第三章 26
何日か経ったある日。
その日も、いつものように取り調べ室に連れてこられた利沙の目の前に、以前から見覚えのある顔があった。
「おはよう。利沙。久しぶりだね。今日は、私が担当だ」
「おはよう。杉原さん。いつからここ(公安)にいいるの? 出世したんだ」
利沙は、明るい声で話しかけた。
「去年の春からだ。……去年の事件は知ってる。
何の力にもなれなくて悪かったな」
杉原も出来るだけ、明るく振るまった。
「杉原さんが気にすることじゃない。
それよりおめでとうございます。日頃の努力が認められたんでしょ。
……本当におめでとうございます」
利沙は頭を下げた。
「ああ、ありがとう。でも、こんな形でまた会うとは、……思ってもみなかったよ。利沙」
杉原の後、利沙は何も言えなかった。
「まさか、お前が、スピースだったとは。
俺は、なんで気づかなかった? あれ程近くにいて、なんで……」
「杉原さんのせいじゃない。
私がスピースだと知られないために、いろんな細工をしてきた。
杉原さんだけじゃなくても、誰にも気づかれないように。
だから、杉原さんは悪くない」
利沙は、真剣に話していた。
「そうだな、何度も利沙には会っていた。
しかも、部屋に家宅捜索まで入っていたのに」
杉原の言う家宅捜索は、利沙がまだ中学生の時、不正サーバーの摘発を行った時だ。
その時、偶然、利沙がサーバーに使用していたパソコンから、
当時、騒がれていたハッカーのフラワーポットが発見された。
その摘発に行ったのが、当時杉原の所属していたチームだった。
利沙とは、その頃からの付き合いだ。
「あの時、もうスピースは存在していた。
当時、何度か利沙の部屋に入ったが、スピースのパソコンは見つからなかった。
どうしてだ? あんなに探したのに。なんで見つからなかった?」
杉原の真剣で不思議そうな眼差しが、利沙には少し痛かった。
「あの時から、あの部屋にあったよ。私のベッドのマットレスの下に。
でも、見つからなかったでしょう?
色々工夫したからね。私、そういう細工も得意だったんだ」
「利沙。ふざけるな。真面目なんだ」
「ふざけてなんてないよ。
だったら、私がいなかった間に見つけたらよかったのに。
探したんでしょ? なのに、見つけられなかった。」
杉原は、二の句が継げなかった。事実その通りだったから。
「最初の時も、私が工夫に工夫を凝らして、何とか切り抜けたんだよ。
だから、捜査員の人達が、もう入って来ないと思えた時は、ほっとしたけどね」
杉原は、利沙の言い方が気になった。
「工夫? 工夫したって、どういう意味だ?
あの時、俺達はいきなりお前の部屋に入った。しかも早朝にだ。
起きたばかりで、何もできなかったはずだ。
そのために朝一でガサ入れ(家宅捜索)したんだぞ」
利沙は、戸惑っていた。
今日の取り調べの担当に、杉原は自ら立候補した。
今回のスピースの件以前に、利沙に会ったのは、杉原だけだった。
その杉原には、どこかに違和感があった。
今までの利沙なら、ここまでの抵抗を見せなかった。
見方にもよるが、余裕さえ感じた。
にもかかわらず、今回逮捕された利沙には、見たことがないほど、
動揺しているのが手に取るように伝わってきた。
事件性から考えれば、当然といえば当然だが、
一度直接話して確認してみたいと、申し出て許可された。
杉原には、さっきからある考えが浮かんでいた。
「利沙。あの家宅捜索は、前日に決まったものだ。
どうして準備できる? しかもあの時間に。
もしかして……」
利沙は、これ以上話したくないと思っていた。
話せば、きっと傷つく人がいる。
「それで、どんな工夫をしたんだ?」
「…………」
「話したくないのか? それとも話せないのか?
はっきり言えないなら、言ってやろう。
利沙、お前はわざと捕まるように工夫を凝らしたんだ。
スピースを隠すために、フラワーポットとして捕まるために」
「…………」
「俺は、利沙がちゃんと更生して、普通に暮らしてくれていると思っていた。
でも、違ったみたいだな」
杉原は、静かに話し出した。
杉原は、すべてにおいて、要領のいい利沙が、不用意に捕まるようなまねはしないだろうと考えた。
それなら、利沙自身がシナリオを書き、
我々は、そのシナリオの通りに、動かされただけなのかもしれないと思い始めていた。
それが、どこからかは不明だが。
それを利沙に確認するように、ゆっくり言葉を選びながら話していた。
「普通だよ。杉原さん達が来る前に戻っただけ。
何も変わらない、フラワーポットは消えたけどね」
「普通って、そうじゃないだろ? 一体、何してたんだ」
その言葉を受けて、利沙は、淡々と話し出した。




