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3. 記憶喪失の少女

 少女――紗世は、脱衣所の鏡に映る自分をマジマジと眺めた。

 黒い艶やかな長い髪、血色を感じさせない透き通るような白い肌、潤む大きな黒い目、薄幸そうな薄桃色の唇。

 細く華奢な体。でも胸は大きい。長い脚、細い腕。美しい指。

 うーん……、と紗世は首をかしげた。


 実を言えば、記憶喪失ではなかった。

 彼女に記憶はあった。ただ蓮が言うようなものではなかったというだけで。


 鈴木菜緒。それが紗世の記憶にある自分の名前だった。

 病弱で、子供のころから入退院を繰り返していた。最後の方は、3年近く入院して、もうほとんど住んでいるようなものだったっけ。

 大きな手術が控えていた。入院仲間たちはきっと成功すると元気づけてくれたけれど。


(手術の前に死んだんだろうか?)


 最後の記憶は曖昧だ。でも苦しみや辛さと言ったものは思い出せない。

 病室の友人たちは古馴染みで(同じ病気だった)、ろくに学校へ行けない菜緒にとって何より大事なものだった。

 親が帰宅した夕飯後に、最年長仲間の青年の病室に集まってよくTVゲームをした。

 彼がプレイするのはもっぱらホラーゲームばかりで、看護師たちは難色を示していたけれど、仲間内では好評だった。幽霊もゾンビも怖くなかった。死んでもその先があるのだと、そう思えて嬉しかったから。

 病院を題材にしたホラーゲームは特にお気に入りだった。臨場感が半端なかったから。

 そうだ、それで最後に、彼がプレイしていたのが――。


『逢魔が時の呼び声~朱雀の巫女編~』

 和風ホラーゲームだった。主人公は黒髪美少女の「朱莉(あかり)」。行方不明になった兄を探して、朱雀山という山に入り、そこで亡霊や動く死体(ゾンビ?)から逃げながら謎を解いていく。ハンドガンなし、ショットガンなし、もちろん火炎放射器なし。ゲーム序盤は気力を消費して使う謎のバリアのみ、中盤からやっと神器と呼ばれる短刀が出てくるがそれでもリーチが短くて結局は逃げ回る羽目になる。

 紗世は鏡に映る自分を見た。

 違う、あの主人公ではない。主人公の朱莉は、いかにも妹といった童顔をしていたが、この自分の顔はあきらかに薄幸を背負った「美しい少女」だ。

 だが似ている。血縁がありそうということではなく、顔の系統がよく似ているのだ。それは先ほど話した蓮も新島も同じ。

 なんというか、同じキャラデザがなされているというか……。


 紗世は顎に手を当て、ふむ、と考え込んだ。

 逢魔が時の朱莉は、兄を探して朱雀山へ入る。そこは魑魅魍魎が蠢いていて、異界の地と化していた。帰り道を見失った朱莉は山を探索し(そこがホラーゲーム主人公のタフなところだ)、自分が朱雀の力を制御する朱雀山の末裔であることを知る。そして兄を探しつつ、朱雀の力を得てラスボスである黄龍を倒す、というストーリー。彼女は道中に仲間を二人得る。

 一人目、青龍の力を持つ「蒼太」

 二人目、玄武の力を持つ「秀悟」

 ゲームは朱莉と仲間二人を含めた計三名を操作し、進んでいく。


(玄武……、玄武ね……)


 蓮の言う「兄の秀悟」は、朱莉の仲間の一人である秀悟と同一人物だと思って間違いないだろう。

 紗世と言う名前に心当たりはなかった。けれど秀悟に妹がいたことは覚えている。

 玄武は他の神と違い、二人の依り代を必要とする。兄の秀悟の他に、妹が依り代として選ばれていたはずだ。

 だがゲーム上に妹は出てこない。そして秀悟の口ぶりから、妹はおそらく死んでしまったとプレイヤーは推測できる。

 ゲームの開始日は8月10日だ。あと10日もある。だから断言はできないが、しかしおそらくは――。


(さっきの惨事で、本当なら私は死ぬところだったんだろうな)


