護衛の任
スマホが鳴る。だがそれはベルのスマホではなく、あの男から渡されたスマホだった。
「ガキをさらった。合流地点で待機してろ。」
「やることねえからもういるぞ。」
子供をさらったというのに電話の先はやけに静かだ。全く騒いでいる気配がない。
合流地点の人気のない団地の駐車場についた灰色のバンから複数人の男と一人の娘が出て来た。その中には昨日の依頼主の男もいた。
「こいつがお前の匿うガキだ。頼んだぞ。」
その娘は見るからに富に恵まれたような姿だった。そして虚ろな瞳をしていた。男たちはこの娘をさらって直通でここまで来たのだ。特にこれと言ったことはしていない。恵まれている眼ではない。だがそれはベルには関係ないことだ。
「…お前車は?」
「徒歩で来たけど。」
「お前ふざけるなよ。」
「安心しろ。依頼を失敗させるつもりはない。立体的に動けた方がいい。」
「…そうか。俺らは身代金の交渉をする。別日でまた会おう。一応警察に頼る事に圧をかけておくが、油断すんなよ。」
男たちは再びバンに乗ってどこかに行ってしまった。ベルはこの娘を親元に帰らないよう見守らないといけないが、どこかに置いていなければいけないという条件もない。
「お前昼飯食った?」
娘は視線を下寄りに傾けたままで返答しない。かなり精神的に追い詰められているように見える。見た感じ親の過干渉が原因だろうか。金持ちの家ではよくあることだ。ここまでの重症はほとんどないが。
「じゃあハンバーガーでも食い行くか?」
視線がベルに寄った。やはり親の制限が酷かった可能性が高い。ベルはどうしてかこれを機にいつもは食べなさそうな物を食わせてやろうという気になった。
「車ねえから、店まで歩くぞ。」
ベルは手を掴みも手招きもしなかったが、少女は自然とベルの後ろを付いて来た。行く当てがなかったからか、ベルを恐れたからか、それとも…。
十数分歩いた後、目当ての場所に到着した。
「何食いたい?好きなの選んでいいぞ。」
ベルはカウンターの上のメニュー表を指差す。彼女はじっとその表を見るが、何が何だかわからなそうである。周囲の人に助けを求めもしなければ不安そうなそぶりもしない。店員はこの二人が誘拐犯とその被害者の組だとは到底思えないだろう。
「わからないか?じゃあ俺が選んでやるよ。」
ベルはその店で一番高いバーガーを頼んだ。1つだけ。
「先に外で待ってな。」
被誘拐者の少女はいつでも助けを求めることができるこの状況で、敵から離れられたこの状況で、だがしかし言われた通りに1人で外に出てベルを待った。今日は少し涼しいほどで、暑さはほとんどない日だ。レジと向かい合うベルは少女に対して背を向けていた。
「待たせたな。」
店のドアが開いてベルが紙袋を持って出て来た。
「ほれ。」
少女に袋包みのハンバーガーを手渡す。袋を開けると、肉の香ばしい匂いが顔にかかる。少女は周囲を見渡して座る場所を探した。
「お前やっぱ育ちがいいな。悪いが立ち食いだ。我慢しろ。次に行きたい場所があるんだ。」
嬢にとって立ち食い、食べ歩きなど品も何もない外道な行為であろう。だが少女はすぐに適応し、歩きながらそのバーガーにかぶりつく。家で食べるものは美味いものばかりだ。しかし健康に配慮せずただただ味覚だけを追求した、イカれた味付けのジャンクフードの美味さは全くの別方向だった。少女は目を見開いて口にソースを付けたまま、まだ少し一口目の欠片が口の中に残っているにもかかわらず二口目に入った。
「そんな美味かったのか?」
それを聞いて少女はすぐに我に返り、持っていたハンカチで口元を拭う。
「…リリー。」
「は?」
「…私の名前。」
「聞いてねえよ。」
美味しい思いをしてようやく口が開いたと思えばまさかの名乗りだった。これがボンボンのお嬢様の礼儀なのだろうか。
「…なんで。」
「お前がどんな名前とか興味ない。」
「…。」
リリーは少し不満そうな顔をした。そしてまたハンバーガーを口にする。
スマホが鳴る。
「もしもし。」
