第二章 (終) 23
翌日の小立ホームでは、雰囲気が暗かった。
夜遅く小立先生が出かけた事は、みんなが知っていた。
何故出かけたのかも、なんとなく知っていたが、はっきりとは分からなかった。
そんな状態が何日か続き、少し明るくなってきていた。
利沙の事を忘れたわけではないが、気持ちが上向いてきていた。
そんな空気が流れる中を、刑事が小立先生を訪ねてきた。
しばらく話して帰った後、小立先生が子ども達を食堂に集めた。
「みんなには心配をかけている。ずっと何も聞かないでくれてありがとう。
これから話す事は、みんなが気にしている、利沙の事だ」
みんなは静かに小立先生に向いていた。
「利沙は、ここに帰って来る事はありません。
申し訳ないが、利沙は、また同じ事をしてしまった。
もう会う事はないでしょう。
荷物はすでにまとめてあるので、このまま警察に預ける事になります」
「何があったんですか? 利沙って何をしたんですか?」
子ども達の顔はまだ知りたがっていた。
仕方なく小立先生は、利沙が他人のコンピューターに侵入してしまった。
再度、審判を受ける事になり、このホームにいる事は、
利沙のみならず、他の子にもいい影響はないと判断された。
そのため、ここには二度と帰って来ない。と話した。
小立先生は、利沙が重傷を負った事を話さなかった。
いい影響はないからだ。
知らなくても、もう会う事もない。
知らなくてもいい事を、告げる必要はないと判断した。
病院にいて、目が覚めていると天井を見る時間が、こんなに長いとは思わなかった。
利沙は、体の自由がほとんど利かなかった。
動かすと痛みが走る。
体の向きを変えるのも、至難の業だった。
「大丈夫? まだ三日目だから、無理しないで」
看護師が、起き上がるのを手伝ってくれた。
「いいの、少し動きたい。ずっと天井しか見てないもの。ありがとう」
利沙は何とかベッドに座った。
ちょっとフラフラする感じはあるが、寝ているよりはいい。
そこに刑事がやってきた。
ここのところ、見ない日はない、毎日三回くらい見る顔だった。
「おう、今日は起き上がれるようになったのか?」
富田刑事が、軽い口調で言う。
「こんにちは。今日はって、今日はもう会うの二回目ですよ。
起きたのは今だけど。少し頑張ろうと思って」
「いい心がけだ。早く動けるようになる事を望むよ」
芳野は、落ち着いた口調だった。
それを富田が引き継ぎ、
「そうだな。これが何か分かるか?」
富田が、ひらひらと紙を一枚持っていた。
何度か見た事がある。
「なんとなく」
「そうか。悪い知らせだ。
正直、俺達は利沙を信じているけど。裁判所は違う判断が下った」
利沙は、まあ、それなりに覚悟はしていた。
「逮捕する。ってやつでしょう。
まあ、そうなるだろうって思ってたし。でも、……そうか」
「医師の許可が出たら、移動してもらう」
利沙は、黙り込んでしまった。
唇を軽く噛み、手を軽く握った。しばらくたった頃、
「誰かは、私の事を信じてくれる? それとも、厳しい?」
利沙は、真面目に聞いた。
「厳しいだろう? 今のままでは、証拠が揃いすぎている」
「そう、分かった。でも、やっぱり、また入る事になるんだろうなあ。
こんな事になるなら、もっと早くに逃げとけばよかった。誰も私を知らない所へ……」
利沙は、一人納得した。
そこに、
「まだ、何か隠してないか?」
芳野は、静かに、でも、確信めいて聴いてきた。
「えっ? 何。私は何も隠してない」
「そうか、ならいい。でも、このままいけば、必ず君の言うように、少年院に舞い戻る事になる。
いいのか、それで?」
「……刑事さん達みたいな人、初めて。
今まで私の言った事、ここまで信じてくれた人。二人のほかに一人しか知らない。……ありがとう」
「今度は医療設備の整った施設で傷が癒えたら、また移動だ。
たぶんそこで審判されるって話だ。
とにかく早く良くなれ、日にちが稼げるだろう。もしもの時」
富田がしみじみと言うと、芳野が、
「何か言ってない事があるなら、今ならまだ間に合うぞ」
静かだが、張りのある声で言った。
「なにもありません」
最後に利沙はそう言った。
この時の事を、芳野は後になって、こう言った。
「何かとは、夕実という子の事だ。
利沙が、男達とメールをやり取りしているように見せかけたんだろう。
あの日、風邪で休んでいた。
ホームにいて、手引きでもしたんじゃないか。
たぶん、ハッキングも夕実という子を、かばったかなんかじゃないかと思った。
そうじゃないと、あんなに嫌がっていた少年院に、
また戻らなきゃならない様な事するようには思えない。
……まあ、信じたくなかったのかもしれないが」
一ヵ月後、利沙は右足以外の傷はほとんど癒えていた。
医療設備の整った施設で治療を受けながら、審判の日を待った。
利沙の考えた通り、証拠が揃っていた事と、少年達の弁護士の力で、
非常に不利な立場に立たされていた。
暴行以外の事実は、全て利沙の作り話で、少年達こそ被害者だと、決め付けていた。
裁判官は、証拠が揃っている事を理由に、利沙の話を認めなかった。
利沙は、それでも食い下がったが、聞いてもらえる事はほとんどなかった。
そして何回目かの尋問で、ある時突然、利沙は話さなくなった。
それとほぼ同時に態度も硬化した。
何を言われても、名前さえ話さなかった。
もう、どうでもよくなったのか。
面会にくる弁護士にさえ、会わなかった。
それを見た裁判官や審理に関わる人は、
利沙がすねてわざと話さないと、結論付けた。
当然、審理に影響を与え、利沙の心証は悪い方へと傾いていった。
そしてそれは、反省をしていない。
との判断材料にされ、少年院に再度入所する事が確定。
期間も以前より長い六ヶ月以上三年未満の不定期となった。
これで、早くても半年は出て来られない。
それどころか反省している、改心し、二度と罪を犯さないと判断されるまで、
出てくる事は、出来ない。
結局、審判が終わるまで、利沙は一言も話す事はなかった。
まるで、あきらめたかのように。
この話で、第二章は終わります。
以後、第三章に移行し、話を続けます。まだまだ、これから利沙の周りでは、なにかが起こり、解決されるまでに至るかどうか?
そう簡単には、行きそうもありません。




