第三章 21
スピースが侵入したコンピューターは、国境を越えた複数の政府関係者のコンピューターだった。
その中には、軍事システムも含まれており、侵入された国が躍起になって、スピースの正体を探していた。
最初は各国それぞれで探していたのだが、スピースが自身で侵入した関係各国の名前を公表した。
すると、敵対関係にあったはずの国の機関が、お互いに連携しあって、スピース捜索に乗り出してきた。
それからの展開は、意外に早かった。
国際警察が動き出し、スピースを見つけ次第身柄の確保を行い、被害にあった国により尋問が行われる事。
事態が特殊なため、被害各国が尋問する事。
その場所は、某国にある 国際情報管理(インターナショナル・インフォメーション・マネジメント)センター。
通称IIMC。(アイアイエムシー、アイツ―エムシーとも言われる)
国際情報管理センターとは、公表された施設ではなく、その筋にだけ知られている施設だった。
そこには、国境を越えた情報収集を担う所で、様々な情報が行き交う所だった。
そのため、優秀な技師が集められ、情報の分析を行っていた。
その技師者の中には、元ハッカーもいた。
それと同時に、脅威となるハッカーの収容所の役目も果たしている。
脅威だと判断され収容されたハッカーが、更正し優秀な分析官になるケースもある。
しかし、以前にそうして更正したように見せかけて、活躍していた分析官が、
担当になったコンピューターをジャックした過去があり、
以後、ハッカー時代に行った内容により、監視体制は厳しくなっている。
もちろん、ちゃんと更正できたと判断されれば、自由に生活出来るようにもなるが、
スピースの場合の判断は、長期にわたって監視下に置かれると決まっていた。
司法判断というより、国交問題に照らし合わせて、判断されていた。
すなわち、判明次第、身柄をIIMCに移送。
その後、関係各国から準備が整い次第、尋問が開始される。
それが、当該各国の共通の判断として受け入れられていた。
ただし、それは、スピースに直接侵入被害にあった国での話。
その被害を受けた国の中に、日本は含まれていなかった。
てっきり、被害を受けた国の中のどこかに、スピースはいる。どこかが装っている。
そう思われていた。にも関わらず、日本にスピースが存在している。
これは、誰が考えているより、複雑な問題だった。
確かに、スピースというハッカーがいることは、日本にも聞こえてきている。
ただ、スピースが日本にいたという事実は、政府関係者にもショックを与えた。
スピースを使って、日本が情報集めに奔走していたと思われる可能性を秘めていたからだ。
だから、日本はスピースの被害を受けなかったのだと、世界通念としてまかり通ってしまう可能性が高い。
そうなると、日本が国際関係の中で、非常に危うい立場に立ったともいえる。
そうかといって、日本が被害を受けていないわけではなく、スピースにではなく、
フラワーポットである利沙に侵入されていた。
しかし、だとしたらフラワーポットを野放しにしていた事実もあり、それはそれで問題になる。
どっちにしても日本の立場は、厳しかった。
スピース。
このハッカーが実際存在するのかさえ、当初疑問視されていた。
個人ではなく国ぐるみ、グループでの犯行とも考えられていて、罰則を適応すれば、抑制をかけられる予定だった。
しかし、抑制できるどころか被害は継続していた。
それも、注意していないと見逃してしまう程巧妙で、最新の監視システムでさえ、巧みにすり抜けていった。
だから、侵入された事態に気づけず、後になって点検時に発覚する事の方が多かった。
スピースの侵入の方法は独特で、侵入に成功した初めての時に、
何をするより先にメインサーバーにアクセスして、管理システムプログラム自体に自身のパスワードを設定し、
二度目には、わざわざハッキングしなくても入れるようにした。
たとえて言うなら、チャイムを押さなくても、正面玄関から堂々と入れるようにしてしまう方法を使っていた。
はっきり言うと、不正にシステムプログラムの書き換えをするだけで、
一度ハッキングしたシステムには、二度目以降はハッキングでなく、
簡単に中央サーバーにまで侵入できるようにしていた。
なんの抵抗もなく、他人のシステムで好きな内容が、いつでも好きなように行えて、
しかもそれが、あっさりとは,発覚しないようにしていた。
だからこそ、スピースをどこの国も欲しがった。
例えば、敵対している国の軍事システムに侵入し、
勝手に書き換えたり、
