第一章 14
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事件から一日たった朝、利沙は病院のベッドに眠っていた。
その側に杉原がいた。
椅子に座って、眠っている利沙をじっと見ていた。その手は膝の上で硬く握られていた。
「……ごめんな。こんな事になるなんてな。もっと早く見つけられてれば、……こんな事になるなんて、……すまない。……」
悔しそうに、つぶやくようにそっと話かけていた。
事件以降目を覚ましていない利沙に。
少し伏し目がちだったその目を上げると、布団から出ていた利沙の右手の指が少し動いた。
「利沙? 利沙」
立ち上がり、動いた利沙の手を握った。
すると利沙が、ゆっくりとまぶしそうに目をそっと開けた。
まだ、状況を理解できないでいるようだった。
「利沙。目、覚めたか。利沙?」
「…………」
ベッドに横になったまま何も言わず目をキョロキョロさせていた。
利沙は、そのまま、また眠りに入っていこうとした時、主治医により声がかけられ目を開いた。
「友延さん。分かりますか? 友延さん? 友延さん?」
「……聞こえてます。……大きな声出さないで下さい。聞こえてますから」
利沙は、最初は小さな声で、少しずつ大きな声で迷惑そうに話した。
「分かりますか? 良かった」
医師の言葉に、
「……良かったって、どうして? 先生って、なんで……? ここは、どこ?」
利沙は、混乱していた。
「利沙。どうした?」
杉原が話しかけたが、利沙は興奮していた。
「なに? なんでここ。ここはどこ。なんでここにいるの? なにがあったの?」
「利沙、落ち着け。利沙。俺だ。杉原だよ。利沙。落ち着けって。利沙」
それでもなかなか落ち着かず、
「利沙。杉原だよ。俺だ。俺を見ろ。俺だよ。利沙。利沙。利沙」
何度目かの呼びかけで、利沙が杉原の方を見た。
「ほら、俺だ。分かるよな? 杉原だよ。利沙」
「……すぎはら、さん?……」
「そうだ。杉原だよ。分かったか? ……よかった。……ふぅ」
その後、主治医による診察と検査がなされた、小一時間かかった検査が終わり、利沙は一人病室のベッドの上にいた。
利沙は、大きくため息をついた。
落ち着いたのは、今のところ危険がないらしいからで、全てに納得したわけではなかった。
納得どころか、全く状況が分らないでいた。
考えようとすると、足の痛みがじゃまをしていたから、集中できなかった。
何よりも集中するのが得意な利沙にしては、ちょっとショックだった。
たった一つ分かっているのは、何とか無事に助け出された事。
それだけがはっきりと理解できた。
そんな時、遠慮がちに部屋に入って来ようとそっとドアを開ける人がいた。
杉原だった。
「……利沙。ちょっといいか? ……先生が、もういいって言ってたんだが」
利沙は、返事をためらった。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、
「……どうぞ」
そっけなく言ってから、入ってきた杉原を見た。
「……すまん」
杉原は、やっとという感じで話した。
「…………」
利沙の返事は返ってこなかったが続けた。
「すまん。俺が、もう少しでも早く気づいていれば、ここまでにはならなかったかもしれない。……そう思うと、悔しい」
うつむき加減で言ってから、利沙の方へ視線を移して驚いた。
利沙が、自分の方をじっと見ていたから。
「……ありがとう。それでも、気づいてくれたんでしょ? よかった」
利沙は、少しだけ微笑んだ。その後、こう続けた。
「聞きたい事があるんでしょ? どうぞ。何でも話すよ。聞かれればね」
いつもの利沙に戻っていた。
それを見て杉原は、ため息をついた。
「……よかった。どうしようかと思ってたんだよ。正直言うと、……助かった。」
「そんな顔して、いかにも困ったなって言ってるんだよ。気にしないで、なんでも聞いてよ」
利沙の表情は、明るかった。
多少の無理はしているだろうとは思ったが、それには触れる事なく杉原は、静かに話始めた。
「……事情聴取というわけだが、どうしても、早く確認がとりたくて、本当なら(警察)署で聞くんだが、怪我の具合もあってここで聞く事になった。
まず最初に聞きたい事は、この事件で、利沙は被害者か。
そうでないならこの事件でのお前の役割は何だ。
もう一つは、コードネーム・フラワーポットとして署員しか知らないアドレスにメールを送ってきたのは、利沙、おまえか? もし、そうなら、どうやってこのアドレスを知る事が出来た?」
利沙は、しばらく答えず、
「……どう言ったらいいのか、……私は、自分から関わったわけじゃない。気づいたらこんな事になっていたし、事件の重要な部分は良く知ってる。
……警察へあの形で知らせたのは、あの時一番安全だと思ったから」
利沙は、はっきりと告げた。
一言一言を確かめるように。
杉原は、それを聞いて、
「それでどうしてあのアドレスなんだ? どう見ても……。普通では一般に公開されているアドレスにメールを送るんじゃないか? 安全って。でも……どう考えても」
言葉に詰まった杉原を助けるように、
「あの時は、メンバーの一人がコンピューターに強くて、普通にメールを送っても気づかれてしまうとから、警察のコンピューターに直接アクセスしてメールを送った。一番、目に付きそうなところに送ったの。本当は、もっと派手にしたかったけど、犯人に気づかれるわけには……、いかなかった。警察にハッキングしたのが、事実。でも、おかげで気づいてくれたんでしょ? 私は、間違った事をしたとは、思ってない」
利沙は、途中下唇を軽くかむように話していたが、最後の方は、力がこもっていた。
そんな利沙の態度に、杉原は、
「確かに、事件の発生している事に気づいたのも、即時に対応し解決にいたったのは、あのメールがあったからだが。そもそもあんな面倒なメールを送る前に、事件を起こさずにすむ方法も、もっと、簡単に事件が起こっている事を、知らせる方法だってあっただろう?
