9.山を下りて(抱きかかえられながら)
山を舐めるな、というのは登山をする人はもちろんしない人だって聞いたことぐらいあるだろう。私も登山なんてろくにしたことはないけど碌な装備もなく山を歩く危険性については知っていた。
しかし、今回はそれなりの山道はあるようだし、そんなに歩かないとは聞いていたから雪駄でも良いだろうと勝手に判断した。そして大体そういうのは悪い結果を生むのである。
「本当に、本当に申し訳ない……」
「お気になさらず。行軍していた時はこれより険しい道でずっと重い物資を運んだこともありますから。神子様は少し軽すぎるくらいですね」
そういってリベリカさんは笑ってくれるが、抱きかかえられている側としてはとても恥ずかしい。兵士の皆さんの視線もどことなく和やかな気がして顔が少し熱い。
(は、早く着いてくれぇ……!)
抱かれていて感じるのは鎧がちょっと硬くて痛いことだ。もちろん文句なんて言わないけど、まじで異世界なんだなぁと今更になって実感してしまう。
つい無意識に肩部分を触ってみると鉄みたいな金属的な硬さと冷たさが手に伝わる。
「何か気になりますか?」
「あ、いや、鎧とかこんな近くで見るの初めてで新鮮なもんで……」
現代で鎧に触れる機会は映画かそういう展示をしている施設にいかないと触れ合う機会はない。だからちゃんとした本物に触れるのは初めてでどうしても興味が湧くのはしょうがない。
「神子様の世界には鎧はないのですか?」
「そういうわけじゃないけど……少なくとも私の周りでは使われることはないかなぁ」
そう言うと横を歩いていた姫様が驚いて口を開く。
「鎧が必要ないとは……神子様の世界は平和ということでしょうか?」
「う、うーん、平和かどうかっていうと素直に頷けないけど。でも瘴気とかはなかったね」
「そうなのですね。神子様のいらっしゃった世界……少し気になります」
「姫様が来たらたぶんすごい注目されると思う」
そう言うとまぁ、と驚く様子の美少女である。純粋に可愛いし今の聖衣みたいな服装だったら誰しもが視線を向けるに違いない。
そんな取り留めのない会話をポツポツとしながら歩く(抱えられる)こと数十分、やっと麓についた。
確かにある程度道はあったけどそれでも山頂からふもとまでだいぶ長かったように感じる。帰る時不安だから、もし売っているところがあれば靴でも買っていきたいところだ。無一文だけど。
麓に停めてあるのは上等な馬車で、そこに一隊の兵士さん達がいた。山道の会話の中で麓でも後詰として待機させている隊がいると聞いていたので、恐らく彼らがそうなのだろう。
「リベリカさん、わざわざ運んでもらってありがとうございました。もう平地なので降ろしてもらっても……」
「馬車までお運びしましょうか?」
「いえ、まじで大丈夫です」
流石に恥ずかしさが限界なので降ろしてもらう。山からでて異世界の土を踏むのはこれが初めてだ。
(おお、何か……なんか!)
そして、眼前に広がるのは壮大な大地に目が奪われる。どこまでも続きそうな景色はそれを遮る建物もなく、澄み渡った空の青さもあいまって美術館で見る風景画のようであった。
時刻はちょうど昼頃だろうか。頭上にある太陽の陽ざしは柔らかく吹き抜ける風は涼しく心地よい。柄にもなく深呼吸をしてみると新鮮な空気が身に染みるようだった。
「かつてはこの大地もひび割れ、瘴気と魔物がはびこる場所でした」
「この景色を見ると信じられないけど……」
「神子様がいらっしゃらなければ一生見られなかった光景です。それで待機していた兵士の皆さんにも紹介させて頂きたいので一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん」
そして麓に待機していた兵士さん達にも神社の時と同じように紹介された。といっても全部姫様が説明するだけで私は横で照れ笑いだか愛想笑いだか、えへへと立っていただけだけど。
「なんと、こちらの方が……!」
「確かに白銀に輝くお姿と不思議な服装、とてつもない神聖さを感じる……」
こちらの方々は割とリアクションが激しく中には崇めるように膝をつける人がいたりして非常にむず痒い思いをする。
ただ、流石に「違うから!」と何度も否定するのはもうやめた。人、それを諦めという。
「それではこのまま国の方まで向かいますのでどうぞ馬車に」
リベリカさんの示す先には例の上等な馬車。近づいてみるとその豪華な装飾や紋章(?)のようなものが掲げられており、普通の馬車ではないようだ。私は思わず駆け寄ってまじまじと観察する。