相手の戦力についての詳しい情報を手に入れられる。
これ程、魅力的な手段があるだろうか。
お互い分からないために手を出せなくても、詳しい情報を入手さえ出来れば、
負けないし、無駄な時間や、人手を割かなくてすむ。
偽の情報を送り込み、相手の戦力を分散させたり、
全く違う情報で、相手の裏をつき簡単に勝利できるかもしれない。
兄弟げんかではない、
国家間の戦争なら、冗談では、すまされない。
どこも同じ案を考える。
だからこそ、どこかの国ではなく、国際機関としてのIIMCに身柄を拘束するように。
独占されないように、強力な監視下に置かなければならない。
それが、スピースの身柄確保の重要な理由になっている。
被害国が、非常に多岐にわたる為になかなか意思疎通が図れなかったが、
やっと最近になって了承が得られたという経緯持つが、
どこかに独占されるよりは、まし。
なにより、それぞれの国が、自分達にも取り調べ、というか尋問の権限も与えられている。
それならと、了承したのも納得がいく。
この身柄引き渡しの案件は、各被害国間でのみの約束になっていた。
被害国以外は、この約束自体知らない国もあった。
とにかく、早く正体を割り出し、身柄の確保に乗り出したものの、全くその片鱗すら見つけられずにいた事実。
世界がスピースに振り回されている中、一時、スピースと似たハッカーが出現した。
それが、フラワーポットだった。
何が似ているって、侵入された側が、全く気づかないほど、技術が高く方法も巧妙だったから。
確かにそんなハッカーは他にもいるかもしれないが、インターネット上で、そう騒がれていた。
数々の不正を暴き、悪者をやっつけていく様は、世間でも注目の的だった。
そんなフラワーポットが、スピースではないと言われ出したしたのは、
フラワーポットが捕まったという噂が流れた後、ぱったりと現れなくなったためと、
フラワーポットが消えた後も、スピースは相変わらず出現し続けていたからだ。
てっきり二人は別人だと、誰もが思っていた。
だからこそ、日本の捜査員は、事実を目にした時、その目を伏せたいと思ったに違いない。
日本は、その時点でスピースの被害は受けていないため、例の約束には該当していない。
だから、身柄をIIMCに引き渡すのかどうかも議論の対象になった。
思い切ってスピースの被害にあっていれば、何もそんなに頭を悩ませなかったのに。
ただ、人道的に考えれば、引き渡すのが筋になる。
それも分かっている。だから悩ましい。
もう一つ。
利沙がスピースとしてIIMCに引き渡されたとして、その後はどんな扱いを受けるのか。
文章だけ見れば、身の安全を保障するためのようにも取れる。
しかし、世間がそれを許すはずがない。
なぜなら、スピースに侵入されたためシステムを大幅に変更せざるを得なくなったり、
情報が外部に漏れたとして、職をなくした者もいる。
世界中が、今にも戦争を始めるかもしれない事態に追い込んでいたのも事実。
なのに、安全を保障するためだけに、スピースを探している訳がない。
どこの国も尋問を行い、それなりの制裁を考えている。
それが、身の安全を名目にした、施設での監視。
ほとんど終身刑に等しい環境下に置くために、スピースを探していた。
施設外への外出のみならず、行動制限が課され、
なおかつ、複数にわたる国による尋問はいつ終わるとも記述はない。
尋問が終わったからといって、釈放される保障もない。
裁判にかけられる予定は、全くない。
スピースは、正体が誰かは分からないまま、期限のない制限の中に囲い込み、
それ以外の人が安心になるための約束を作った。
まさか、こんな事件を起こしたスピースが、未成年であるとは、誰も考えなかったに違いない。
そうでなければ、終身刑に近いこんな内容になるはずがない。
これが、決まった時、利沙は十五歳だった。
高校一年の夏休みが、もうすぐ終わる八月末。
利沙は、これを知った時、他人事のように見ていた。
まさか、スピースとして捕まるなんて、頭の端にも浮かばなかった。
もし、ばれたら?
そんなのはあり得ないと。利沙には関係ない話だと思っていたのも事実。
これが、油断につながるのだと、きっと後になれば気づくだろう。
この時、もっと慎重に動いていれば、最初の誘拐事件は起こらなかったかもしれない。
そうすれば、利沙の部屋が母親に片付けられなかったし、
パソコンも隠し通して、調べられなかったかもしれない。
まあ、事実はすでに起こってしまっている。
今更、どうこう出来る訳もないのだが。




