ。
特徴はそのままに、軽やかで飲みやすい、いいお酒じゃないですか!」
今までお値段が安過ぎて敬遠してたけど、これは勿体ない事をしてた。
『ティーチャーズ』、いいじゃない!
今日も楽しく宅飲みの夜が更けていく…そんな時、私のスマホが『ピロリン♪』
何だ、ちょっと嫌な予感。
『こ~ま~ち~ちゃ~ん、取材、何時セッティングしてくれるのかしら~?』
げっ、『桂華ちゃん』だ! じゃーんじゃーんじゃーん!
お友達の酒匂桂華ちゃんは、結構名の知れた漫画家さん。
最近、おっちゃんが錬金術師のカリーチェさんを連れて来てるのを知って、
取材させろとちょいちょい催促されてたんだけど…
『ねぇ~、いるんでしょぉ~? 錬金術師さん、いるんでしょぉ~?
取材、させてくれないかしらぁ? 取材、させろ下さいかしらぁ~!?』
はわわ、メッセージが止まらぬ! 薄い本が厚くなるぅ!?
私が懸念してるのは、桂華ちゃん、結構な腐女子…いや、
『貴腐人オブ貴腐人ズ』とまで呼ばれる『腐女子の女王』だって事。
おっちゃんとカリーチェさんの友情なんか見せた日には、どこまで暴走するか
分かったもんじゃない!
あぁ、さっき感じた悪寒はこれだったんだ…
『取材~…取材させるかしらぁ~…とっととセッティングしろ下さい
かしらぁ~…』
ひぃ~、ホラー映画じゃないんだから!
唐突に押し寄せる漫画家からの取材要請の恐怖…私達の明日はどっちだ!?
今回のお題は、『ティーチャーズ ハイランドクリーム』でした。
価格はお手頃もお手頃、安過ぎて逆に『大丈夫なのか、これ?』と
敬遠していたのですが、この機会に飲んでみたら、『いいじゃない!?』
て~れってれ~♪
これは美味しい、楽しい、スコッチの基本的な処や特徴がぎゅっと詰まった
良いウイスキーでした。
伊達に『先生』と呼ばれてない、これはウイスキー界の『クック先生』やでぇ!
モンハンはダブルエックスが楽しかったな…
城内は庶民の味方、ティーチャーズ が大好きになりました。
ところで本作をお読みになって、ちょいっとでも
『おい、城内っつったか、いいコース攻めやがるじゃん!?』
『お前、そこそこマージナル!』
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ましてや感想まで頂けた日には、もう這いつくばって靴ペロですよ、
ミスターぁっ!




