09. 滞在初日の夜
新しい街を見て歩くのは好きだ。初めて目にするものがたくさんあって、ワクワクする。
中央教会を出て、私たちは繁華街に移動した。本屋や服屋などを見てまわり、いくらか買い物もした。
たくさん歩けばお腹も空いてくる。
空を見上げると、すでに夕闇が迫っていた。そろそろ夕食の頃合いだろう。
「お腹が減ってきましたね、どこかで晩ごはんにしましょう!」
「ああ」
頷くアルに「何か食べたいものはありますか?」と尋ねると、「肉」と簡潔な答えが返ってきた。
「うんうん、アルは成長期ですからね。たくさん食べて大きくなりましょう!」
私より少し低い位置にある頭をポンポンと撫でる。すると、
「ガキ扱いすんな!」
嫌そうな顔で手を払われた。
また弟子を怒らせてしまった。ツンツンしてるアルに、「すみません」と謝っておく。
ぶっちゃけ、長命の私にとって、アルは子どもというより赤ちゃんかなぁ、と思ったけれど……口にしたら絶対に怒られるので黙っていよう。
魔女の寿命は、一般に三百歳前後といわれている。だが実際の所は、魔力の総量に比例するのだ。
魔力過多な私の場合、五百歳を軽く越えるかもしれない。ただ三百年より前の記憶がなく、実年齢が不明なため、正確にあとどれだけ生きられるかはわからない。
でも、いまだに寿命が来る気配がないから、先は長そうではある。
華やかな目抜き通りを抜けて、庶民が集まる通りへと向かう。
ざっと辺りを見回して、混雑している食堂を選び、席を確保する。地元の人に人気の店なら、大抵ハズレがない。
メニューを見ながら、アルのリクエストに応えて肉中心の料理を選んだ。先に飲み物が運ばれてきたのでまずは乾杯!
「新生活を祝って、乾杯です!」
「乾杯」
カチンとグラスをぶつける。
中身は桃と蜂蜜のジュースだ。アルは子供だからお酒は飲めない。
私は飲めないこともないけれど、ある失敗が理由で二百年ほど禁酒している。
ちなみにそれもイケメンがらみだ。詐欺師なイケメンに酒場に誘われ、ぐでんぐでんに酔わされた私は、全財産を譲渡する書類にサインしてしまった。
あの時は家を失い貯金もすっからかんになって、本当に大変だった。いつかこの件は、人生の教訓としてアルに伝えておきたい。
「このジュースおいしいです!今日はたくさん歩いたから喉が乾いてたんですよね」
ジュースをぐいぐい飲む。
一方、アルはグラスに手をつけずに何やら考えこんでいたが、ふと真剣にこちらを見据えた。
「なあ……あんたにとって、イケメンの対象って何歳くたいなんだ?」
真面目な顔して何聞いてるんですか、この子。
「ん?何ですか突然」
「いいから答えてくれ。教えたくないとかならいいけど」
彼はしかめ面で口を引き結んだ。
いえ、教えても全然いいんですけどね。別に減るものではないので。
「対象年齢ですか…………上限は五十代ですね!」
「マジか……!?」
「私からすると、かなり年下ですからねえ……」
「あんた見た目は十八歳くらいじゃねえかよ!ある意味犯罪だろ、やめとけ!」
「え、そうですか!?……でも言われてみればそうかもしれませんね。考えを改めておきます!」
ふむふむと納得していると、食堂の喧騒に紛れてしまいそうな、ごく小さな声が私の耳に届いた。
「オレが聞きたいのは……下だ」
「下、というと?」
「その、何歳から、あんたの、イケメンの対象になるんだって聞いてる」
何歳から。
うーんと唸りながら、答えを探す。そっちはあんまり考えたことがなかった。思い悩んで、この辺かな、という自分なりのラインを伝える。
「二十歳前後、でしょうか」
「…………二十歳」
アルはパタリとテーブルに突っ伏した。
「あの、どうしたんですか?」
「先が長すぎて絶望した……」
「はぁ……絶望とは」
「こっちの話だから気にすんな!」
「わかりました、ではそうしますね!」
「素直に言われるとなんかムカつくな!」
「えっなんで!」
そこに、「お待たせしましたぁ!」と明るく威勢のいいおばちゃん店員が、熱々の肉料理が運んできた。ドーンとテーブルに置かれたそれに、私は目を輝かせる。
「お肉が来ましたよ!さあさあたくさん食べましょう!」
「ああ」
ブスッとしていたアルが、ヤケクソのように肉料理にかぶりつく。きっと、よほどお腹が空いていたのだろう。
◇◇◇
観光もして、食事も堪能した一日目。
今夜は良いお値段の宿を取った。滞在初日だし、安全や清潔さを考慮して、少し奮発した。
フカフカのベッドが気持ちいい。シーツもパリッとしてお日様のにおいがする。
ベッドに顔を埋め、すうはあ深呼吸していたが、ふとあることが気になった。
環境が大きく変化すると、子供は不安定になりがちだ、と小耳に挟んだことがある。
よく考えたら、ここまで頻繁に夜逃げする家庭なんてそうそうない。環境が激変どころじゃない。
それに、超健全なおつきあいとはいえ、保護者は年中イケメンに言い寄っている。今さらだが、子供の情緒に良いとは言えないだろう。
アルに対して、急速に申し訳ない気持ちが膨らんだ。
そうだ、彼の不安を和らげなければ。
私は使命感にかられて、隣のベッドで寝る準備をしていた弟子に声をかけた。
「アル!今夜は同じベッドで一緒に寝ましょう!」
「は?なんだよいきなり」
「えーと、枕が変わると、アルも寝にくいかなと思いまして……添い寝したらよく眠れるかなって!」
「いらんわ!!オレはもう十二歳だぞ!!」
顔を真っ赤にして断られた。
それ言ったら私、三百歳以上のお婆さんなんですけど……
でも、私の見た目って十八歳くらいだし、アルからするとお姉さんという感じがして、一緒に寝るのは恥ずかしいのかもしれない。
結局添い寝は断固拒否されてしまったので、普通に別々のベッドで寝た。
それから数日間、私達は宿に滞在しながら、幾つかの物件を見て回り、最終的に一階は店舗、二階は住居になっている小さな二階建ての建物を借りることに決めた。
一階の店では、占いメインで商う予定だ。ギルドの仕事がない時、私は占いで生計を立てている。これがまあまあ当たるのだ。
繁華街から遠くないし、それなりに客足も見込めるだろう。私は新しい住居に満足だったし、アルも嬉しそうだった。
そこからさらに数日かけて、家のなかを整え、ようやく私たちは生活の拠点を得たのだった。




