擬人化
ヘスティアは喜び勇んで城に戻る。
レンの滞在先を見つけ尚且つ欲しい情報も提供してもらえる。
「きっとレン様にお褒めの言葉を頂ける」
思わず顔がほころぶ。
小躍りする気持ちを抑えながら玉座の間に入ると、不機嫌なニュクスとアテナ、疲れた表情のカオスが出迎えた。
何かあったのだろうか?もしやレン様に無礼を働いたのではあるまいな。そう思うと先程までの喜びに満ちた感情が嘘のように霧散し消えていく。
折角いい気分で戻ってきたというのに台無しだ。ヘスティアは少し苛立ちながら語気を強めて声をかける。
「随分と辛気臭い顔をしているけど何かあったの?まさかとは思うけどレン様に失礼なことはしていないでしょうね」
ヘスティアの態度に不機嫌なニュクスとアテナは嫌な顔を隠そうともしない。
「そうね。直接レン様に仰ったわけではないけど、妻にしてほしいと寝言を言った女がいたわ。叶わない夢を見るなんて、なんて愚かなのかしら」
「私がレン様に相応しいのは誰が見ても分かりきっていることじゃない。真実を言って何が悪いのアテナ?少なくとも貴方よりは余程ふさわしいわ」
ニュクスとアテナは睨み合いお互い一歩も引こうとしない。
それを見たヘスティアはやれやれと溜息を漏らした。
この二人はそんなことで揉めていたの?
重要な任務を与えられた私こそがレン様に相応しいというのに、そんなことも分からないなんて。
大方カオスは二人の言い争いに巻き込まれたのでしょうね。
「二人ともいい加減にしなさい、見苦しいわよ」
「そう言うあなたはどうなの?随分と帰りが早い様だけどレン様のご命令を遂行できたのかしら?」
「ヘスティアのことだもの、他のことに気を取られてレン様のご命令を忘れているかもしれないわよ」
「当然ご命令を果たしてきたわ。それとニュクス、貴方は私のことを何だと思っているの?レン様のご命令を忘れるわけがないでしょ」
アテナは驚く。この短時間でレン様のご命令を遂行してきたと言うの?少なくとも数日は掛かると思っていた任務を半日で終えてくるなんて。
ニュクスとカオスに目を向けるとやはり驚きの表情を浮かべていた。
カオス、ニュクス、アテナは焦る。このままではヘスティアだけがレンの覚えが良くなってしまう。この差を早く埋めなければと。
つまらない事で時間を潰してしまった。報告を遅らせる訳にはいかないのに。
「レン様は何処にいらっしゃるの?ご報告をしたいのだけれど」
「レン様はお休み中です。しかし、そろそろお目覚めになる頃でしょう。私がお迎えに上がります」
「あ゛?カオス貴方どさくさに紛れて、なに勝手にレン様の寝室に入ろうとしているの?今この場で死にたいの?」
「まてニュクス、何故そうなる。私はただレン様のお迎えに上がるだけだ」
「ニュクスの言いたいことはよく分かるわ。レン様をお迎えする大事なお役目を抜け駆けするなんて許されざる行為よ」
「今のはカオスの失言ね。ニュクスとアテナの肩を持つ訳じゃないけど抜け駆けは良くないわ」
またもカオスは頭を抱えたくなる。
何故だ!確かにレン様をお迎えに上がるのは大切なお役目かも知れない。だがここまで責められることなのか?
「分かった、では全員でお迎えに上がろう。これならば異論なかろう?」
ニュクス、アテナ、ヘスティアは目配せすると、それならばと頷き我先に玉座の間を後にした。
それを目にしたカオスは溜息を漏らしながら後を追うのであった。
レンは外の喧騒で目が覚めた。
不慣れな寝袋で寝たせいか体中が痛い、疲れも取れていない気がする。
扉の向こうでは古代竜たちが騒がしい。
何かあったのだろうか?
