* 旅館 其の一 * 4
「あ~!いい汗かいた~!」
3人が一通りのローテーションで卓球をし終わった後、鈴木先輩は、かなり満足そうにそう言うと、「さ、温泉~♪」と、さっさとその娯楽室を出て行ってしまった。
森田先輩を見ると、「ちょっと、後で……いい?」と私に言って来た。
その顔は、少し青ざめて見えた。
「やっぱり、何かありそうなんですか?」
私のその問い掛けに、「うん……後で……ね」と、口にものを含んだような言い方。
そして、「行こ」と私の腕に手をまわして来た。
色々な思いが交錯する中、娯楽室から出て、前を歩く鈴木先輩の後を着いて行った。
部屋であれ程、熱心に仲居さんの説明を聞いていた鈴木先輩だったので、後を着いて行かないことには温泉まで辿り着けそうにない。
なんと言っても、自分たちの部屋へひとりで戻れるかどうか心配になるくらいの、かなり入り組んだ造りの旅館だから。
ほどなくして、『温泉』と書かれた木の板で出来た案内版のようなものが廊下の壁にかかっているのが目に入った。
「この先を曲がったところから温泉が並んでるんだよ。何処から行く?」
後ろから歩いていた私たちの方を振り向いて、鈴木先輩が話し掛けてきた。
「何処からって、全部、入るの?」
「当たり前じゃない」
「茹っちゃいますよ~!」
「目的、果たさないと!」
私たちが、困惑気味に答えたのも無視しているかのように、鈴木先輩は、どんどん、歩いて行ってしまう。
私たちは、そのような鈴木先輩の後を追うように歩いて行くしかなかった。
鈴木先輩が曲がった廊下の角に一歩、足を踏み出した時……。
「うっ!」
その異臭に思わず、持っていたタオルで口と鼻を覆った。
森田先輩は、私の1メートルくらい後にいて、そこから動こうとしていない。
というか、“動けない”といった感じ。
同じように、タオルで口を押えている。
私も、その異臭の凄さに、それ以上は先に進むことも出来ない。
言うまでもなく、慌てて森田先輩のところへ引き返した。
「先輩……」
私の言葉に、森田先輩は、ただ手を横に振っただけ。
そして、そこにあった木製の細長いベンチのような椅子に座ってしまった。
そのただならない様子に、私は「大丈夫ですか?」と背中をさすった。
そういう私も、あの異臭が鼻から離れず、かなり辛かった。
森田先輩の背中をさすりながらも、まだタオルで口を押えていたほど。
「……ダメだわ……」
ようやく発した森田先輩の言葉に、私もタオルで口を押さえたままで頷いていた。




