* 旅館 其の一 * 3
温泉のある1階へは、部屋へ上がる時よりも早い時間で着いた気がしていた。
よくある、「行きの方が時間がかかる気がする」という感覚!?
そのような感覚より、どちらかといえば、外の世界と近い1階へ降りることが出来たという、また不思議な感覚にとらわれていた。
別に、隔離されている訳でもないのに……。
「あ、卓球台だ!」
鈴木先輩の声に廊下の右側を見ると、ガラス張りになっている娯楽室のようなトコロがあり、中には卓球台があった。
「温泉といえば、卓球だよね~!」
「なに、それ」
ふたりの先輩の会話に笑っていた私。
「ひと汗かいてから、温泉へ行こう!」
またまた、主導権は鈴木先輩へ。
もっとも、1番温泉へ行きたがっているのは鈴木先輩なので、高校以来、卓球とは縁がなかった私でもあったこともあってか、けっこう楽しそうと思いながら、先輩たちの後を付いて行った。
置いてあったラケットを持ち、「日頃の恨み、はらします!」などと冗談を言いながら、私は卓球台の前へ立った。
「あれれ。いっつも、あ~んなに優しくしてるのに、この子ったら」
鈴木先輩もラケットを手に持ち、反対側の卓球台の前へ。
森田先輩は大笑いしていた。
傍から見たら、本当に楽しい、女子3人旅の光景だったと思う。
最初は、何気に鈴木先輩と私が戦うことに。
私が立った方。
はやり、最初に思った“からくりのお城”という感じの造りになっているようで、私の後ろ側には、上階への階段があった。
冗談を言っていた始めの時は気付かなかった。
私と背後の壁の間は、人がひとり通れるか通れないくらいの狭い空間。
やはり、造りが複雑そう。
それにしても、娯楽室なのに、人が通ったら卓球も中断……というような造りというのも、何となく変な気もした。
これも、「古いから」という理由で、あまり気になることはなかった。
いざ、対決!!!
と、その時、フロントの方から、赤いワンピースを着た女性が歩いてくるのが視界に入った。
赤という色が最初に目に入ったみたいだった。
構えをやめ、その女性の方を見た。
私たちを案内してくれた女性の仲居さんではなく、昔ながらの番頭さんとでも言えそうな、年配の男性が一番前を歩き、その後ろにストライプの紺色をした背広をきた男性が歩き、その後、少し遅れて最初に視界に入った赤いワンピースの女性が下を向きながら歩いて来ていた。
どうも、私の後ろにある階段を使うらしい。
ガラス張りになっている娯楽室の外の廊下を曲がり、私の後ろへと歩いて来た。
私は、その場を少し離れ、その人たちが通れるくらいのスペースをつくった。
番頭さんみたいな身なりをした人が私へ向かって軽く会釈をし、階段を上って行った。
最後に歩いていた女性も、「すみません」と相変わらず下を向いたまま、小さな声で言い、階段を上って行った。
その間、鈴木先輩は、容赦なく、サーブでスマッシュを打ち続けて来ている。
やっと元の位置に戻った私に、「恨み、はらすんじゃなかったっけ?」と、特に何もなかった様子で笑いながら言っていた。
「人が通ってるのに、平気でスマッシュしてくるんですもん!受けられないですよ~」
「ん?」
「人が……」
私がそう言いかけた時。
審判の役目をしていた森田先輩が、「じゃ、仕切り直し!」と言って、鈴木先輩との会話を遮った。
何となくだけれど、森田先輩のその配慮に逆らわない方が良いような感じがして、私も何事もなかったように、鈴木先輩と卓球対決を始めた。
「人が通っているのに、あんなことする先輩じゃないのに……」
この思いは残ったまま。