「身代金の要求の電話をした。警戒しておけ。」
「了解。」
「…今どこで何してんだ?」
「近くの店でハンバーガー買って食わせてる。…心配しなくても俺の自腹だから大丈夫だぞ。」
「別にそこを気にしてねえよ。自腹で当然だろうが。…まあ順調ならいい。」
電話が切れる。あの男は口悪ではあるが、しっかりと報連相ができる優秀な人間だ。
「…次はどこ行くの?」
「身代金の取引が一日で終わるわけじゃない。寝床を探す。」
「お兄さんの家じゃダメなの?」
「敵の娘に自分の住所教えるわけねえだろ。客ならまだしも。」
リリーはベルに慣れて徐々に口数が多くなってきた。しかもまあまあなお転婆であることがわかった。
「私がお客さんなら教えてくれるの?」
「…何か嫌だな。」
「お兄さん雇われてるんだね。給与はいい方なの?」
「人の命を扱ってるからな。結構な値段だ。」
「私がもっといい金額を払ったら私の方に就いてくれたりする?」
ベルの歩く足が止まった。顎に指を添えて考える。
「…いや、なしだな。」
「えー。なんで?」
「依頼を裏切ったという烙印を押されたら客足が絶つ。」
「ふーん。」
嬢としての余裕が出て来たらしい、ハンバーガーを食べる速度も落ち着いて来た。
「私も困ってることあるんだけど。」
「これが終わってからな。他の依頼は受けないよう言われてるんだ。」
「今回ので私が死んじゃったらダメじゃん。」
「死なねえよ。俺が守ってんだから。」
「はいこれ。」
リリーは食べ終わったハンバーガーの包み紙をベルに渡す。ベルは受け取って紙袋の中に入れる。
「喉乾いた。」
「さっきの店でドリンクも注文するべきだったな。」
ベルは近くの自販機に寄る。
「どれ飲みたい?」
「うーん、わからない。」
「炭酸は?」
「何?それ。」
ベルは炭酸のオレンジジュースを買ってリリーに渡す。リリーは珍しいものを見るかのように受け取っては口にすると、炭酸に驚いてむせてしまった。
「ケホッ、ケホッ。何これ!口の中が痛い!」
「一応微炭酸のはずなんだがな。お子ちゃまには早かったか。」
「はぁ!お子ちゃまじゃない!飲めるもん!」
リリーは涙目になりながらも空を向いて炭酸を飲む。
「炭酸飲むたびにそんな必死になられたら先が思いやられるな。」
リリーは怒った目つきでベルを睨む。お子ちゃまにも威厳というものがあるようだ。
「ほら、行くぞ。」
二人が歩いて着いた先はそこそこのホテルだった。
「ここが今日のお前の寝場所だ。お嬢様でどうせ文句言うだろうからちょっと高いとこにしてやったぞ。」
「ありがと。」
中に入ってフロントに向かう。
「予約してた者だ。」
「ご予約のベル様ですね。」
予約した部屋は10階ある中での8階だった。
エレベーターに乗って二人で上がっていた。
「お兄さんベルって言うんだね。」
やらかした。予約の名義を本名にするべきではなかった。しめしめとリリーは笑う。
部屋に入るとリリーは真っ先にベッドに飛び込む。ベルは手に持っていたゴミをゴミ箱に捨てる。
「最高!ベルの部屋はどこ?」
「ないけど。」
「ええ?二人でこの部屋で寝るの?」
「いや俺は寝ねえよ。」
「なんで?」
「寝なくていいから。」
「…変なの。」
まだ昼は続く。しかし今日を凌ぐための準備は整った。
「もう俺はやることないけど、どっか行きたい場所あるなら言っていいぞ。」
「え!ほんと?!」
「行きたい場所あるのか?」
「遊園地!遊園地行きたい!」
この近くにはリベラ国屈指の遊園地がある。
「…まあ、いいけど。」
「やったやった!ねえ!早く行こ!時間なくなっちゃう!」
リリーは舞うように騒ぐ。押さえ付けられた童心が解き放たれたようだ。
フロントの会釈を背にホテルを出る。
「あれはお前の部屋だからな。お前が持っとけ。」
ベルはリリーにホテルの鍵を渡す。リリーはその鍵をスカートのポケットに入れる。
「電車に乗るぞー。」
電車に乗って数駅移れば遊園地は目の前だった。巨大な観覧車とジェットコースター。その迫力にリリーは目を輝かせる。
