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カエルが23匹 王子様のいない日々

 魔法使いの家から戻って十数日。

 カルラは部屋の床で、ぼへーっと玉乗りの練習をしていました。とはいえ曲芸団のカエルになろうなどと、とうとつに心に決めてみたわけではありません。たんに退屈だったのです。

 エーデバルト王子は、泉の向こうから帰ってきてからというもの、魔法使いのことを一切口にしません。何ごとかを考え込んでいるような顔をして、忙しそうに外出ばかりしているのでした。カルラのことも忘れさったかのように、ほったらかし。

 さらに何を思ったか、王子はカエルに離宮の一室を与えました。綺麗に掃除され整えられた、大きな窓から日の出が見える寝室です。

 壁には古い物語の場面が描かれ、床には織り目のつまった異国風の、神秘的な文様の絨毯が敷かれています。天蓋つきの寝台の柱や家具は、どれも優美な曲線を持ち、繊細な彫刻を施されていました。奥には専用の浴室までもがついています。

 明らかに室内のすべてが、ここが高貴な女性のための場所であることを、無言のまま主張していました。

 うつくしい部屋。

 けれど同時にとてもさびしい場所でした。王子の寝室とは階も違い、周りは閉ざされた部屋ばかりです。


『この部屋は、何代か前の王女が使っていたものなんだよ。ずっと閉め切ってあったんだけど、きみにぴったりだと思って。素敵な部屋じゃないかい』


 王子はそう微笑んで、カルラをこの立派な部屋に置き去りにしたのでした。それ以来滅多に来てくれることはありません。

 飼い主に飽きられうとまれて、オリの中に閉じ込められてしまった、愛玩動物のような気分でした。もしくは、たらす髪をもたない塔の上のお嬢さん。

 鍵も鉄格子もありませんでしたが、扉の取っ手に届かないカエルが、外に出られるはずもないことを、あの末王子が承知していないはずがありません。


『気に入らないかい、カエルちゃん』


 ちっともそんなことはなかったけれど。

 ここにいて顔を合わせるのは、食事を運んできてくれる世話係の召使いばかり。カエル相手に嫌な顔ひとつしない召使いたちは、食事だけでなく『エーデバルト殿下からの贈り物』も頻繁に持ってきました。


 人形、彩色された木片、すず製の兵隊……。


 うつくしい部屋は、あっというまにおもちゃに占拠され、内装にそぐわない子供部屋へと、変化をとげてしまいました。


『あたしちっちゃなお子様じゃないのよ! もうちょっと大人も喜びそうなものものないの!?』


 たかが木片を積み上げて小屋を作るだけで、圧死の危機にさらされ、ゼーハー命がけのカエルが、珍しく顔を出した王子にわめいたのは数日前のことでした。

 カルラが期待したのは物語の本などです。

 しかし「大人も喜びそうなもの、ね……」と形の良いあごに手を当てた王子が、その日の夜によこしたのはカエルでも開けられる、とてもフタの軽い箱。

 開けてみれば、小人が洞窟に隠していそうな、立派な真珠や貴石がぎっしり。ぎょえっと悲鳴を上げたカルラでしたが、それだけでは終わりませんでした。


 指輪、首飾り、宝石のはめ込まれた衣装箱……。


 そんなカエルにはどうやっても使えないようなものが、おもちゃの代わりに、どっさりと贈られてくるようになったのです。とくに最後の衣装箱なんて、フタが重くて開けられもしません。

 運んできた召使いが、うっかりフタをとじたまま置いていったのが原因です。

 とはいえ、カルラはちょっとした理由から、箱の中身がすてきな絹の衣装であることを知っていました。

 またこの箱が王子が召し使いに命じて、王妃様の衣装部屋から盗ませてきたものだということも。……彼の部屋に置いてあった似たような箱と、ひそかにすり替えさせてきたものだということも。同じ理由で。

 もっとも、なぜ王子がそんなことをしたのかは、さっぱり分からないのですが。


「王子ってば、なにっを、考え、てるの、っとっと、かっしら……あぁ!?」


 ごろ、ずるっ、ごろろ、ごろ、すてん。

 かってに玉乗り練習用にしている、金色のまりから転げ落ちたカエルは、打った腰をさすろうとして、腕の短さやら体の構造やらを恨みました。


 痛っ、た、た、たいくつ……。そうだ!