警備会社に知らせるとか、派手に警報鳴らすとか。なのにそうしなかった。それどころか、ハッキングをしかけてまで、強盗に手を貸すなんてしないだろう?」
杉原は一気に話し、利沙を鋭い目で見た。
「…………」
利沙は、その目を悲しそうに見返し、起き上がりながら、
「……それで、警察は、今回の事どういう風に考えてるの?」
「今回の事件は、……すでに逮捕された三人によると、ハッキングをしたがっていたハッカーから連絡があり、宝石を手に入れたがっていた自分達と、利害が合ってハッカー主導で事件が発生。
それも自分達は一店舗でよかったのに、二店舗にわたって強盗させられた。強盗し終わってから、分け前の話でもめてしまい、その際に怪我人が出て、ハッカーに裏切られた。情報がこれ以上漏れるのを恐れて、ロープで縛った。と、いう経緯らしい。が、俺は信じてない」
杉原が話している間、利沙は、ただ悔しくて、悔しくてしかたなかった。
手は、硬く握られ震えていた。
利沙は、静かに、
「結局、私がしかけて墓穴を掘った。って言いたいんだね?
私が、ハッキングしたがっていたところに、ちょうどタイミングよく、宝石がほしいと思っていた人が現れ、強盗する事になった。だけど、仲間割れして事件を漏らした。
事件が発覚しにくいようにしたのは、そのまま逃走を図るつもりでいたためで、予定外の事だった。ってところ? ……」
こう告げた。
「……そうなのか? 利沙がハッキングしたかったから、この事件を起こしたのか?」
覗き込むように見る杉原に、
「……どう思う? 私が彼らにさせたって……思う?」
「……俺は、利沙を信じている。俺に出されたSOSを、俺は信じる。でも、捜査一課の連中がどう考えるかは、これからの捜査しだいだろう。
俺は、ハッキングに対する捜査はするが。強盗は、管轄外になる。この後は、捜査一課に捜査権が移るから、捜査協力という形でしか関われない。……悔しいんだよ。それが」
本当に悔しそうに話す杉原の姿に、利沙は、
「まあ。そんなに力まなくても、なんとかなるんじゃない? 今までもなんとかなったし。
……でも、信じてくれて、ありがとう。それだけでも嬉しい」
笑顔で答えた姿に杉原は、少しだけ表情が和らいだ
「そうだった。利沙に伝える事があったんだ」
思い出したってタイミングで、杉原が話し
「なに? そんな慌てて」
「ああぁ。それが、お前が、事件で怪我をして病院に運ばれたって、友延家に連絡入れたんだ。だが、……」
「来れないでしょ? 分かっているから、気を使わなくていいよ」
「でも、こういう時には、どんな事があっても、駆けつけるもんなんじゃないのかと思うんだが……」
「いいって。気にしなくて。兄さんの事があって来られない。母も忙しいから仕方ないよ。いつもそうだから、杉原さんが気にする事ないって、それに、ここにある荷物、家から持って来てくれたんでしょう? ありがとう。杉原さんって、優しいね。本当にありがとう」
「すまん。でも、これはちゃんと準備してくれたんだからな。お母さんが」
「うん。ありがとう」
利沙から素直な返事を聞いて、杉原は、利沙の顔を見る事が出来ず、うつむいたまま病室から出て行こうとして、
「それじゃ、また来るから」
利沙は、そのまま見送っていた。
「ありがとう。さようなら。あっ、でも無理しないでください。私は大丈夫だから、お医者さんもいるし」