「ねえねえ!早く乗ろ!」
人気遊園地とは言え、今日は平日の昼間。人は少なく、すぐにアトラクションに乗ることができた。
「きゃー!!」
日頃から動き回るベルには慣れたことだったが、ジェットコースターのその感覚がリリーには新鮮だった。
ジェットコースターのみならず、他の絶叫アトラクション、お化け屋敷、観覧車、リリーはこの遊園地にいる間ずっとはしゃいでいた。
ベルのスマホにメールが届く。"向こうの親がガキの顔を見たいってさ。写真送ってくれ。"
「写真。」
「写真?いいよ!」
男に送ったのは楽しそうな笑顔を見せるリリーの写真だった。
"おい、楽しそうじゃねえか。もっと危機感ある写真ねえのかよ。"
「もっと誘拐された身としてビビってる写真が欲しいってよ。」
「うーん、難しい。」
「お化けとツーショットすればいいんじゃね?」
再び男に送った写真は、怖気付いてるような顔はするけれども、やはりどこか楽しめているようにしか見えない写真だった。
"もういい。この写真を送る。"
気が付けば夕方を越え、帰る頃となった。
「暗くなって来た。もうそろそろ帰るぞ。」
「うん!」
リリーはこの遊園地のすべてのアトラクションを楽しんだ。もう未練などないのか、嫌がることもなかった。ホテルに着いた頃には7時を指していた。
「お腹空いた!」
「ちゃんとホテルには夕飯も付いてるぞ。」
二人は食堂で夕飯を食べる。リリーはベーコンやらスクランブルエッグやらをバイキングから取って席につく。食べ盛りだ。ベルはコーンポタージュだけを片手にもぐもぐと食べるリリーを見ていた。がっつく食べ方は野蛮でありながらも上品だった。
「んー、味はちょっと微妙かな。」
「思っても言うなよ。」
「でも楽しいからいい。」
リリーはベルの食事に関しては何も触れなかった。睡眠の件から、リリーはベルの異常さを認識し始めた。
「ご馳走様でした。」
食べ終わった二人は部屋に戻る。リリーはもう一度ベッドに飛び込む。今度は疲れが混ざっていた。リリーは顔だけを動かして窓の外を見て、何を思い付いたのか部屋の電気をすべて消した。
「何してんだ。」
リリーはベランダへの掃き出し窓を開けて外に顔を出す。
「こっちこっち。」
月光で照らされたリリーに導かれてベランダから顔を出すと、雲ひとつない空に薄く天の川が広がっていた。ここは都市部で星は見えづらい。しかしそれを上回る輝きを星たちは放っていた。
「綺麗でしょ。」
リリーは自慢げに告げる。別にリリーが天の川を見せているわけではない。
「確かに綺麗だな。」
「じゃあまた明日ね。」
リリーは暗いままの部屋でベッドに横になる。背中はベルに向けていた。ベルは部屋を後にした。
ベルは今日もホテルの屋上で外を眺めた。しかし見ていたのは街ではなく空だった。
サイヤード国での一件が想起される。"ここ数年で一番楽しそうだった"。アルネの言葉。いつものリリーがどんな感じなのかは知らないが、いつもがあのようなはしゃぎ立てる日々ではなかっただろう。
「今日はどこ行くの?」
「オウ国かな。」
「えっ!外国!行きたい!なんでオウ国なの?!」
「リベラ国にいると向こうに場所がバレる可能性が高い。人口が多いオウ国で人ごみに紛れた方が有利だ。」
「なるほど!」
「…。」
「どうしたの?」
「そのワンピースちょっと目立つから服変えろ。」
「どんな服にしてほしい?」
「目立たないやつ。」
「それじゃわかんないよ。」
「道行く14歳くらいの女子の真似でいい。」
「うーん。まあいっか。着替えるから部屋の外で待ってて?」
「…まあいいんじゃね?」
「でしょでしょ!私センスあるから!」
ワンピースとは打って変わり、ジーンズに半袖のシャツの組み合わせ。ベルは他人のファッションに興味などないが、この時ばかりはリリーのコーデを評価した。
「行こ行こ!新しい寝る場所探さないとでしょ?」
「よくわかってるじゃねえか。後は…。」
ベルは般若の仮面を生成する。
「何それ?」
