ドレイク王国4
カーテン越しに薄らと差し込む陽の光、鳥の囀る声。
レンの意識は徐々に覚醒する。よほど熟睡していたのか少し気だるい。
部屋の隅に置かれている時計の針は9時を指していた。
10時間以上寝ていたのか。
気だるいわけだ。
レンは寝惚け眼を擦りながらベッドから体を起こす。
体の調子を確認するように、背伸びをして肩を回した。
完全に目が覚める頃には体は軽く、頭もすっきりしていた。
どうやら疲れは取れているようだ。
ソファにはニュクスが腰掛け、此方の様子を静かに窺っている。
「おはようございます、レン様」
『おはよう、ニュクス』
軽い挨拶を交わすと今日の過ごし方を考える。
まずはこの世界の文化、一般常識を教えてもらう。
その他にも街を歩いて買い物をしたい。街の外も歩いてみたい。
一度に全ては無理だろう、ヒューリと相談して決めよう。
洗面台で顔を洗い身だしなみを整えると部屋に戻った。
『ニュクス、部屋を出る』
「畏まりました」
扉を開けると部屋の前にはカオスたちが待機した。
レンの姿を確認すると深く一礼して挨拶を交わす。
この時点でレンの護衛がニュクスからアテナに変わった。
アテナは嬉しそうにレンの傍に寄ってくる。
「レン様、食事の準備は出来ております」
『そうか、ではカオス案内を頼む』
「畏まりました」
指名されたカオスは先頭を喜々として歩く。
食堂のテーブルには既に料理が並べられヒューリも席に着いていた。
『ヒューリ、お前も食事はまだなのか?』
「はっ!レン様より先に頂くわけにはまいりません」
待たなくても先に食べればいいのに。そう思うレンだったが何も言わないことにした。また否定されるのが目に見えている。
『そうか、では明日からはもう少し早く来るようにしよう』
「そのような気使いは無用です。レン様のお時間に合わせますのでご安心ください」
世話になっている身としては申し訳なく思ってしまう。明日からは早起きしようとレンは心に誓うのだった。
その後は食事を楽しみながら今日の予定を話し合う。
『ヒューリ、食事が終わり次第、文化や一般常識を教える者を部屋に呼ぶように』
「承知いたしました」
『カオス、お前たちはこの後どうする?』
「私は上位竜を呼び集めるため各地へ向かいます。一週間程お側を離れることになりますがよろしいでしょうか?」
『構わんが死の大地とやらに私の居城を作るのだろう?そちらは大丈夫なのか?』
「問題ございません。今日はアテナがレン様の護衛に付きますので、まずはヘスティアを向かわせ土地の再生を行わせます。明日はヘスティアがレン様の護衛に付きますのでアテナが居城作りを行います。ニュクスはそのサポートとして死の大地で作業をしてもらうつもりです」
『私の護衛以外の二人が死の大地に向かうわけか』
「その通りでございます」
喧嘩しないか少し心配だが、まぁ何とかなるだろう。
『ではそのように進めるがよい』
「畏まりました」
食事を終えるとアテナを従え部屋に戻る。食堂を出る際にニュクスとヘスティアがアテナを睨んでいるのが見えた。
どうやらこの子たちは俺と一緒にいる女性を睨むのが習慣になっているようだ。
部屋には直ぐに王宮学術顧問なる竜人が訪れた。
年老いたその竜人は丸渕メガネを掛け、顎には白く長い髭を蓄えている。
ソファに促すと、その向かいにレンが座り、横にアテナが腰掛ける。
「お初にお目にかかります、レン竜王様。私は王宮学術顧問のクレーズと申します。以後お見知りおきを」
クレーズは深々と頭を下げると尊敬の眼差しでレンを見つめる。
『クレーズか世話になる。私のことはレンと呼ぶがよい』
それからはクレーズから様々なことを教えてもらった。文化、一般常識、この国の成り立ちから歴史まで、クレーズは事細かく説明してくれた。
『クレーズ、この世界には魔法もあるのだろう?魔法のことも教えてほしい』
「畏まりました。魔法には等級魔法と呼ばれるものと、精霊魔法と呼ばれるものがございます。等級魔法とは第1等級から第10等級に分けられる魔法で、等級が上がるごとに取得は困難になります。第8等級以上は幻の魔法とも呼ばれ、使える者は数える程しかいないと聞き及んでおります。精霊魔法は主にエルフが使う魔法で精霊の力を借りて魔法を発動させると言われております」
『二種類の魔法があるのか』
「レン様であれば二種類ともお使いになれるでしょう」
それを聞いてレンは破顔する。レンに取って魔法は憧れだ、折角異世界に来たのだ魔法は絶対に欠かせない。
『そうか、それは楽しみだな。クレーズ、私に魔法を教えてはくれないか?』
「申し訳ございません。竜人は魔法が不得手で使うことができないのです」
『それは残念だな。まぁよい、何れ魔法を覚える機会もあだろう。説明ご苦労だった、引き続きこの世界のことを教えてくれ』
「畏まりました」
傍にいるアテナに魔法を教えて貰うこともできたが、何故か嫌な予感がしたため口には出さなかった。世界を献上すると言ってしまうほどの強者だ、下手に魔法を使わせてこの国を破壊されたら目も当てられない。
途中、昼食を挟み午後も引き続き話を聞く、全て終わる頃には日は完全に落ち外は暗闇に包まれていた。
それでも大分省略したらしく、クレーズは名残惜しそうに部屋を立ち去っていった。
クレーズに聞いた話だと普通に生活する分には地球と然程変わらない。
だが大きく違うこともある。この世界では独裁国家が当たり前で、国王、貴族、教会などが国を動かし、庶民の発言力は皆無に等しいということ。
国によっては逆らう者は奴隷に落とされ酷い扱いを受けているとも言っていた。
この街が竜王の居城から近い場所にあるのも偶然ではなかった。
竜王の居城がある山脈はウェンザー山脈と呼ばれているらしい。もともと竜人の祖先は竜王に仕えていたらしく、ウェンザー山脈を聖なる山として長い間崇めてきた。そのため自然とウェンザー山脈の近くに街が作られ発展したということだ。
いつしか街は国となり国は勢力を拡大して今に至る。
この国には奴隷制度はないようだが、やはり国王による独裁国家なのだそうだ。
ただ、現国王のヒューリは勿論、過去の国王たちも代々国民のための政治を行い、国民からは信頼され慕われているみたいだ。
ヒューリは立派な国王なんだな。
不意にレンはアテナに尋ねる。
『アテナ、私はお前たちの良き主になれるだろうか』
アテナは目を大きく見開き驚きを隠せない。
アテナたちにとってレンは既に最高の主。その最高の主たるレンが良き主になれるだろうかと尋ねるのは何故だ?
それは我々に至らぬ点があるからではないか?
きっと私たちはレン様の期待に添える働きをしていないのね。
主の思うように動いてくれない配下、それは即ち配下も使いこなせない駄目な主だと思っていのではないのかしら?
「レン様は我々にとって既に最高の主でございます。もし、レン様が違うと仰るのであれば、それは我々に至らぬ点があるためでしょう」
アテナは顔を顰める。
これは早急に話し合う必要がある。
カオスが戻り次第この事を伝えなくては。
我々のせいでレン様がお心を痛めることなどあってはならない。
場合によっては全員の首を差し出してもまだ足りない。
しかし、我々が全員いなくなればレン様の身の回りのお世話は誰がするの?
上位竜に任せるのも不安が残る。
アテナは答えを導き出せずにいた。