寝袋から出て立ち上がると扉が勢いよく開かれ3体の古代竜が我先にと寝室になだれ込んでくる。後ろではカオスが呆れていた。
いつの間にか古代竜たちの表情も分かるようになっている。これもグラゼルから授かった力の恩恵だろうか。
『騒々しい、何事だ』
ニュクス、アテナ、ヘスティアは取り繕うように跪き頭を垂れた。
「お騒がせして申し訳ございません。レン様をお迎えに上がりました」
ニュクスは即座に返答する。それを横目でアテナとヘスティアが睨むが、ニュクスはどこ吹く風である。
『そうかご苦労だったな』
声を掛けられたニュクスは至福の表情だ。その後、妄想に浸っているのか、にへら笑いを浮かべている。
『ヘスティアもいると言うことは情報は集めてきたのか?』
「はっ!情報を提供する者を見つけてまいりました。またレン様が滞在する場所もご用意しております」
『なに!?この短時間で良くやったヘスティア。本来なら何か褒美を出したいところだが、生憎お前に下賜できるような物がない。不甲斐ない主を許してくれ』
「な、なんと勿体無いお言葉。このヘスティアそのお気持ちだけで十分でございます」
ヘスティアは目を潤ませ、まるで祈りを捧げるように頭を地面に擦りつける。
なるべく尊大な態度で話したが間違いなさそうだな。
やはり威厳を持って接した方が良さそうだ。
それにしてもヘスティアは凄いな。こんなに早く命令を遂行するなんて。
今後も頼りにさせてもらうか。
「それでは玉座の間に参りましょう」
ニュクスが当然のように手を差し伸べてきた。
レンとしてはここで話を聞いてもいいのだが、折角迎えに来たのだからと玉座の間に移動することにした。
玉座の間に移動するとレンは巨大な玉座の端にちょこんと座る。
早速ヘスティアから話を聞かなくては、この居城は広すぎて落ち着かない。
なるべく早く落ち着ける場所に移動したい。
『それでヘスティア、滞在先を見つけたと言っていたが何処だ』
「竜人の国でございます」
竜人?そんな種族もいるのか。
大きさ的には大丈夫なのか?古代竜サイズだと意味がないんだが。
『滞在先は私が過ごしやすい大きさでなければ意味がない。その辺は大丈夫なのか』
「問題ございません、竜人は人間と殆ど変わらない大きさでございます」
『そこに情報を提供する者もいるわけだな』
「はい、ご用意しております」
問題はなさそうか、それなら早速移動するか。
『ではそこに移動する。準備をせよ』
「お待ちください、一つご提案がございます」
『なんだカオス、申してみよ』
「レン様が竜人の国に滞在するにあたりまして、我々も人間の姿に変わろうと思っております。今の姿ではレン様のお傍に控えることができません。ご許可願えないでしょうか。」
姿を変わる?そんなこともできるのか?
『お前たちは姿を変わることもできるのか?』
「人間の姿だけですが変わることができます」
おお、それは凄い。いいじゃないか。
人間の方が接しやすい。何よりも巨大な竜の姿では滞在先に迷惑になってしまう。
『許可する。試しにお前たちの人間になった姿を見せてくれ』
「承知いたしました」
返答と同時に4体の古代竜が見る間に小さくなっていく。
現れた姿は人間そのもの、大きさも人間と変わらない。
が、裸?目のやり場に困り咄嗟に顔を背けた。
『お前たち服はないのか』
「服、でございますか?確か宝物庫にあったはずですが」
宝物庫?そんなものまであるのか。
ここを出る前に一度全ての部屋を見ておいた方が良さそうだ。
『一先ず竜の姿に戻れ、この城を出る前に全ての部屋を確認したい』
「畏まりました」
古代竜たちが竜の姿に戻ると、カオスの案内で城の中を見て回った。
ニュクス、アテナ、ヘスティアが案内役で揉めていたので、我関せずのカオスに命じたのだ。
女たちから選ぶと後々大変なことになりそうな予感がしたからだ。
宝物庫以外は特に何かが置いてあるわけでもなく、ただ広いだけの部屋でしかなかった。
何もないことを確認すると宝物庫に戻る。
目の前には数え切れない金貨の山、豪華な剣や鎧、意匠を凝らした豪華な衣服、宝石などの装飾品、特殊な鉱石のインゴット、希少な金属や宝石の原石まで様々な物が所狭しと山積みにされている。
『この中から自分に合う衣装を探せ。人間になった時に裸では困る』
「これは全てレン様の私物、それを我々が身につけるなど」
『構わん、私の私物ならなおさらだ。お前たちに下賜する。好きな衣装を選ぶがよい』
「我々如きに下賜して頂けるとは、この御恩に報いるためにもこれからも精一杯お役に立てるよう務めさせていただきます」