 カルラは誰もいないはずの室内を、それでもキョロキョロ注意深くうかがいました。それから脚を踏みならし、低くクワックワックワッと数度鳴いて、体を震わせます。

 すると、どうでしょう。

 ふいにカエルの皮がはがれ、溶けたようになって、ひとりの娘が部屋に現れたのです。光合成のできそうな緑の髪に、カエルを思わせる顔立ち。一糸まとわぬ肢体は青白く、緑がかっても見えました。


『魔法使いらしい手助けをしてやろう』


 先日、家に戻ってきた娘をひざに乗せた魔法使いは、そう言って、ひとつの魔法をかけてくれたのでした。この姿がそれです。一日に一度しか使えないようでしたが、こうして発動させれば、そこそこ長い時間人間の姿でいられるのでした。

 クワクワッとひとの姿になったカルラは、素早く壁に埋め込まれた衣装箪笥に飛びつきました。この姿なら箪笥も箱も扉も開けられます。

 魔物じみた赤珊瑚の瞳を動かして、古典的な衣装たちの中から、いちばん地味なものを選び取りました。地味とはいっても上質な絹織物で、いちめんに精緻な刺繍がほどこされていました。

 閉じられた部屋に、長い間しまい込まれていた昔の服とはいえ、まさしく王女のものだったことがうかがえます。

 上靴は残念ながら大きさが合いませんでしたが、靴下をはいただけの足を長い裾が隠してくれました。緑の髪も頭巾にまとめて入れて隠してしまいます。


「さて、と……」


 身だしなみを整えたカルラは、鍵のかかっていない部屋を、()()()のように、ひっそりこっそりと抜け出したのでした。

 なにを考えてるのか分からないけれど、なにかを考えているに違いない、第三王子(エーデバルト)の行動を探るために。




 ここ最近、毎日お茶会や夜会に顔を出しているらしいエーデバルトは、そもそも離宮にもあまり帰っていないようでした。


「殿下ってば、あのカエルくんが来てからおとなしいと思ったのに、ここんとこずうっと出かけてばっかりだよねえ」

「でもなんだかほら、隣国のお姫様の世話係に、何人かを潜り込ませようとしてるらしいけど」

「それはもう決まってるわよ。昨日四人くらい移動で出てったじゃない。だいたい王女様が着くのって今日でしょ。王妃様も。もうついてるんじゃない?」


 そんな会話をしている、窓拭き中の召使いたちに見つからないよう、こそこそと泥棒のように廊下を進みます。こそこそ、こそこそ。


「じゃあ何、今日の殿下不在の理由はお出迎え?」

「どうかしら。どっかの貴族夫人の部屋で寝過ごしてるかも。帰ってきてもほとんど徹夜で書類とにらめっこしてて、最近忙しそうだもの」

「ううーん苦労人」

「おかげでみんな、うっかりここを追い出されても、再就職先に困らないようにしてもらえたわけだけど」

「孤児院で会ってたころは、ただのきれいで優しいお兄さんだと思ってたのにねえ」


 こそこそ、こそそ。カルラは開いている部屋を探して、こそこそ中です。玄関だと確実にひとがいて見つかるため、窓から脱走しようというのでした。

 もらった部屋がもう少し低い階だったのなら、窓から抜け出したのですが。あいにく失敗したら、ちょっと命に関わりそうな高さだったので。

 それに、王子がどこにいるか分からず、時間の限界が来て、とぼとぼ帰ってくることも多かったため、居場所もできれば盗み聞きしたかったのです。

 こそこそ、こそり……。

 しかしどこの部屋にいる召使いたちも、誰も王子がどこにいるのか、正確なところは知らなそうです。


 ――王妃様とお姫様のところか、ナントカ夫人のところか、ナンチャラ侯爵令嬢のお茶会か。


 こそこそ、ぴたっ。

 ちょうど無人の部屋を見つけたこともあり、カルラはあきらめて、大したあてもないまま外に出ることにしました。窓枠を乗り越えて、外に転がり出ます。


 さてと、王子の行き先は……どこにいるとしたって、どうせぜんぶ女のひとのところじゃない。……しかもローゼティーネ嬢以外の。


 カルラは数日前、庭園の茂みからのぞいたお茶会で、たまたまエーデバルトとローゼティーネ嬢が、ばったり顔を合わせるのを見ました。

 彼らはまったく何事もなかったように接しており、お祭りの日のできごとがうそのようでした。いえ……ローゼティーネ嬢のほうは、酔いつぶれたせいで、実際に忘れているのかもしれません。

