配下
先ずは世界のことを知る必要がある。
グラゼルから知恵も授かっているが、靄がかかったように思い出せない。
『カオスこの世界のことを知りたい』
「はっ!この世界は竜王様が治める世界でございます」
『…………?』
今なんて言った?聞き間違いだろうか……
『私の治める世界だと?』
「その通りでございます」
どういう事だ?竜王はこの世界に住む全ての者から統治者として認められているのか?
『この世界の者は竜王を統治者として認めているということか?』
「いえ、そうではございません。不敬にも忠誠を誓わぬ愚かな劣等種も数多く存在します。ですがご安心ください。レン様が我らにお命じ下されば直ぐにでも排除し、この世界を献上いたします」
……なんとなくだが言いたいことは分かった。
つまり邪魔者は全て排除出来る。だから、俺が世界を治めているのと同じだと言いたいわけか。
それにしても好戦的にも程があるんじゃないか?
俺はそんなことは望まない、出来れば他の種族と仲良くしたい。どうも古代竜は他の種族を蔑む傾向にある。
どうにかしなければ。
『カオスよ、私は世界を治めたいとは思わない。出来れば他の種族とも共存したいと考えている』
「なんと!劣等種如きにまで慈悲をお与えになるとは、レン様の寛大なご配慮には頭が下がります」
カオスたちは尊敬の眼差しでレンを見つめる。これほど慈悲深い王はどの種族にもいないだろう。この偉大な王に仕えることができる我らはなんと幸運なのだろうと。
そんな大げさなことをカオスたちが思っているとは、レンは微塵も感じていない。カオスたちが目を輝かせて見つめるので違和感はあるが、理由が分からないためそのまま話を続ける。
『それでだ、この世界での一般的な習慣や文化などが知りたのだ』
「恐れながら申し上げます。我らは先代竜王グラゼル様よりこの居城の守護を任された後、1万年以上この山脈から出たことがございません。そのため一般的な習慣や文化をお答えすることが出来ないのです」
カオスは悔しそうに俯く。レンの問い掛けに答えられずにいる、不甲斐ない自分自身に腹が立って仕方ないのだ。
何もわからないのか、レンは考察する。この世界を知るためにも他の種族のことを知りたい。出来れば人間がいい元々人間なのだ、もし共存できるなら人間と共存したい。
誰かに調べさせる必要があるな、レンはカオスたちを見渡す。黒い鱗のカオスとニュクスは威圧感があるかもしれない。白い鱗のアテナとヘスティアに視線を向ける。
ヘスティアに任せてみるか。
『ヘスティア、この世界の習慣や文化を調べてこい。出来れば私が住める街も探せ。この城は私には大き過ぎる』
「はっ!お任せください。必ずやご期待に応えてみせます」
ヘスティアは嬉しそうに目を細める。選ばれたことに優越感を感じながら玉座の間を後にした。
それと対照的なのはカオス、ニュクス、アテナの3体、選ばれなかったことへの悔しさで自然とヘスティアを睨んでいる。
これで後はヘスティアの報告を待てばいいだろう。
それにしても疲れた。今思えば朝から登山、遭難、と大変だった。グラゼルとの出会いで体力は回復したが精神的には限界を超えている。
『アテナ、私は少し疲れた、寝室に案内してくれ』
「畏まりました」
アテナは喜々として行動する、レンを手の上に乗せると嬉しそうに玉座の間を後にした。
残されたカオスとニュクスは出ていくアテナを悔しそうに見つめる。特にニュクスは血眼になってアテナを睨みつける。直接レンに触れているのが許せないのだ。何故自分ではなくアテナなのかと。
そんなことは露知らず、アテナとレンは寝室にやってきた。寝室と言っても布団があるわけではない。部屋の中央に石で出来た小上がりがあるだけだ。小上がりといっても300m四方の大きさで高さは5mもある。
その小上がりの中央にちょこんと置いてもらう。バッグから寝袋を出し横になると、直ぐに睡魔が襲ってきた。自分で思うよりずっと疲れていたのだろう。レンの意識は徐々に薄れ、いつしか深い眠りについた。