 つまり、自分は本来ならゲーム上には登場しないキャラクターだった。

 しかし記憶がなかったせいで、イレギュラーに生き残ってしまった。そう考えられる。


(でも、それにしては)


 紗世は自分の服装を見下ろした。

 ミニスカートなのだ。


 この気合の入った服装は、なんというか、出番無しキャラではありえない。

 少なくとも、あんな山奥で暮らしている人間の服装じゃない。不便すぎる。いくら夏とは言っても、もう少しTPOをわきまえた恰好をするだろう。虫だっているんだし。

 しかし紗世の服装は、明らかにきちんとデザインされたものに感じた。

 身体にピッタリ沿ったワイシャツ、腰の所でキュッとベルトで絞られている。袖は肘下まで捲られ、白い腕が見える。胸のボタンは第三ボタンまで開けられ、黒いフリルの付いたインナーと、胸の谷間がガッツリと見えた。

 そして黒いミニスカートとニーハイソックス。ミニスカートには細やかで美しい金の刺繍が施されている。

 明らかに主要キャラクターの見た目なのだ。


(回想シーンとかに出てくるのかも。秀悟のシナリオは途中までしか見ていなかったからなぁ)


 まさかこんなことになると思わないでしょ、と紗世は首を振った。そもそも『逢魔が時の呼び声』自体を、エンディングまでプレイしていないのだ。

 秀悟は刀使いでリーチが長く、非常に強くて使いやすかった。ビジュアル的にも、暗く憂いをおびた表情がとても格好いい。しかし多くを語らず、固有イベントも少ないため、プレイヤーは彼の数少ない言動や、入手したアイテムなどによって、彼の身に何があったかを推測するしかない。

 プレイヤーは、なんとなーく、妹が死んでしまったこと、そのことを秀悟は悔やんでいること、だからこそ妹と同じ年頃で、同じ宿命を追ってしまった主人公の朱莉だけは守りたいこと、秀悟を追う怪物がいること、その怪物がおそらく秀悟パートのラスボスになるだろうことを推測することが出来る。

 しかし妹が何故死んだのかは――、少なくとも紗世の知識の中では分からなかった。


(……とにかく、お風呂に入ろう)


 せっかく蓮が大騒ぎして入浴の準備を整えてくれたのだ。新しいタオルを出せだの浴槽をピカピカにしろだの、新島に対してえらい剣幕だった。今頃は寝る場所にさえ、無茶な注文をして新島を困らせているに違いない。

 紗世はふふ、と笑って服を脱ぎ(なかなかセクシーな下着だった)、浴室へ入った。シャワーのコックを捻ったところで、考える。

 ここがホラーゲームの世界だとすれば、美少女が浴室に一人というのは……。


(まずいかもしれないな……)


 紗世は浴室の鏡を見た。ここに何かが映ったりするのだ。背後に誰もいなくとも。あるいは頭に手が……。

 いや待て、ここはシャワールームじゃない、浴室だ。だとすると脅かしポイントになるのは……。

 浴槽だろうか?


 紗世はちゃっちゃと手早く髪と体を洗った。病院暮らしの長かった彼女は、その気になれば5分ですべての工程を終わらすことが出来るのだ。

 浴槽を見つめ、しばし考える。

 どうしよう、入ろうか。別に何も起きないかもしれないし。

 それに……。確かめてみたい気もした。ここが本当に自分の考える「ホラーゲームの世界」なのかどうか。

 そして出番なしのモブらしき自分にも、お約束のイベントが起きるのかどうか。


 紗世はひとつうなずき、浴槽にそっと身を沈めた。

「うー、あったかい」

 夜風で冷えた体に、湯の温かさが染みた。紗世はうー、だの、くー、だの言いながら、深々と浴槽に身を沈め、目を閉じた。眠ってしまいそうだった。

 どれくらいそうしていただろうか、時間にして5分とか、それくらいだっただろう。

 紗世の耳に、こぽこぽ、と音が聞こえてきた。目を開ける。

 気泡が見えた。小さな気泡。やがて泡は少しずつ大きくなってーーーー。

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