出会い
竜王の言葉は特別という意味を込めて『二重鉤括弧』で強調しています
えっ!竜?
目の前には黄金に輝く巨大な竜がいる。
なんだ寒さで意識が朦朧として幻覚を見ているのか、竜がこの世界にいるわけがない。
その場に座ると物珍しそうに竜を見上げる。もう手足の感覚もない、これ以上動けないならせめて最後はこの幻覚を楽しもうじゃないか。悴む口を動かし竜に話しかける。
「お前はなんでこんなところにいるんだ?一人で寂しくないのか?」
竜は唸るような声を出すだけで応えてはくれない。もしかしたら応えているのかもしれないが理解できない。幻覚なら思うように応えて欲しいものだと思う蓮だが、それは我侭かと諦めることにした。
「もういいや、散々歩いて限界だ」背負っている荷物を下ろすと地面に大の字に寝転ぶ。そのままドラゴンを見つめ独り言のように呟いた「俺はここで死ぬんだろうな」その途端涙が溢れ出てくる。本当はまだ死にたくない、やりたいことも沢山ある、彼女だって欲しいし両親に恩返しもしたい「死にたくない生きたい」漏れた言葉は生への執着。
『グゴォオォォォォォォォオ』
途端竜が咆哮を上げる、大気は震え竜の咆哮は蓮の体に吸い寄せられるように消えていく。
幻覚の次は幻聴か、朦朧とする意識の中で感覚が殆どない蓮は今何が起こったのか理解していない。ただの幻聴としか認識できない、だが暫くすると自分の体に起こる異変に気付く。悴んで感覚がなかった手足に感覚が戻り、体の中から暖かくなると、同時に意識がはっきりしてきた。体は登山前の万全な状態よりも、力が漲っているような感じさえする。
体を起こし立ち上がると、改めて竜を見上げる。幻覚かと思っていたが意識のはっきりした今なら分かる。この圧倒的な存在感は幻覚ではない、竜が俺を助けてくれたのか?その前に何故竜が日本にいる?考えても謎は深まるばかりで答えは出ない。
竜が唸るように声を出す、先程までは唯の唸り声だが今は何を言っているのか理解できる。
『まさか適合者が人間とはな、長く生きると面白いこともあるものだ』
「適合者?何のことか分かりませんが助けてくれてありがとうございます。本当にもう死ぬかと思いました、貴方は命の恩人です。いや竜だから恩竜なのかな?とにかくありがとうございます」
『変わった人間だ、竜が怖くないのか?』
「貴方は命の恩竜だから怖くはありませんよ、他の竜には会ったことがないから分かりませんけどね」
『そうか我の名はグラゼル・ロード・ドラゴン全ての竜種を束ねる竜王である。グラゼルと呼ぶがよい』
「竜?やはり竜なんですね、初めて見ました。いや、きっと俺が竜を最初に見た人間かもしれませんね。俺の名前は蓮川蓮、レンと呼んでください」
『レンか、レンは先程竜を初めて見た人間と言ったが、そんなことはない筈だ。この世界では劣等種も含めると竜種は数多くいる、竜を見るのは珍しいことではない』
「どういう事ですか?少なくても地球で竜を見たなんて聞いたことがありませんよ」
『そうか、レンは地球からこの世界に紛れ込んだのか。これも運命か……レンよ、この世界の名はヴァルハラ、かつて地球と同じく作られ、地球とは異なる発展をした世界だ』
地球と異なる世界、それを聞いた蓮は顔を顰めた。
「ヴァルハラ?異世界ということですか?」
『その通りだ、この世界は地球とは違う。人間もいるが地球とは異なる種も産み落とされている』
「そんなの困ります!地球に帰る方法を教えてください。地球には家族もいるんですよ!」
『レン帰る方法はないのだ、今までこの世界に迷い込んだ者はいるが、帰ることができた者は一人もいない』
「そんな……」
折角助かったと思ったら今度は異世界に飛ばされて帰れないなんて笑い話にもならない。もう二度と家族に会えないのかと、蓮はその場にへたり込み力なく俯いてしまう。
この世界で生きるにしても知識も経験も乏しい蓮では生きていくのも難しいかもしれない。その前にこの山から下山するのでさえ命懸けだ。
『レンよお前に頼みがある、悪い話ではない聞いてくれぬか』
今の蓮には選択肢がない、頷くとグラゼルは話し出す。グラゼルのお願いとはグラゼルの代わりに竜王になり竜種を束ねること、グラゼルの命は寿命で尽きようとしている。本来であればグラゼルの子が竜王になるのだが唯一愛した女との間に子は出来ず、愛した女も寿命で亡くなってしまった。
グラゼルはその後も妻を取ることもなく、自分の力を継げるものを探し全ての竜種に接触したが願いは叶わなかった。
そして、全てを諦め一人で死を迎えようとしていたところに蓮が訪れた。
