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第六章 彼岸花

茂じいさんの奥さんが去年、亡くなっていた。今年は新盆だった。目を赤くしながら、奥さんの話をする茂じいさん。おどけてなぞなぞまで出してきた。そのなぞなぞには大きな意味があった。

【人生を教えてくれるおじいさん】

第六章 彼岸花


 お盆の頃、茂じいさんの家の近くを自転車で通り過ぎた時、白い提灯が玄関に飾ってあるのが見えた。新盆のなのか?昨年、家族の誰かが亡くなったのか。それが気になって、茂じいさんの家を訪ねるのを控えていたが、もう9月のお彼岸だ。久々に訪ねてみることにした。


 大きな門を入るといつも通り縁側に一人でいた。今日は作務衣ではなく、農作業着を着て、首には手拭いを巻いて、手の平で両膝を抑えるように腰掛けていた。


「茂じいさん、元気?」

「おう、俺は元気だ。拓人、久しぶりだな」

「なかなか来れなくて」

「午前中に稲刈りをしていたところだ。今日の分は終えた。あとは明日だ」

「茂じいさん一人でしたの?」

「機械を使っても、俺一人ではできないから、いつも知り合いが手伝ってくれて助かっている」

「そうなんだね。僕も手伝いに来ればよかったですね」

「おう、来年は頼むぞ」


そういうと、無言で立ち上がり、奥の部屋へ行ったが、なかなか戻ってこない。


「待たせたな。ほれ、これ冷えてるぞ。貰い物だけどな」


皮を剥き、食べやすいように切り分けた冷えた梨を大きなお皿に持ってきてくれた。


新盆ということが気になって仏壇の方を見ていた。


「拓人、気になるか。この梨もお供物の一つだ。供養だと思ってたくさん食べてくれ」


仏壇にはたくさんのお供物があった。茂じいさんも振り返り、仏壇を見た。そのまま、言葉もなく、梨にも手をつけなかった。僕は茂じいさんを見つめた。


茂じいさんは、少し空を見るように視線をあげた。そのまま数秒が過ぎた時、少し小さな声で、ゆっくりと話し始めた。

「実はな、昨年、妻が亡くなってな。新盆をすませたところだ。俺はいつも一緒にいたのに、妻の容態の変化に気づかなくって。気づいた時には遅かった」


視線を茂じいさんから仏壇に視線を移すと、お線香の煙が真っ直ぐにのぼっている。

その真っ直ぐな煙が、「私はここにいますよ」と返事をしているように左右に揺れた。


「知らなくてごめんなさい」

なぜか謝った。


「拓人が謝る理由なんてないぞ」


「そうだけど」


「でも悔しくてな。いつも一緒にいるにの気づかなくって。もっと俺が妻のことを見ていれば、もっと早く病院にもいけただろうし、手遅れにもならなかっただろうに。妻には悪いことをした」


気づくと茂じいさんの目は赤くなっていた。


僕は何か喋らないといけないと思った。でも、言葉が見つからなかった。

いつもいろいろなことを教えてくれる茂じいさんのこんなに元気のない姿は初めて見た。


チリン


縁側にぶら下がっていた夏の風鈴が鳴った。


「拓人、面白い話をしてあげるよ」


そういと茂じいさんは顔をあげ、半分だけ稲刈りが終えた田を見ながら話し始めた。


「近くにあっても見えないものなんだ」


「え、なぞなぞ?」


こんな時におどける茂じいさん、今の自分の心を隠したいのだろうか。


僕もおどけるように声を高めにして声を返した。


「いい年して、なぞなぞはないよ」


「拓人、降参か?」


「降参なんてしないです」


近くにあっても見えないもの・・・


「降参だな。答えはな・・・」


焦らすようになかなか答えを言わない。

こんな茂じいさんの一面もあるんだな。


「答えはな、ここだ」


そう言いながら、まだ赤い自分の目を指差した。


「ここだよ。いつも一緒に並んでいるのに、右の目は左の目が見えない。左の目は右の目が見えないんだ。俺みたいだ。妻がいつも一緒にいたのに、見えてなかった。いつも一緒に同じものを見ていても、俺は妻を見ることができていなかったんだ」


そういうと、茂じいさんはまた仏壇を見つめた。


子どもじみたなぞなぞだと思ったけど、茂じいさんには意味があるなぞなぞ。


そのまま、茂じいさんは稲刈りを半分終えた田を見つめて、会話がなくなった。


「おい、冷たいうちに梨を食べろよ」


甘く美味しい。しばらく仏壇に供物として置かれていた梨。奥さんは食べたのだろうか。


「妻は梨が好きでな。梨農家に行っては、鳥や虫に食われている梨をわけれもらってたよ。それが一番甘いと言いながらな食べていたんだ。店には出回らない梨だけど、甘いぞ」


僕は遠慮なく食べることにした。


「もっとあるから、食べるなら持ってくるぞ」


「僕、こんなにたくさん梨を食べたのは初めてかも」


茂じいさんは、あまり梨を食べず、冷えた缶ビールを持ってきて飲み始めた。


「拓人も酒はもう飲める年齢だよな。今度飲ませてやるから、今日は俺だけだ」


そう言いながら大きな声で笑い出した。


「茂じいさん、田んぼの周りに咲いている赤い花、なんていうの?」


「あの花の名前を知らないのか?」


「うん、植えたの?」


「毎年、お彼岸の頃に咲く花だ。彼岸花だ。覚えておけよ。あの花はな、『葉見ず花見ず』と言って、そこに一緒にあるのに、花は葉を見ることがないんだ。葉も花を見ることがないんだ。一緒にいるのにな。幸せなのかな」


僕は彼岸花をじっと見た。でもよくわからなかった。


「ほれ、そこにも一つ咲いているぞ」


庭の隅に咲いている彼岸花をよく見ると、茎が一本、すーと伸びてその先に真っ赤な線香花火みたいな花を咲かせている。確かに葉がない。


「茂じいさん、この花、葉がないけど、堂々と綺麗に咲いているよ。きっと葉が見えなくても近くにいるってわかっているんだよ」


「『姿が見えなくても、そこにある』か、だから幸せかもしれないな」


「そうだよ、見えなくても、いると思えば幸せなんだよ」


僕は茂じいさんと奥さんのことを重ねていた。


左右にある目。近くにあっても、同じ方向を見ていても、お互いにお互いを見ることができない両目。

彼岸花は「『葉見ず花見ず』と言って、そこに一緒にあるのに、花は葉を見ることがないんだ。葉も花を見ることがないんだ」と教えてくれた茂じいさん。自分と奥さんとを重ねるように話してくれた。「いつも俺は一人だから」と今まで何度も言っていた意味がわかった。

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