「顔隠す用。もうそろそろ向こうも動き出すだろ。共犯の俺が指名手配でもされたらたまったもんじゃない。」
「ふーん。」
二人はホテルを出てオウ国を目指す。
「どうやって行くかな。」
「飛行機とか?」
「お前が良ければ俺が走ってオウ国まで行けるが。飛行機なんかより早い。」
「走って行けるの?!行きたい行きたい!私は全然大丈夫だよ!」
「リリー!」
ベル瞬時に面を被り、振り返ると3人が立っていた。
「お母さん、お父さん…。」
リリーの両親のようだ。もっと早くホテルを出るべきだった。
「あなた!リリーから離れなさい!」
「身代金はちゃんと払ったか?」
「そんな簡単に払えるわけないでしょ!あんな大金!リリー!その人から離れて!」
リリーはベルの後ろに隠れる。
「何やってるの!」
「お前ら勝手に出ていいのか?身代金を払う気がないとわかったら、このガキの始末命令が出るかもしれないぞ?」
「そんなことはさせない。」
両親ともう一人男がいた。
「誰だよ。」
「刑事だ。お前が送ってくれた写真から場所を特定した。わかりやすくて助かったよ。」
「…やっぱお化けとツーショットは良くなかったな。」
「刑事さん!あの人を捕まえて!」
「無駄な抵抗は止めて大人しくしろ。」
「こっちも仕事でやってるんでな。力尽くで止めろ。」
ベルはリリーを肩に担いで走り出す。
「待て!」
刑事も追いかけるように走り出す。
家の屋根から屋根へ飛び移る。刑事も並走して来た。ベルは聞く。
「お前、レベルは何だ?」
「お前に言う必要はない!抵抗ということでいいな!警務を執行する!」
刑事は杖を生成し、地面に突き立てて鳴らすと、杖に鞭の紋が刻まれる。
象徴”刑罰”。自らが悪行と判断したものに対して、自分が直感的にふさわしいと感じたペナルティを科す。ベルの逃亡行為に対して執行されたペナルティは身体の固定。ベルはリリーを担いだまま速度が0になる。
「きゃっ!」
「大人しくしろ。」
「”全体の奉仕者”っていうのは大変だな。この状態でどうやってこのガキを取り返す?」
「…。」
公務員は市民の安全を第一に考えなければならない。もし走ってる最中のベルに拘束のペナルティを科すと、走っていたベルの腕から放れたリリーの安全が保障できない。かと言って身体の固定ではリリーを引き剥がすことができないし、ベルごと運ぶこともできない。平和維持者ほどのハンデを負っている者はいない。
「犯人の動きを封じた。応援を頼む。」
刑事は電話で仲間を呼んだようだ。
「お前は依頼で動いているのか?」
「そうだな。金がもらえる。」
「もうこんなことは止めろ。もっと他の稼ぎ方があるはずだろ。」
「説得のつもりか?そんな薄っぺらい言葉で止めるなら最初からやってねえよ。」
「依頼主の情報を言え。もう抵抗できないだろ。自白した方が罪が軽くなるんじゃないか?」
「断る。その能力は”刑罰”だろ?まともな人間が馬鹿を見る象徴。だが不幸にもお前は刑事とかいうまともな人間に育ってしまった。故に俺には勝てない。お前がもし俺の逃亡という行為に対して死のペナルティがふさわしいと感じる頭のおかしい人間だったならまだ勝機はあったかもな。」
「俺は刑事だ。お前と違って、まともな考えを持ってないとなれないんだよ。」
「そうだな。俺はお前とは違う。お前、俺に情報を吐かせるために頭部の固定をしなかったな?」
「そうだな。それがどうした?」
ベルは首を思いっきり振り切り、首をねじ切る。勢いで跳んだ首から瞬時に胴体を再生する。刀を生成したベルは固定された自分の体を千切りにし、リリーを引っ張り出す。一瞬の動き。その間血は一滴も溢れなかった。自切して固定から逃れる荒業。
ベルは”仮想”を発動し、異空間に逃げる。異空間にいる間は現実の世界では時間が止まる。異空間で移動すれば実質瞬間移動が可能となる。
「なっ!どこに?!」
刑事から見れば、突然ベルの体がバラバラに崩れ落ちたと思えば、リリーの姿が消えたように見えただろう。
「このままオウ国まで行く。」
