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第三話 虹

通り雨の中を自転車で走った。濡れたTシャツ。雨上がりに虹が出た。

「雨が降ったから虹が見えたんだ」と茂じいさんはいう。でも、もっと大切なことがあるんだと教えてくれた。

【人生を教えてくれるおじいさん】

第三話 虹

おじいさんからLINE通話が来た。

まだ朝の8時、僕はベッドの中でウトウトしていた。


ビデオ通話だ。

いきなりおじいさんの顔がドアップでスマホの画面に現われた。

思わず、スマホの画面から距離をとってしまった。

「まだ、寝てるのか」

「今、起きるところです」

「今度の日曜日はどうかね?」

いきなりの話だったが内容に予想はついた。

「しげるさんの家にお邪魔する日ですか?」

「そうだ」

「行きます、行きます。何時頃がいいですか」

「そうだな、昼飯を食べ終えてからくるか」

「わかりました。1時すぎに伺います」

「おう、待ってる」

画面が消えた。


待ってよ、おじいさんの家ってどこなの?聞いてないぞ。


今日は火曜日、まだ5日もあるから、また連絡が来るだろう、と思った瞬間にLINEメッセージが来た。

そこには「青木茂の家はここだ」というコメントと住所が書かれてあった。

そういえば、しげるさんとは聞いていたが、どんな字だか知らなかった。

慌てて、LINEの登録を「青木茂さん」に直した。


すぐに茂さんの家をGoogleマップで調べた。自宅から真っ直ぐ県道で5Kmほどだ。自転車でも20分はかからないだろう。サイクリングも兼ねて、少し遠回りになるが、川沿いのサイクリングコースを走っていくことにした。


「なぜ?」ということが僕の頭の中にあった。

その一つは、なぜ、僕が茂さんというおじいさんに惹かれているのかということ。なぜだろう。よくわからない。ただわかっていることは、茂さんは不思議な人、ゆっくりした口調で人生を語る姿に魅力を感じている。

もう一つの「なぜ?」は、茂さんが僕をこんなにもかまってくれるということだ。ぶっきらぼうな話し方なのに、いつも僕を気にしてくれている。なぜだろうか。


そんなことを考えながら、日曜日の昼食のそうめんを家族より少し早めに食べた。


「拓人、今日は天気が崩れるらしいよ。出かけるなら傘を持って行きなさい」

台所から聞こえる母の大きな声だ。


川沿いのサイクリングコースは走っている人も少なくスイスイと走りやすい。

川には鮎釣りの人がいつもより少ない。天気のせいだろうか。雨が降ると川の水が濁るんだろうな。

そんなことを考えながらも、風を切って走るのは気持ちがいい。黒い雲を見ないなら。


きたー、ポツポツと。

これはくるぞ。

ザー

きたー

母さんが言うように傘を持ってくればよかった。


あそこのトイレまで走れば、雨宿りができるぞ。


はぁ、びっしょりだ。通り雨だろうか。山の方はもう明るくなっている。

まいったな。せっかくTシャツを着替えてきたのに。

雨が小降りになったら、すぐに走ろう。

茂さんの家まであと5分くらいだし。


あそこが茂さんの家?大きな屋敷だ。

石垣の塀と大きな門、家の前には田んぼがある。裏庭には柿の木など、何本かの木が立っている。

濡れたスニーカーが重く感じる。

大きな門の前に立った。間違いない。表札に「青木茂」と書かれてる。


「おー、来たか」

僕に気づいた茂さんが作務衣姿で声をかけてくれた。

「途中で雨に降られてしまって、こんな姿でごめんなさい」

「いい経験をしたな。こっちへ来なさい」

(いい経験?と不思議に感じたが声には出さなかった)

茂さんは家の奥に入って行ったと思ったら、大きなバスタオルを持ってきてくれた。

縁側の前で僕はそのタオルで体を拭いた。

「景色がいいからここに座りなさい」

言われるままに僕は縁側に座った。

家の中からお線香の匂いがしてきた。家の奥を見ると大きな仏壇から煙が上がっていた。今、お線香をあげたばかりなのだろう。


今日はどんな話をしてくれるんだろう。茂さんに会うと期待をしてしまう。


僕がタオルで濡れた頭を拭いている間に、茂さんは麦茶とスイカをお盆に乗せて持ってきてくれた。

「うちの畑でとれたスイカだ。甘いぞ。たくさん食べてくれ」

そういうと、茂さんはスイカを黙々と食べ始めた。

なにも喋らない。

僕を呼んでおいて無言かよ。


僕は喋ることもなく、麦茶を飲み干し、お盆の上に乗っていたスイカを全部食べた。


その時、急に茂さんが話し出した。


「ほら、あそこ」

指を差す方を見ると、大きな虹がかかっていた。こんなにも色がはっきり見える虹は久しぶりに見る。


「きれいだ」

思わず声が出た。


「きれいだな」

茂さんもつぶやいた。


「拓人君が雨に濡れたおかげで、こんなに綺麗な虹が見えるんだ。ありがとう」


え、なにを言い出すんだ。僕が雨に濡れたから虹が見えた?

僕がこんなに濡れたのに。

返事ができなかった。


「わかるかね?」

わかるはずないでしょ。そうは答えられず「え?」とだけ返事をした。


僕の顔を見て、茂さんは話し始めた。

「拓人君が雨に濡れた。雨が降ったから濡れた。雨が降ったから虹が出た。そうなんだ、雨が降らないと虹は出ないんだよ。きれいな虹を見るには、雨が必要なんだ」


満足げに話す茂さん。

僕は思わず言葉を出した。

「苦あれば楽あり。良薬、口に逃し。雨降って地固まる。とかだよね」と。


茂さんはニタっと笑った。

「多少違うが似ているから、まあいいか。それよりももっと大切なことを君は気づいていない」


今日は、いろいろと絡んでくるな。


チリン、チリン


縁側の風鈴が鳴った。


しばらく考えたが、僕が気づいていないことって、なんだろう。借りたタオルのたたみ方がよくなかったのかな。


チリンチリン


モヤモヤした気持ちを風鈴の音が清めてくれる気がした。


「茂さん、雨が降らなければ虹ができない、ということは実感したけど、気づいていないことって何?」


門の外に見える田を見ているように、視線を遠くに移しながら茂さんは話し出した。


「多くの人は言葉に埋もれる。知っている言葉と体験した言葉では重さが違う。君はたくさんの言葉は知っているが、その言葉を実感したことがあるかい。今日は雨にぬれたからこそ、雨が降らなければ虹が見えない、とわかったと思う。きっと一生忘れない言葉になったと思う。言葉を知っていることはとても大切なことだ。でもその言葉を頭で考えるのではなく心で感じ、伝えられることが大切なんだ。わかるか」


リンと音が聞こえた気がした。

チリンチリンという風鈴の音ではなく、仏壇の鈴の音のように感じた。


「拓人君は暇だろう。今度、うちの畑や田んぼの手伝いをしてくれ。歳をとるとなかなかキツくなってきてな」


さっきの真剣な顔とは違い、冗談とも思える話し方をする茂さんの顔は笑顔で目じわが深くなっていた。



茂じいさんは、言葉を知っていても本当にその意味を知っている人は体験をした人だ、と教えてくれた。知識も大切だが、それを本当に知ることが人生を豊かにすることなんだ。

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