カオスが頭を下げると、それに続き他の3体も頭を下げる。
一々大げさだと思うレンだが竜種はこういうものだと諦めることにした。
カオスたちは人間になると財宝の山に飛び込み衣服を探し始める。膨大な財宝を掻き分け衣服を探すのは時間がかかるだろう。
当然裸を見ないように視線を逸らしている。
疲れが取れていないレンは宝物庫の扉に寄りかかった。暫くすると自然と瞼が落ち意識が遠のいていく。
気が付くと目の前では豪華な衣装を身に纏ったカオスたちがレンを覗き込むように見ていた。
いつの間にか寝ていたらしい。
改めて古代竜たちを見てみる。外見は全員20代前半くらい、人型になった竜人たちはみな肌は透き通る様に白く見目麗しい。
カオスは黒髪に黄金の瞳をしており眉目秀麗であった。切れ長の眉の下には鋭い眼光が光る。長身で髪は胸元まであり、黒いスーツのような衣装を身に纏っていた。一見すると執事のようにも見えてしまう。
ニュクスは黒髪に黄金の瞳で端正な顔立ちをしている。髪の隙間から覗く潤んだ瞳が妖艶な雰囲気を醸し出していた。長身の体を覆うように、美しいストレートの髪が腰まで伸びて揺らいでいる。胸元の大きく開いた黒いドレスが豊満な胸を強調し、身に付けた幾つかの装飾品がニュクスの美貌を引き立てていた。
アテナは白髪に黄金の瞳で美しくも凛々しい顔をしている。そのキリッとした瞳はレンを射殺すように見据えていた。美しいストレートの髪が腰まで伸び白く輝いている。金の刺繍を施された白いドレスが長身の細い体を包み込んでいた。首からはドレスに合わせた金のネックレスを下げ、その姿は女神と見まごうほどである。
ヘスティアも白髪に黄金の瞳をしていた。優しげな瞳と愛嬌のある顔が、優しいお姉さんのような雰囲気を漂わせている。身長はニュクスやアテナよりもやや低い。胸元までストレートの髪が伸び、意匠を凝らしたメイド服を着こなしている。
古代竜の人間の姿は、肌は透き通る白、瞳は黄金で統一されているようだ。鱗の色がそのまま髪の色に反映されている。
レンは起き上がると取り繕うように口を開いた。
『寝ていたようだな。みな良く似合っている』
『ところでヘスティア、何故メイド服なんだ?抑もよくメイド服があったな』
「レン様にお使えするのに相応しい衣装はこれしかないと思いましたので選ばせて頂きました。宝物庫の財宝の殆どは竜王様への貢物ですので過去にメイド服を贈ったものがいたのでしょう」
竜王様への貢物、だから竜王になった俺の私物というわけか。
それにしてもどういう理由でメイド服を贈ったんだ?
気にはなるが取り合えずこれで人間の姿になっても問題はなさそうだ。
『宝物庫の財宝は貢物か、新たな問題としてはこの財宝だな。カオス、財宝はここに置いていっても大丈夫なのか?』
「この山脈を越えられる者は滅多におりません。直ぐに盗まれることはないと思われますが、念のため上位竜に守護させましょう」
『上位竜か、そう言えばお前たち以外の竜に会っていないな』
「レン様が滞在先で落ち着きましたら各地へ呼びにいこうと思っております」
『そうか、その辺はカオスに任せる。好きにするがよい』
「はっ、お任せ下さい」
『よし、では移動を開始する。カオスは私を運ぶように』
「承知いたしました」
古代竜たちは服を脱ぐと竜の姿に戻る。服を鱗の間に仕舞うとカオスはレンに手を差し伸べた。
カオスの手に乗り城の外まで移動すると、外は相変わらず極寒の地だ。山頂から突風が吹き下ろし凍てつく寒さが襲ってくる。
確かにこの環境では訪れるのも難しい、財宝も直ぐには盗まれないだろう。
『ヘスティア先導を頼むぞ』
「畏まりました」
ヘスティアが飛び立つとカオスたちがそれに続く。見る間に高度を上げ地上が遥か遠くに見えている。
雲を突き抜けさらに高く飛び上がると、いつしか荒れ狂う突風はなくなり穏やかな風が流れる。対流圏を抜け成層圏に出たようだ。
レンは自分の体を確認する。普通の人間なら気圧の急激な変化に耐えられず倒れるだろう。だがレンは何ともない。これも竜の特性なのだろうか、竜王になったことで見えない部分で変わっているのかもしれない。
考えても分かるはずもなく、そういうものだと一人で納得する。
上空をどれだけ移動したのだろう。
眼下に見下ろす雲海が茜色に染まり、周囲を飛び交う竜が幻想的な世界を映し出している。
『綺麗だ』思わず零れた言葉は風に流れて消えていく。
この景色は一生忘れないだろう。
レンは沈みゆく夕陽を見ながら、この美しい世界に思いを馳せた。




