第一章 15
病室を出た杉原は、大きくため息をついた。
今、言った事に少し後悔していた。
なぜなら、母親から預かった荷物は、利沙の状態を家族に報告しても病院に来ない事を聞いて、杉原自身が友延家に行って、利沙の母親に無理やり作らせたものだった。
杉原は、友延家に行って驚いた。
普通ならわが子が事件に会い、おまけに怪我を負ったとなったら、驚くなり慌てるなりといった反応があるものだが、ここでは、そんな様子のかけらもなく、いたって、普段通りの日常がそのままあった。
あえて言うなら、母親が利沙に対して全く興味を示さなかった、それどころか、煩わしそうに、
「そうですか。」
と、言ったきり、それ以上触れようとしなかったから、余計に腹が立った。
何に対して腹が立ったのか、今でははっきりしない。
母親の無関心さなのか、
自分が思った通りの反応を母親がとらなかった事で、自分の予定通りに話が進まなかった事に対してなのか、
そもそも年頃の娘が一晩帰ってこなかった事を心配していなかった事になのか。
事件に巻き込まれて怪我までしているというのに、普段と変わりなさそうな母親の態度になのか。
それがはっきりしなくて、今また杉原は、苛立たしさを感じた。
「あれじゃあ。パソコンにのめり込みもするよな。ハッキングしても、誰も気づきもしないだろうし、……」
そこまで言ったところで杉原は、はっ、とした。
「もしかしたら、あいつ(利沙)は、本当に首謀者なのかも……。いや、違うか……。あぁ。もう、どうすりゃいいんだよ。……とにかく、俺は、利沙を信じる。そう決めた」
こんな独り言をブツブツ言っていると、
「何言ってるんですか? 杉原さん」
声をかけられて少し驚いた。
どうも最後の方は声が大きくなっていたらしい。
ここは病院の正面玄関から出て駐車場に向かう歩道で、ちょうど半分位来た所だった。
歩道に沿って置いてあるプランターに、色とりどりのコスモスの花が風に揺れていた。
少し前から声がして、そっちに顔を向けると、捜査一課の捜査員が、二人で向かって来ていたのだ。
利沙の関わった事件担当部署の捜査一課の捜査員だった。
一人は藤川捜査員、若いがやる気十分でなんにでも興味を持ちたがる性格をしている。
もう一人は増井捜査員、こちらはベテランで藤川の興味をいい意味で引き出しては事件解決に結び付けている。
まさか、さっきの独り言を聞かれてはいないだろうが、少しおどおどした感じがあり、
「どうしたんですか? お一人ですか? こんな所でお会いするとは思いませんでした」
杉原は、気を取り直して、
「ちょっと、野暮用です」
と、答えて行き過ぎようとすると、その行く手を塞ぐように藤川が立ちはだかった。
「待って下さい。分かってるんです。友延利沙に会いに来てらしたんでしょう? 友延の家にまで行ったと聞いてます。個人的に親しくされているらしいとも……」
嫌味な言い方で、耳打ちするように話しかけてきた。
「この事件、我々捜査一課の担当ですので、サイバー課の方は、助言だけにしておいて下さい。お願いします。……ところで、何か収穫(情報)はありましたか?」
杉原は、そっけなく、
「何も。……そういえば、友延利沙の意識が戻ったそうだ。何か聞けるかもな。一課さんのお手並み、拝見させてもらいます。では」
杉原はそのまま足早に歩き去った。
その後ろ姿に、
「ちょっと待って……」
「そこまでだ。藤川行くぞ。これからは俺達が調べる番だ」
と、追いかけて行こうとする藤川を増井が制止した。
藤川は少し不満そうだったが、増井の言葉に従った。
この二人、実はとてもバランスの取れたいいコンビなのだ。
そして二人は友延利沙のいる病室へと向かって行った。