「おお、これが馬車か……!」
目の前まで近づくと予想以上に大きくて驚く。自分が子供の身長になっているから大きさはしょうがないとしても、凝った装飾や大人しくも頑強そうな馬を見るとより異世界を感じてワクワクしてしまう。
「神子様、どうぞ」
「ありがとう! リベリカさん!」
慣れた動作でリベリカさんは馬車の扉を開けて乗りやすいように手助けしてくれる。馬車の中もしっかりとした作りで座る部分にはきちんとクッションが置かれており、かなり上質なものだ。
続いて姫様も乗ってくるとしばらくして小さな揺れと共に進みだした。
「おお……」
窓の外を流れていく牧歌的な景色に目を輝かせる。
「王都までは少し時間がかかりますから、どうぞくつろぎください」
「馬車ってもっと揺れるものかと思ってたけどけっこう快適だね。姫様が乗る馬車だから?」
「ええ、まぁ……一般的な馬車と比べると作りは丈夫になっているかと思います」
「へぇ……特注ってやつだ。やっぱり姫様ってすごいんだなぁ」
そうしてまた景色でも楽しもうかと窓の外を見ようと思ったら姫様から声がかかる。
「神子様……」
「うん?」
彼女の真剣な面持ちでちょっとはしゃぎすぎてしまったかと内心焦る。確かに観光ではなく彼女の母親に会いに行くというのにこんな楽しむのも不謹慎だったか、そう思っていたのだが。
「先程から気になっていたのですが、なぜリベリカは名前で呼んで私のことは姫様とお呼びになるのでしょうか?」
「え?」
「いえ! その、別に呼び方など気にしているわけではないのですが! でも、私も普通にリティアと呼んでくださってもいいんですよ!?」
「え、ええ……」
まさかの呼び方についての言及であった。
確かに私もどう呼べばいいのか困っていたのは事実だ。リベリカさんは見た目的にも年上だしさん付けでちょうどあてはまるからそう呼んでいたのだが、姫様は姫様である。
ただリティア様っていうと何か違和感があるし、リティアさんもなんか違和感がある。そんな理由から一番しっくりきていた呼び方を使っていたのだが、そういうところを気にしてあたふたしているのは年相応に見えて可愛らしい。
しかし、実際呼ぶとなるとやっぱり立場的に様付けだろうか。
「えっと、それじゃリティア様?」
「様なんて! リティアとお呼びください!」
「呼び捨てはまずいんじゃない!?」
「そんなことありません! 私よりも神子様の方がずっと尊きお方なのですから呼び捨てで問題ありません! そ、それとも呼びたくない理由があるのですか……?」
そう言われて悲しい顔をする彼女、私はこういう表情にとても弱い。
「わ、わかった。じゃあ、2人きりの時とかはリティアって呼ぶね」
「は、はい! ありがとうございます!」
謎のお礼をいただいたとことで、ここであることに気が付いた。
「そういえばリティアも私のことずっと神子って呼んでない?」
「え? それは神子様ですから当然では……流石に神様の御使い様を名前で呼ぶような不敬は……」
「いやいや、私が名前で呼ぶのに神子呼びはちょっと悲しいんだけどなぁ」
「そ、そんな……!」
わざとらしく悲しい振りをするとリティアはパタパタと慌てふためいて、ちょっと悩んでから恐る恐る口を開いた。
「そ、それでは……ナコ様と」
「様をつけられるような身分じゃないし私も呼び捨てでいいよ」
「それは流石に無理です! 私の心臓がもちません!」
「ええー、でも様付けはちょっとなぁ」
「で、でででは! な、ナコさん!」
結局「さん」は残るんだ……と思ったが流石にこれ以上強要するのもよくないかととりあえず「はーい」と返事をした。彼女は恐れ多い様子でため息をついた。
「はぁ……神様の御使いである方をさん付けで呼ぶなんて。私、不敬で罰せられないでしょうか」
「大丈夫大丈夫!」
こっちに来るきっかけになったあの人が本当に神様だったとしたらけっこうふわふわしていたし呼び方程度に気に掛けるとは思えない。
そんなこんなでちょこっとリティアとの仲も深まったところで、ちょうど窓をリベリカさんが軽く叩いた。
「ご歓談中失礼いたします。もう間もなく王国に到着します」
「……おぉ!」
リベリカさんの報告に思わず窓から外を眺めてみると、そこには壮大な城壁が私を見下ろしていた。
観光に来たわけでは決してないが、それでも城壁が聳え立つ力強さに私の目は奪われていた。
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