リリーは何が起きたのか理解できずにされるがまま連れて行かれた。
「着いたぞ。」
仮想空間から出た頃には、もうオウ国まで到達していた。
「…すごい。」
リベラ国とは一風変わった中華の雰囲気にリリーは圧倒される。
ベルは不要となった面を取る。
「早速今日の寝場所を探すぞ。」
「…うん。」
二人は町中を歩く。さっきからリリーの口数が少ない。まだ両親の声が頭に響いていた。ベルの傍にいることと、父母のところに戻ること。どちらが正しい選択なのかはリリーもわかっている。
「安心しろ。これが終わったらちゃんとお前は両親の下に返す。」
その言葉を聞いてもリリーの表情は変わらない。
今日の分のホテルを予約すると、ベルは観光目的でオウ国の中華街を歩いていた。もちろんリリーも一緒に。人で溢れ返る道を、リリーはベルの服をつまんで付いて行った。どこを向いても人がいて、道の奥が見えない。所々から怒号が聞こえる。リリーは未知の恐怖を抱いていた。
「くっっそおおぉぉ!!また負けたああぁ!」
「おい!お前なんかイカサマしてんじゃないのか?!」
「おいおい。ルオレイのボスのこの俺が、イカサマなどこすい真似をするわけないだろう?」
「もう1回だ!」
声がする方に行ってみると、そこには見覚えのある男が麻雀をしていた。
「おお!ベルじゃねえか!久しぶりだな!」
オウ国を管轄にしている組織であるルオレイの長、イーハン・リンだった。イーハンはリリーを見た後、ベルに視線を戻す。
「お前、娘いたのか…。」
「いや違ぇよ。」
「じゃあパパ活やってるのか?」
「んなわけねえだろ。諸事情だよ、諸事情。」
「そうか。麻雀1回ぐらい打ってくか?ベル、お前はセンスがありそうだ。」
「遠慮しておく。ギャンブルはリスクが大きくて安定しないんでな。」
「安定ばかり求めてたら出世できねえぞ?」
「出世したいとか思ったことねえよ。」
「ははは!まあいい。お前は恩人だからな。困ったことがあったらいつでも協力するぜ。」
「こっちのセリフだな。最近何でも屋を始めたんだ。」
「それならクインから聞いたぞ。」
「は?」
クインは何でも言いふらすようだ。何よりイーハンとクインが連絡先を交換していたのが驚きだ。
「あの女には秘密を喋ったらダメだぞ。全部言いふらすだろうからな。」
「今回のでよくわかったよ。じゃあな。」
「ああ。」
色んな店が立ち並んでいたが、リリーはあれこれが欲しいなどとは一言も言わなかった。昼飯にラーメンを食わせた時は少し明るい顔をした、気がした。今朝ので懲りたのか、追手がオウ国に来ることはなかった。毎日新しい寝床を探す。2日ほど経っただろうか。そんなこんなで街中を巡っていると、依頼主から連絡が来た。"向こうが身代金を用意できたらしい。ガキとの受け渡しをするから、今日の深夜3時にここに来い。"同時に送られた座標をベルは確認する。
「お前の両親が身代金用意できたらしい。夜遅くなるから今の内に寝てな。」
ベルはリリーをおぶってやることにした。人気の多い商店街からは離れて、人通りが比較的穏やかな住宅街を歩いた。リリーはベルの背中に掴まっては肩に顎を乗せる。
「…ねえ。」
リリーは半目のままベルに声をかける。
「何で優しいの?」
「…。」
ベルは歩いたまま黙り込む。ベルのこれまでのリリーへの扱いはほとんど無意識的なものだった。
「お前は俺の妹によく似ている。お前ほど上品ではなかったがな。俺が最後に見たあいつもお前ぐらいの歳だった。」
「今はどこにいるの?」
「売られた。今はどこにいるかわからない。もう死んだかもな。」
「…探さないの?ベルならできるでしょ?」
その信頼はどこから来ているのかはわからないが、実際事実である。ベルはまだ"仮想"の本気を出していない。この象徴には無限の可能性がある。
"その力は危険だ。"アステルの言っていたことは正しい。強力すぎる力は私情で使ってはいけない。ベルはそれを理解していた。
「あんまり無闇に使えないんだよ。一歩間違えれば世界が滅ぶ。」