 彼女の想い人らしき王太子殿下を見かけることは、一度もありませんでした。先日なんとかエーデバルトがたどった道を思い出して、図書館に行ってみたりもしたのですが、いなかったのです。

 カルラはちらほら人影のある庭園を、何気ないふうに歩きながら、考えました。


 王太子殿下は隣の国のお姫様と、本当に結婚するのかしら。それでローゼティーネ嬢は想いを秘めたまま、エーデバルト王子と結婚する。……それでも王子は喜んで、あたしの呪いをといてくれるかしら。

 それであたしは『めでたしめでたし』になるの?

 王子も王太子殿下も、幸せなのかしら。


 庭園では鳥が幸せの歌を歌い、花や緑がほのかに香り立ち、青い空からは奇跡のように、陽光がきらきらと降り注いでいます。

 不幸せなひとなど、この世には、ひとりもいないような気になってしまうような日です。

 決してそんなことはないのに。


 考え事をしながら、当てずっぽうに進んでいたカルラは、広い池にかかった石造りの橋のたもとで、思わず立ち止まりました。あれ……。

 橋の真ん中あたりで、泳いでいく白いアヒルをぼんやりながめていた男性が、気配に気づいたのか振り向きます。太陽の光で暗めの金髪が、さざ波のようにきらめきました。


「……魔女?」


 末の弟に似た声音で、末の弟ならば絶対にしないだろう発想の言葉を、王太子がつぶやきました。




 どことなく憂うつそうな様子の王太子は、それでもひとをほっとさせるような笑顔を見せて、カルラを差し招きました。おかげで、なぜだか隣で一緒に欄干にもたれ、白アヒルをながめることになったのです。


「ほほう、 あのエーデバルト殿下がそんなことを」


 王太子が感心した様子でうなずきました。身の上を聞かれたカルラが、悩んだあげくに「両親を失って困り果てているところを、第三王子殿下が雇い入れてくださった」というような主旨の話をでっち上げたためです。職種は? と質問の答えは、衣装係。


「衣装係の魔女どのか」

「ほんとに魔法が使えたら苦労しないのに」

「そうだな……わたしも、よくそう思う……」

「お……にいさんは何に悩んでるんですか?」


 うっかり王太子殿下と呼びそうになって、ごまかしました。弟に「殿下」を付けていましたし、いつもの軍服も着ていませんから、もしかしたらカルラが正体に気付いていないと、思っているのかもしれません。

 そのほうが良いというのなら、そうしましょう。

 金髪の王太子は逡巡するように沈黙し、橋の下を通っていったアヒルが戻ってくるころになって、ようやく言いました。


「と、ともだちの話なんだが。突然結婚することになってな、その友人が。それでその友に相談されて」


 異様に友だち強調するところが怪しいです。

 しかしカルラはすっかり信じ込んだ様子で、「ふんふんそれで」と相づちを打っています。胸の内で、友だちが結婚するのか、じつは友だちの友だちの話でそちらが結婚するのかと、悩んではいましたが。


「友人にはもう愛するひとがいて……」

「う、浮気?」

「いっいや友人は結婚する気はないんだ。ただそれが親が連れてきた縁談相手でな。今まで親孝行なぞしたことがないから、悩んでいるんだ。友人が」


 それで一緒に悩んであげるなんて、なんて友だち思いのひとかしらと、カルラは感激しました。

「でも」と王太子が声を低めます。


「いざ会ってみたら母と弟にそっくりだった……らしくてな。だいぶ年下だし、あれはちょっと……と友人が。だが母は気に入っているようだし――その上」

「その上?」ごくりとつばを飲み込みます。

「そっくりの弟も相手を気に入ったようなんだ。顔が似ているからかな、すぐに打ち解けて。と、友人が。茶になど誘って……婚約者のことは誘いもしないのに、っと友人が」

「ええと……」


 そんなにややこしい相談を持ちかけられれば、たしかに我がことのように悩むかも、とカルラは思いました。お悩み相談に乗るのも楽じゃないことを学びました。くらくらしそうです。

 けれどステキな金髪の王子様のため、となんとかふんばって、とりあえず話せば楽にもなるかもと、「ふんふん」と時間の限界まで話を聞き続けたのでした。

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