『…………という訳だ』
静かに聞いていた蓮は口を開く。
「俺は人間です、竜王になれるのですか?」
『なれるとも、その証拠にレンは我の力を受け入れた。我の言葉を理解しているのがその証拠だ』
「あの咆哮で力を授けるのですか?」
『あれは適合者を調べるためのものだ。そのため、今のレンには我の言葉を理解するだけの知識しか与えられていない。竜王としての力を授けるときには、我の全てをお前に託し我は光とり消えゆくだろう』
「力を授かった代償にグラゼルさんが死ぬのは……」
『残り少ない命だ、力を授けなくとも長くは持たない。それより誰かに力を授けて竜種を束ねて欲しいのだ』
「抑も竜種を束ねるとはどうすれば良いのですか?」
『何もしなくてよい、竜王は存在するだけで全ての竜種が従ってくれる』
「何故、竜種を束ねる必要があるのですか?」
『竜は本来好き勝手に生きる気まぐれな生き物だ、竜王が束ねることで竜種同士の争いを抑止している』
「もし力を授かったら俺は竜になるのでしょうか?」
『それは分からん、我は初代竜王で我の力を継ぐ者は今まで現れなかったのだから』
「初代竜王?」
『そうだ、この世界が作られた後、直ぐに生み出された最初の生命の一つだ。それから悠久の時を生きている』
蓮は考える。竜王になれば少なくとも竜種は従ってくれる、この世界でも直ぐに死ぬようなことにはならないだろう。だが、もしかしたら俺は竜になるかもしれない、どうすればいい……
いや答えは決まっている、この世界で生き残るためには竜王になるしかない。蓮は心の底から生きたいと願っている。一度死を覚悟した時に走馬灯のように浮かんだ家族に会いたいという思いや後悔、これからも人生を謳歌したいという願望、どんなに自分が死を受け入れようとしても、それが自分の本音なのだと気付いたのだから。
「分かりました、竜王になります」
グラゼルを見上げてはっきりと答える。
『そうか、ではレンを我が居城に連れて行き古代竜に紹介しよう。我の手に乗るが良い』
グラゼルは身を屈めると手を差し出してくる。蓮は荷物を背負い直すと、グラゼルの差し出された手の上に乗り、振り落とされないように指にしがみつく。
グラゼルは地面を蹴ると身を屈めながら勢いよく洞窟の出口に向かい走り出す。その巨体が足を踏み出す度に洞窟は揺れ、轟音が洞窟内で反響する。蓮が時間をかけて進んだ洞窟を、ほんの数分で駆け抜けると、空にその巨体を乗り出し翼を広げながら山の斜面に躍り出る。
グラゼルは突風をものともせずに突き進み、山を滑り落ちるように滑空していく。山脈の間をすり抜ける度に、吹き降ろすような突風で飛ばされそうになる。必死にしがみつきながら前方に目を向けると、山脈の切れ目に巨大な城が見えてきた。
城は光る鉱石で出来ているのか、真っ白に輝いて見える。城の前に降り立つとグラゼルは咆哮を上げ、それに呼応するように城門が開かれた。
城の中は体高100mの竜が余裕で通れるだけの空間が広がっている。城の大きさも計り知れない、城全体が柔らかい光を放ち輝いている。使われている鉱石が光を放っているようだ、そのため城の中でも明るく遠くまで見通せる。幾つもの巨大な扉を潜り抜けた最奥には、一際広い空間が広がっていた。東京ドームが何個入るのか見当がつかない程だ。
正面奥には玉座を模したような巨大な台座があり、その前で4体の古代竜が頭を垂れている。ここは玉座の間のようだ、グラゼルは台座に乗ると目の前に蓮を降ろす。台座は200m四方の正方形でグラゼルが乗っても壊れない頑丈な作りになっている。台座の淵には細かな彫刻も施され、見た目にも美しい。
グラゼルは目の前で頭を垂れる4体の古代竜に目を向けると厳かに口を開く。
『我が忠実なる配下たちよ、面を上げよ』
その言葉と同時に4体の古代竜は頭を上げる。どの古代竜も大きさだけならグラゼルと殆ど変わらない、鱗の色に違いはあるがその存在感はグラゼルに劣るものではない。
これが古代竜か、蓮が古代竜を見つめるなかグラゼルは語りだす。
『ここに来たのは他でもない、お前たちに新たな竜王を紹介するためだ。我は見つけたのだ我が力を受け継げる者を』
『この目の前にいる人間がそうだ。名をレンと言う、我は今からこのレンに力の全てを授ける。今後はレンに従い尽くすのだ、よいな』
4体の古代竜がレンを睨みつける。古代竜から見れば人間など劣等種、その人間に従えとはどういうことなのか。憤りを感じるが竜王の言葉は絶対だ、従わないわけにはいかない。少なくとも現竜王が生きている間は……
