第三章 17
利沙は、公園にいた。
三光園を出て一時間ほどした頃、見晴らしのいい、街を見渡せる公園のベンチに座っていた。
その表情は穏やかだった。
三光園で、利沙はお別れ会の練習中に職員室に呼ばれた。
男女の二人組みが職員室に入っていくのを、他の子ども達と一緒に見ていた。
その時、何か違和感を覚えた。
どう見ても里親候補には見えなかったからだ。
それよりも今まで関わってきた関係者に近いと感じていた。
そこへ、呼び出された。
悪い予感は当たるものだ。
職員室に呼ばれた利沙は、神妙な顔つきの職員に迎えられた。
男女の二人組みの姿はなく、隣室の会議室にいるという事だった。
職員室と会議室は廊下に出なくても、直接ドア一枚でつながっていた。
職員みんなの視線を後ろに受けながら、職員室から直接会議室に入っていった。
そこには、男女二人が利沙の方に向き直った。
椅子に座っていた様子は見受けられず、ずっと立っていたようだった。
ちょうど反対側の壁近くで打ち合わせでもしていたように、利沙の方へ近寄って来た。
利沙は、一瞬息を飲んだ。
違う。
一般人じゃない。
しかも、今までと違う。
頭の中で警鐘が鳴っている。
すぐに離れた方がいい、と。
とはいえ、そういうわけにもいかず、そのまま動けなかった。
振り向いたまま。
すると、二人が利沙の前まで来て、こう言った。
「はじめまして。友延利沙さん。だよね?
込み入った話なので、私達だけで話をさせてくれと園長先生にお願いをした。
そうしたら、この部屋を貸してくれた。
もし、誰かにいて欲しかったら、そのドアを開けて呼んでくれて構わない」
物静かに落ち着いた口調で話したのは、男性だった。
「遅くなった、私は公安警察から来た柿平という。
こっちは同じく蓮堂捜査員。よろしく」
二人とも身分証明書を見せていた。
利沙はそれにつられたように、恐る恐る自己紹介した。
「……はじめまして、友延利沙です。でも、公安?……」
「驚いたかい? 公安と聞いて」
利沙は、返事が出来ず、ただ頷くだけだった。
捜査員はそれを見て、
「まずは、座ろうか? せっかくこんなに椅子があるんだし」
そう言って、柿平は近くの椅子に座り、蓮堂にも座るように促した。
蓮堂は利沙をはさんで柿平の反対側に座った。
会議室にはちょうど、コの字型に長机が置いてあり、そこにそれぞれ三脚ずつ椅子が置いてある。
職員室とつながった反対側にホワイトボードが置かれている。
そこには長机はないが、一人がけの机と椅子が一つ置かれていた。
会議室と職員室をつなぐドアは後ろの廊下側にあり、
ホワイトボードの左側が廊下、右側には窓が並んでいた。
柿平が座ったのは、ちょうど職員室側の壁沿いに並んでいた一番右端に座った。
窓に近い所だ。
蓮堂は、利沙をはさんで廊下側の一番後ろに座った。
利沙も仕方なく柿平から一つあけて座った。
すると、柿平が一枚の紙を胸ポケットから取り出した。
「いきなり私達が来たら、驚くよね。
でも、こういう事は初めてじゃない。理由に心当たりがあるだろう?」
「……それで、何? 公安が何の用」
利沙は、自分でも思っている以上に、落ち着いた話し振りだった。
その声を聞いて利沙自身、落ち着いてきた。
「どうした? 驚いてた割りに、随分落ち着いてるな。経験者の余裕か?」
「そんな事ない。私は公安に用はない。こんな所に来られる理由なんてないもの」
「そうかな。ところで、パソコンは使っているんだろ。何してるんだ?」
「何って、プログラム作ってるんだよ。
知ってるでしょ? 許可はちゃんともらってるから、文句は言わせない」
「プログラムね? じゃあ、調べても問題ないわけだ」
「なんで? 冗談じゃない。そんな事されたら……」
「されたら困るか?」
利沙の言葉に、柿平は挑発するように言い、
「困るよ。言ったでしょう? 頼まれて作ってる物もある、そんなの見られたら困るに決まってる」
「そうか、それだけならいいけどな。他にも何かしてるだろう?」
「だから、何の事か分からないって、言ってるでしょう?
どうせ、何もないんだし、何が言いたいのか分かりません。
もういいですか? 私も暇じゃないんで」
立ち上がろうとしたところに、柿平は、
「まあまあ、落ち着いて話そう。そんなに興奮する事はない」
「だったら、何の用なんですか?」
利沙は、いらだっていた。
なんだか馬鹿にされているように思えた。
「すまなかったね、でも、君は、もう少し冷静かと思っていたが」
「……、用があるなら早めにしてもらえますか?」
「そうだった、用事があったんだね」
あくまでも柿平は、同じリズムで話を進める。
利沙は、少し落ち着きを取り戻していた。
「それで、何なんですか? ……公安の人って言ってましたよね」
「そうだよ。それで」
「公安って、どんな事してるんですか?」
「どんなって。そうだな、手間のかかりそうなものとか、あっちこっちに気を遣いそうなものとか。
まあ、厄介な事件だね」
「ふう~ん。で、なんで私のところに公安の柿平さんと、蓮堂さんが来てるの?」
「名前、覚えてくれてたのか?」
「さっき聞いたばかりだしね」
「ありがとう。嬉しいよ」
「それより、何?」
利沙は、さっきと比べても、随分落ち着いていた。
それを見て、柿平は探るように、取り出した一枚の紙を、利沙に見せるように広げた。
柿平は、紙を見る利沙の顔から目を離さなかった。
表情の変化を見逃すまいと、ずっと見ていた。
利沙は、特に気にしなかった。
いや、気にしないようにした。
「……それで、これが何?」
しかし、柿平には、利沙が動揺しているのが、手に取るように分かった。
しかも、それを必死でごまかそうとしている事も。
「どう、これに見覚えは無いかな?」
「……。これ、何?」
「見覚えは、あるだろう? これは、あるパソコンのハードディスクに入っていたものだ」
「……そう。それで?」
利沙は、動揺を隠すのに必死だった。
信じたくなかったからだ。
「これが、どこにあったパソコンに入っていたものか、言わなくても知っているだろう?」
「な……、なんで私が?」
利沙は、落ち着かなかった。
そして、いたたまれずに立ち上がろうとすると、
「もう少し、話を聞いてくれるかな?」
さっきよりも、強い言い方で利沙に言い、鋭いまなざしを向けた。
利沙は、その迫力にまた座り込んだ。
「それで、これに見覚えあるだろう? これは君の実家に隠してあった、パソコンのものだ」
「…………」
利沙は、口を固く結んだままだった。
「覚えてるだろう。君が使ってたんだろう?
家族の誰もパソコンがある事も知らなかったんだから。
それとも、家族の誰かが君に黙って使っていた物か?」
確信めいて言うと、
「……どうして?」
「ん? 何て言った」
柿平は、軽い感じで受けると、
「どうして、これが公安に?」
利沙は、真剣に聞いた。




