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39. 代償

 その衝撃は凄まじかった。

 霊力のすべてを防御に振り切って、夏樹は自分の周りに防壁を張り続けた。

 井戸の中の化け物はまだ死なない。夏樹と同じように防壁を張って衝撃を防いでいる。そんな気配がする。

 それが分かっているのか、蓮から第二、第三の攻撃が次々放たれた。


(馬鹿か、攻撃範囲が広すぎる)


 蓮の攻撃は一直線ではなく扇形に広がっていた。放出する力が強すぎてコントロール出来ていない。

 おかげで、夏樹は一瞬たりとも気が抜けなかった。防壁が無くなったら、敵諸共、自分たちも攻撃に当たってタダでは済まないだろう。


 三発目、敵の防壁にほころびが出来始めた。化け物は観念したのか、逆に井戸の奥へ逃げようとしている。

 気配が少しずつ地下へ、井戸の底へ移動しようとしていた。


「おい蓮、逃げ……」


 逃げられるぞ、と蓮へ教えようとして、夏樹はゾク、と背筋が震えた。

 比喩的な意味じゃない。本当に寒くて、ゾゾと体が震えた。


 井戸だ。井戸から恐ろしい冷気を感じる。

 でもこれは敵の攻撃じゃない。

 パキパキと、井戸の周りが凍り始める。地面が痛いほど冷え、夏樹は寒さに震えた。


(ていうか、こいつマズくないか?)


 夏樹は思わず、足元に倒れこんでいる蒼太を見た。一応自分の防壁範囲内に入っているが、倒れている地面がこんなに冷たくて、こいつは大丈夫なのか?

 凍って死んだりしないだろうな。


 その時、井戸の中からビキビキと、固い音がした。何かが固まり、叩きつけられ、砕け崩れる音だ。

 やがて、井戸の中からゆっくりと、氷がせり上がって来た。


 その中心に、変にひしゃげた少女がいる。

 凍り付いて固まって、氷の中に閉じ込められて動かない。

 少女の周りの氷だけ、妙に赤かった。


「うーん……難しいな」


 蓮がブツブツと首をかしげなら、ゆっくりと井戸へ近づいてくる。

 まるでパズルが解けないなぁとでも言うような、気安さで。

 井戸の前まで来ると、蓮はチラと夏樹を見た。夏樹は反射的に、防壁を最大まで厚くする。

 防衛本能だった。


 次の瞬間、蓮の刀が横に薙ぎ払われた。すさまじい衝撃破が夏樹にぶつかる。

 凍り付いた少女は、一瞬で真っ二つになった。凍り付いた体が、ゴツンと地面に落ちる。

 そのまま、割れてバラバラに砕けた。


「燃やせ」

「え?」


 砕けた少女の体を足で踏み潰しながら、蓮はなんてこと無いような声で、夏樹に命じた。


「燃やせよ。アンタの役目だろ」

「こんな状況じゃ燃やせない……! 俺が凍らないように身を守るので精一杯だ」


 周囲の凍気は、ちっとも収まっていなかった。現に地面の凍る範囲はゆっくりとだが広がり続けている。いま防壁を解除したら、たとえ一瞬とはいえ、自分はともかく蒼太が耐えられるか分からない。

 蓮は意外なことを言われたように目を瞬いた。凍り続ける地面に目をやり、困ったような顔をする。


「もう何もしてない」

「してるだろ、コントロールくらいしてくれよ。こんなに凍ってちゃ、何もできない」



◇◆◇



 僕、いま、何かしてるか?


 蓮は眉をひそめ、刀を持つ手を見た。

 違う、何もしてない。霊力の消費を感じない。力を使ってない。

 なのにどうして、放出が止まらないんだ?


 コツン、と音がした。小さな音だ。何かが落ちる音。


 なんだろう? と蓮は音の先に視線をやる。夏樹だ、夏樹の足元から音がしている。

 こつんこつんと、夏樹の足元に、何かが落ち続けている。


 汗だ。

 夏樹の額から汗がしたたり落ちて、それが地面へたどり着く前に凍っているんだ。


(嘘だ、もう何もしてないのに) 


 蓮は後ずさった。夏樹の防壁が徐々に弱くなっている。霊力を使い果たして、防壁を維持できなくなっているのだ。

 このまま傍に居たら、彼を凍らしかねない。


 どうしよう。

 蓮の脳裏に、兄の秀悟の姿が浮かぶ。あの人はどうしてた? 刀を使う時は、いつもひどく好戦的になって、父さんに窘められるたびに怒って、それで……。

 そして決して、誰も傍に近寄らせなかった、姉さん以外は。

 頭が痛いと喚いて、子供みたいに。姉さんが少しでも離れると癇癪を起して物に当たって、ずっと傍に居させてた。

 僕は、それがひどく羨ましくて。姉さんを独り占めする兄を憎らしく思ったけれど。でも。もしかしてあれは。


「待って……、駄目だ、止まんないよ」


 放出する力を感じるのに、それが自分のものではないみたいに、コントロールできない。

 ズキ、とこめかみが痛んだ。


 痛い。なんだ? これ。

 頭を抱えようとして気づく。手から刀が離れない。

 いや、正確には、刀を持っている手が開かない。ぎゅっと握り締めたまま、柄を放すことが出来ない。

 目の奥が痛み、視界が徐々に赤く染まり始めた。

 まずい、意識が飛びそうになっている。蓮は必死に、自由になる方の手で刀の刃を握った。掌が切れて痛みが走り、かろうじて意識が戻って来る。


 意識を手放したらマズいことになる。それだけは分かった。

 暴走する凍気が何をどこまで破壊するか分からない。背後にいる姉を攻撃してしまったら、二度と自分は正気を取り戻せないような気がする。


 それだけは、本当に。


 その時、冷たい腕が後ろから蓮を抱きしめた。

 細くて華奢な、姉の腕が。


 フッと刀が露散する。塵のようにサラサラと崩れ、消えた。

 頭の痛みが和らぎ、代わりに掌の痛みが強くなる。


 井戸の傍で夏樹が荒い息を吐き、地面に膝をついた。彼の防壁が消える。夏樹が消したのだ。

 氷が消え始める。放出が止まっている。


 蓮は背中に紗世の体温を感じながら、自分に回された腕を掴んだ。

 掌から流れる血の匂いがする。ふと、予感がした。

 視界の先にある井戸が、ゆらゆらと揺れる。


 次の瞬間、蓮は自分たちが朱雀山へ戻ってきたことに気付いた。


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