レンが眠るのを名残惜しそうに見つめると、アテナは静かに寝室を後にした。
本来ならずっと傍にいたいが、これからのことを話し合わなければならないからだ。
アテナが玉座の間に戻ると不機嫌なニュクスが出迎える。
「レン様は?」
「お休みになられたわ。お疲れなのでしょう、暫くそっとしておきましょう」
「さて、これからのことだがレン様の仰られていた通り、この居城はレン様には大き過ぎる。どうにかしなければならない」
「カオスの言う通りね。それに建替えるにしてもこの場所はダメね」
「この山脈の環境はレン様には厳しいものね。何処かに新たな居城を作る土地を見つけなくては」
ニュクスとアテナの言う通りだが、それ以外にも問題はある。
カオスは今の姿でレンに使えるには限界があると感じていた。新たな居城を作っても、そこに我々も入れなければ意味がないのだからと。
「それにレン様の過ごしやすい居城となると今の我々では問題がある」
「どういうことカオス」アテナが不思議そうに尋ねる
「新たに作るレン様の居城に今の我々の姿では入ることができないということだ」
「なるほど、そういうことね。レン様に合わせて姿を変えた方が良さそうね」
「レン様と同じ人間の姿になったら、レン様の妻に選んでもらえるかしら」
ニュクスが目を潤ませながら思いにふける。
その何気ないニュクスの一言が波紋を呼ぶ、アテナは警戒心を顕にしニュクスに食ってかかる。
「残念だけどニュクスはレン様に相応しくないわ。包容力のある私の方が、貴方の何倍もレン様に相応しいもの」
「あ゛?何か戯言が聞こえたけど聞き間違えかしら?誰が包容力があるですって」
「私よ、だからこそレン様は寝室への案内役に私をご指名して下さったの、ガサツなニュクスでは傷つけられると思ったのでしょうね」
「ぶっ殺すぞ糞女!」
「やれるもんならやってみろ!」
途端にニュクスとアテナの体から凄まじい竜力が放たれる。2体の古代竜は睨み合い何時殺し合いをしてもおかしくない。
「やめないか!」
カオスの叫び声が玉座の間に木霊する。
「レン様がお休み中に騒ぎを起こすとは何事だ!我らは等しくレン様に使える身、ご許可無く争うことなど許されると思っているのか!」
カオスの言うことは正しい、だが
「カオス貴方が一番声が大きいわよ」
「全くレン様が起きたらどうするの」
カオスは頭を抱えたくなる。
自分のことを棚に上げてこいつらは……
いつの間にか争いを止めたカオスが悪者のような扱いを受けていた。
「もういい、取り合えずヘスティアを待とう。何か情報を持ってくるかもしれない」
ニュクスとアテナは互を牽制するように頷いた。
カオスはそんな2体を見て溜息を吐漏らす。
そして、ヘスティアが早く戻ることを祈るように願った。
一方のヘスティアは困っていた。
街で情報を集めるにしてもこの姿では目立つ。それに今は真夜中で殆どのものが寝ているだろう。
考えても仕方ないと気持ちを切り替えると街を探し始めた。先ずは山脈の周りを旋回し徐々に遠くへと距離を伸ばしていく。
久し振りの外の世界をヘスティアは堪能していた。夜目の効く古代竜は真夜中だろうと鮮明に地上を見渡すことができる。
久し振りに見る草原や森はヘスティアの心を躍らせた。
魔物や動物を狩りたい衝動を必死に抑え街を探す。何よりも優先すべきはレンの命令なのだから、それは命に代えても守らなけれなならない。
空が白み始める。
広大な山脈のため周囲の捜索だけでも相当な時間を要していた。
焦りを感じつつ旋回しながら周囲を見渡していると何かを見つける。目を凝らして遠くを見ると山脈から程ないところに建造物が見える。近づくと草原の中に幾つもの建物が並び、建物を囲むように塀が作られている。
街だ!それもかなり大きな街だ。大きな建造物もいくつか見える。
ヘスティアは喜ぶと同時に情報収集をどうするか考えた。街の外を旋回しているとヘスティアに気付いたものたちが外に出て空を見上げている。
ヘスティアはそのものたちを見てあることに気付いた。
竜人?
