* 旅館 其の二 * 7
「あと……いたのが……おばあさん!?」
「長い髪の毛の?」
「どうして知ってるんですか!」
「香里ちゃんたちが戻ってくる前に、私の前を通ったから」
「え?」
「なに?」
「だって……私たちが温泉から出てくる時は、まだ温泉の中にいたはず……」
その時、あの「ツレテイクナ!」と私の耳元で聞こえた老婆の声を思い出した。
一瞬、身体が凍ったようになっていた私がいた。
「香里ちゃん?」
森田先輩の声で、また我に返った私。
それでも、あの「ツレテイクナ」という声が聞こえたことは言えずにいた。
言葉にして説明するもの躊躇われたくらいの恐怖だったから。
「あ……すみません……その人、灰色の髪の毛でした?」
「うん」
「目……とか合っちゃいました?」
「合わせないようにした」
「よかった……で、何処へいきました?その人」
「あまり見ないようにしてたから、はっきり判らないけど、新館の方への廊下を歩いて行ったよ」
「そうですか……」
それまで、私たちの会話を黙って聞いていた鈴木先輩が、「ちょっと、まって!」と口を挟んできた。
「何、話してるの?」
「温泉のことよ」
「私がいた?」
「そう」
「だったら、私、ひとりじゃなかったの?」
「そういうこと」
「だって、誰とも合わなかったし、見なかったし!」
「だから、そういうことよ」
「やだ~!!!!」
「仕方ないじゃない。止めたのに」
私と話している時と同じような冷静さで、慌てふためいている様子の鈴木先輩の質問に答えていた森田先輩だった。
「ねぇ、香里ちゃん。香里ちゃんが見たっていう脱衣所のカゴ。鈴木さんのを抜かしたら3つだよね」
「はい」
「で、おばあさんのがひとつだから、あと2人か」
「ちょ、ちょっと、もうやめましょうよ!」
自分がその場にいて、その場の雰囲気を味わい、あの老婆の総毛立つような恐怖の声を聞き、肩越しに見た顔を見てしまった私は、もう懲り懲りだった。
本当なら、真相を確かめないといけない状況であったに違いない。
もしかしたら、このまま滞在することが〝危険”を意味しているかもしれなった。
それでも、あの温泉での出来事を封印したい気持ちにかられていたのだった。
本当にあまりの恐怖に……。