次の竜王が見つかったのは喜ばしい。だが人間だ、今の古代竜にそんなものに従う気は全くなかった。
4体の古代竜たちは僅かに視線を交わすと、それだけで互いの意思を確認する。現竜王が亡くなった後、この人間を殺して古代竜たちで竜王の座を賭けて争うと。
グラゼルも古代竜の思惑に気付いているが何も言わない。何故か?言う必要がないからだ。古代竜が何を企んでも竜王の存在とは絶対的なもの、竜には抗えないのだから。
そんな古代竜たちの思惑を知らない蓮は、この場の雰囲気に圧倒され呆然としていた。もし古代竜たちが蓮を殺そうとしていると知れば卒倒していただろう。
『レンよ、今からお前はレン・ロード・ドラゴンと名乗るがよい。竜王の力を受け継いだ後、古代竜たちに新たな名を与えよ』
「新たな名前をですか?」
『そうだ、私が与えた古き名を捨て、新たな竜王に忠誠を誓わせるのだ。レンこれが最後だ竜たちのことは頼んだぞ、威厳を持って接すれば竜は応えてくれる』
レンが静かに頷くのを確認するとグラゼルの体が光り輝き出す。その光はレンを包みレンの中に消えていく。光が完全に消えるとグラゼルの姿はどこにもない、レンのみが立っていた。
ほんの一瞬の出来事、しかしその一瞬でレンの中にはグラゼルの知識と力が流れ込んでいた。ただの人間では知識も力も殆ど引き出せないだろう。それでもレンの髪や眉は黄金に変化し瞳も黄金に輝いている。
レンは自分の姿が竜になっていないことに安著した。これなら人間としても暮らしていけると。
グラゼルが消えると古代竜たちは敵意をレンに向ける。唸り声を上げながら台座に近付き今にも襲いかかろうとしていた。
レンはそんな古代竜を見据えながらグラゼル最後の言葉を思い出す。
[威厳を持って接すれば竜は応えてくれる]
レンは震える足に力を入れ、今出来る精一杯の声を張り上げた。
『 静 ま れ !! 』
どんなに声を張り上げても人間の口から出る声量などたかが知れている、古代竜から見ればか細い声だ。
しかし、それは竜王から発せられた言葉、その声は古代竜の魂を揺るがす。
4体の古代竜が一斉に動きを止める。
レンの声は古代竜たちの魂に響き、胸を高鳴らせる。高揚感は全身を巡り体を震わせた。それは全盛期のグラゼルにも劣らないものだ。古代竜の瞳から涙が零れ落ちる。これほど魂に響く声を聞いたのは何万年振りだろうか、気が付けば古代竜たちはレンの前で頭を垂れ服従の意を示していた。
古代竜たちは後悔した。偉大な竜王を殺めようとしたのだ、自害せよと言われれば喜んで自害する。しかし、叶うならば生きてこの偉大な竜王のお役に立ちたいと。
絶対的上位者であるレンの言葉は古代竜を一瞬にして虜にしたのだ。
そのことをまだ知らないレンは固唾をのむ。先程まで、その爪で襲いかかろうとしていた古代竜たちは頭を垂れ動こうとしない。
レンは気丈な態度で古代竜を見据えているが、内心はどうしていいか分からずにいた。
「数々のご無礼お許し下さい。我ら古代竜は竜王様に絶対の忠誠を誓います」
一体の古代竜が代表して口を開いた。その言葉を聞いてレンは安心する。一歩間違えば殺されていたかもしれない状況が一転、レンに忠誠を示してくれているのだから。
古代竜の変化を確認するとレンはグラゼルの言葉通り威厳を持って話す。
『私のことはレンと呼ぶがよい』
「はっ!」
『さてグラゼルも言っていたがお前たちに名を授けようと思う、異論はないな』
「異論ございません」
代表の古代竜が即答するとレンは古代竜たちの名前を考える。
この世界の名はヴァルハラなのだから神話に出てくる神々の名前でいいのかもしれない。
幸いレンはゲームの影響で神話などにも少しは詳しい。何よりレンにはネーミングセンスがない、一から考えてもロクな名前が思いつかないのだ。
目の前にいる古代竜は黒と白が2体ずつ、さらに雄と雌に分け名前を付けていく。
先ずはこの中で唯一の雄で黒色の古代竜に右手を突き出す。
『お前の名はカオスだ、以後裏切りは許さん』
「はっ!レン様の寛大なご配慮に感謝いたします」
『お前の名はニュクスとする、私に全てを捧げよ』
「慈悲深いレン様に私の全てを捧げます」
黒の雌にはニュクス。
『お前の名はアテナだ、私に絶対の忠誠を誓え』
「偉大なレン様に絶対の忠誠を誓います」
白の雌にはアテナ
『お前の名はヘスティアとする、生涯私に尽くすのだ』
「レン様に生涯尽くすことを誓います」
もう一体の白の雌にはヘスティア。
これで殺されることもないだろう。
一先ず安心できる。