「…"神様"はベルの行いをちゃんと見てるよ。ちょっとくらいわがまましても許してくれる…。」
ついにはリリーが寝息を立て始めた。しかし腕はしっかりベルに掴まっている。
「"わがまま"ね。」
ベルはリリーを背負ってそのままリベラ国に向かった。
「時間通りだ。最初はどうなるかと思ってはいたが、やっぱりお前に依頼して正解だった。」
「そりゃどうも。」
深夜、言われた通りベルは受け渡し場所に到着した。リリーを引き取った時と同じような人気のない真っ暗な空間に車のヘッドライトだけが光っている。リリーはもう目を覚ましてベルの隣に立っていた。
「向こうには両親だけで来るよう伝えている。向こうがまともな判断をすれば邪魔は入ってこない。」
そうこうしている内に1つの車が現場に来た。みな仮面を付けて顔を隠す。
「警察は連れて来てないだろうな?」
「連れてない。早く娘を返してくれ。」
あの刑事はいない。あのような勝手な行動をしたのであれば上層部からこっぴどく言われただろう。
「金が先だ。本物かどうか確認する。確認が取れるまでガキは渡さない。」
「あぁ。わかったよ。」
父親はキャリーケースを持ってこちらに近付く。男たちは銃口を父、母、リリーに向けていつでも発砲できるようにしていた。
「キャリーケースから離れろ。」
父親は言われた通りキャリーケースから離れ、1人が金を確認しに前に出た。
「本物だ。ちゃんとある。」
「よし、ずらかるぞ。お前は独りでも大丈夫だろ?」
男はベルに聞く。
「まあそうだが。」
「そのガキと親をどうするかはお前に任せる。今日の分まで金は支払うからな。」
「じゃあこれは返す。」
ベルは男に連絡用のスマホを渡す。
「じゃあ、達者でな。」
男たちはキャリーケースを持って車でどこかに行ってしまった。
「お前はもう人質から解放だ。」
ベルはリリーの背中を押す。リリーは数歩歩いてベルに振り返る。何が惜しそうな目をしていた。
「動くな!」
周囲の建物の隙間から大人数の警察が姿を現してベルに銃口を向けた。
「まあそりゃ、親御だけじゃないよな。」
遠くからサイレンの音がする。男たちも警察に追跡されているようだ。銃声が聞こえて来る。
「リリー!早くこっちに!」
父親の声にリリーは顔を向けるが、すぐにベルに戻した。
「何か困ったことがあったら、Divine Bellという店を訪ねろ。そこにいる男がお前の頼みを聞いてくれるさ。」
リリーはその言葉を聞いて明るく笑った。
「うん。」
リリーはこちらを呼ぶ両親の元に向かった。父親の腕に掴まって、再びベルの方を向く。
リリーはベルの心配などしていなかった。何人の警察がいようと、あの男を捕まえることはできない。
「大人しくしろ!」
ベルは足先を上げて地面に落とす。その衝撃は地面を伝って広がり、囲う警察の目の前で地面を盛り上げる力へと変換されて大きな壁が警察の視界を遮る。
気付けばベルは暗闇に溶け込んで消えていた。
「ただい…。」
ベルが家に着いてドアを開けると、そこには大量の猫たちが集まっていた。机の上のココアを中心に、囲んで会議を開いていた。ベルを見た猫たちは驚き、急いでドアから一斉に出て行った。ココアだけが机の上で立っている。
「お前もうそんなに友達できたのかよ。」
「ニャ。」
あれほどの猫がいたのに、家の中は全く荒れていない。ココアが暴れないよう指導したのだろうか。
「しばらく家を空けてて悪かったな。これはお詫び。」
ベルはココアに最高価値の紙幣を3枚渡した。
「ニャアア!!」
買う物が食い物程度しかない猫からすればとんでもない大金である。貰ったココアは飛び跳ねて喜ぶ。
突然ベルのスマホの着信が鳴る。クインからだった。
「何だ?今、朝の4時だぞ?」
「いやー、悪いね。緊急の連絡なんだ。」
「何かあったのか?」
「何かあったのは君だよ、ベル。今さっき闇サイトの賞金首一覧を覗き込んでいたんだけど、君の顔と名前が載ってる。しかもとんでもない金額で。」
「は?」