竜人なら話は早い。かつて竜人が古代竜や上位竜の世話をしていた時代もあった、我々と交流が途絶えて1万年経っているがどちらが上位者かは理解できるだろう。
ヘスティアは目立つ様に街の上空を旋回し、大きな広場に降り立つ。見る間にヘスティアの周囲は竜人で溢れかえる。敵対する意思はないようで、武器を持っている竜人は一人もいない。
頃合だろう、集まる竜人を確認するとヘスティアは声を上げる。
「我が名はヘスティア、竜王レン様に使える古代竜である。この街の代表者は名乗りを上げよ」
竜人たちはざわめき互いの顔を見合わせると、その場で一斉に平伏した。誰もヘスティアの問いには応えず無言のまま時間だけが過ぎていく。
古代竜は竜人から見れば神のような存在、嘗て祖先は古代竜に使えていたと子供の頃に御伽噺で誰もが聞かされる。
そんな偉大な神を前に平然と口を開ける者など、この場にいようはずがない。竜人たちは祈りを捧げるように黙して平伏し続けた。
まさか平伏すだけで誰も応えてくれないとは。
ヘスティアは呆れる。何故誰も応えないのだ。この場に代表者がいなくとも、呼んでくればいいだけではないか。
そして遥か昔に使えていた竜人たちを思い出す。そうか、呼んで来いと命じれば良いのか。
「代表者がいないのであれば直ぐに呼んでこい。私は急いでいるのだ」
そう急いでいるのだ。レン様をお待たせするのは不敬に値する許されざる行為なのだから。
ヘスティアの声を聞くと何人かの竜人が確認するように顔を見合わせ一人が立ち上がる。ヘスティアに深く一礼すると、その場をもの凄い勢いで駆け出し何処かへ去っていった。
はぁ~。ヘスティアはため息を漏らす。代表者が来るまでこの状態なのかと。
周囲で平伏し身動き一つしない竜人たちを見てヘスティアは憂鬱になるのだった。
「陛下!陛下!」乱暴に寝室の扉がノックされる。
「何事だ!こんな朝早くから」
不機嫌な声が扉の向こうから聞こえ、一人の竜人が僅かに扉を開け隙間から顔を覗かせた。この男ヒューリ・ルボルトスは竜人の王である。
ヒューリは機嫌が悪かった。唯でさえ最近は他種族との関係も悪化し、少なくない被害も出ている。連日頭を悩ませているのに、今日は朝早くから叩き起されたのだ。機嫌が悪くなるのは当然である。
「緊急事態です!広場に古代竜が現れました」
「古代竜だと?」
ヒューリは訝しげに訪ねた。古代竜など御伽噺の存在だ、確かに昔は存在していたらしいが姿を見なくなり1万年以上経つ。
「本当でございます!今も広場に留まり代表者を出すようにと仰っています」
この慌てた様子から嘘ではないのだろう。
だが本当に古代竜なのか?上位竜と見間違えているのではないか?上位竜が訪れるだけでも奇跡だというのに古代竜などと。
「その竜の鱗は何色か聞いているか?」
「報告した者の話では真っ白に輝く鱗だと、体高100m、全長は200mを超えると申しておりました」
それを聞いたヒューリの体から汗が吹き出る。
間違いない文献に載っていた通りの姿だ。
「直ぐに出る準備をしろ!」
ヒューリは直ぐに身支度を整えると城を飛び出す。目の前に用意されている馬車を無視すると周囲の近衛兵を見渡した。
「馬車では遅すぎる。飛んでいくぞ!」
翼を広げると地面を蹴って飛び立つ。それに近衛兵も続き辺りには砂埃が舞い上がった。
ヒューリは全力で空を駆けた。神にも等しい古代竜を待たせるわけにはいかない。その思いがヒューリを急がせる。
既に近衛兵は遠くに置き去りにしているが構わない。そんなことは些事に等しいのだから。
いつまで待たせるのだ!
ヘスティアは待ちくたびれていた。
周囲には平伏し続ける竜人たち、しかも数が増えていく一方だ。ヘスティアが呆れていると遠くの空から何かが近づくのが見えた。
速い!見る間に近づいてくる。
ヒューリもヘスティアの姿を確認するとその眼前に降り立つ。見たこともないその巨体と白く美しい鱗を見て確信する。この方は古代竜だと。
直ぐに跪き頭を垂れる。
一方のヘスティアもヒューリを観察する。豪華な衣装を纏い他の竜人と明らかに違う。
この者が代表者か。
「面を上げよ。我が名はヘスティア、お前がこの街の代表者か」
「はっ!この竜人の国、ドレイクの国王ヒューリ・ルボルトスで御座います」
「ほう国王とな、それは都合が良い。近々、新たに竜王になられたレン様がお見えになる。場合によってはこの国に滞在することになるだろう。迎え入れる準備をせよ」
竜王!?
ヒューリは焦る。本来なら喜ぶべきことだが、この国に竜王を迎え入れるような巨大な建物はない。
悔しいが断ることしかできないのだ。
「恐れながらヘスティア様。この国には竜王様が滞在できるような巨大な建物が御座いません」
「そのことなら問題ない。竜王様は見た目は人間と変わらない、今ある建物でも十分対応できるだろう」
お姿を人間に変えているのだろうか?それなら確かに対応できる。
「畏まりました。それでは何時お越しいただいてもいいように準備いたします」
「頼むぞ、直ぐに訪れることになるだろうからな。それと竜王様はこの世界の習慣や文化に興味がおありだ。私は調べて来いと命じられたが、お前たちが直接話した方が良いだろう」
「畏まりました。習慣や文化を説明する者もご用意しておきます」
「そうか呉呉も頼んだぞ。私は竜王様の元に戻る」
最後にそう告げるとヘスティアは翼を広げ飛び立つ。周囲の土や砂が舞い上がり突風で近くの建物が揺らぐ、宙に浮いたその姿は見る間に見えなくなっていった。
ヘスティアが飛び立った後には静寂が訪れた。誰もがまだ身動きできずに余韻に浸っている。
それはヒューリも同じだ、何よりも竜王がこの国に滞在するかもしれないのだ。
それは竜人から見ればまるで夢のような話なのだから。




