10. 冒険者ギルドに行こう
「看板の位置はここでいいっスか?」
「はい、お願いします!」
看板屋のエンデさんに元気よく答える。今日は、占い屋の看板を取り付けてもらう日だった。
看板屋のエンデさんは、浅黒い肌の、笑顔が素敵な好青年だ。うーんイケメン。眼福。
ついつい、フラフラと逆ナンしそうになったけれど、うちの弟子がものすごい目で睨みを効かせていたので、何とか思い止まった。ふう、危ない。
エンデさんは梯子に上り、一階と二階の境目辺りの壁に金具を留め、占星術の水盤をモチーフにした看板をぶら下げた。
手際がよくて惚れ惚れしちゃいます……!
「看板の取り付け、完了っス!」
シュタッと梯子を飛び降りたエンデさん。機敏な身のこなしが素敵です……!
「これ……代金です。受け取ってください……!」
「どうもっス!」
いそいそと彼に近づいてお金を渡す。
ニコッと笑顔を返されたら、もうダメだった。私の理性がスコンと遠くに飛んでいく。
間違いありません、絶対にフラグ立ってます。私とエンデさんのめくるめく愛の日々が、今始まろうとしてる……!
「……あの、エンデさん!明日は、ふぎっ!!」
デートに誘ってしまえ、と口を開きかけたその瞬間。すっと寄ってきたアルが、私の足をダン!と力強く踏んだ。
痛い。涙でた。でも仕方ない。
むしろ正気に戻してくれてありがとう。
「また何かあったらよろしくっス!」
梯子と仕事道具を抱えて、エンデさんは爽やかに去っていった。その後ろ姿を見送りながら、私は額の冷や汗をぬぐった。
「ふう、危ないところでしたね……!」
「本当にな」
「アルが止めてくれて助かりました。せめてあの看板代くらいは稼いでから、次の引っ越しはしたいですよね!」
「あのなぁ……看板とか関係ねえだろ、修羅場はやめろつってんの!!」
「まあまあ落ち着いて」
「誰のせいだよ、しばくぞ!!」
キリキリ眉を吊り上げているアルを「どうどう」と宥め、看板を見上げる。
「うふふ、いよいよ新しい生活が始まるって感じがしますね!」
「……ああ、そうだな」
ふてくされながらも、アルは案外素直に頷いた。そうして二人で看板を眺めてから、店の中へ入っていく。
さて、お昼を食べたら午後はお出かけだ。
◇◇◇
簡単に昼食をすませ、午後はそれぞれの用事のために、別々に出かけることになった。
「では私は、冒険者ギルドに行ってきます!」
「オレは食料とか、生活必需品の調達だな。適当に揃えとく」
「よろしくお願いしますね。では行ってきまーす!」
「くれぐれもトラブルは起こすなよ」
「分かってますよ。アルも気をつけて行ってきてくださいね!」
「……」
アルは胡乱な目で私を一瞥し、スタスタと市場の方に歩いていった。間違いなく、私のイケメン漁りを警戒していますね。
まあ彼が警戒するのも無理はない。今朝だってアルが止めなかったら、私は完全にイケメンハンターな肉食女子になっていた。
そして今私が向かってるのも、イケメンの魔窟と言うべき冒険者ギルドなのだ。
──イケメンが絡むとポンコツになりがちな私だが、魔女ゆえに魔法の才だけはある。
普段は占いで日銭を稼ぎ、それとは別に、冒険者ギルドに登録して、危険度の高い依頼を率先して受ける。そんな生活をずっと続けていた。
危険な依頼は高額報酬が見込めるし、難しい仕事を任せられるフリーの魔法師は少ない。つまり、私のような魔法師はギルドにとってもありがたい。
相互に利のある関係なのだ。
でも、アルはギルドの仕事を快く思ってないようだった。
私が受ける依頼は危険が伴うし、数日留守にする事もざらで、命を落とす可能性だってある。
アルにとって家族のような存在は私だけだから、不安になるのも分かる。でも──占いだけじゃ食べていけないので、そこは割りきっていただかないと。
弟子のもう一つの心配は、私に回ってくる依頼の多くがパーティを組む前提なこと。
私は魔法師である。そうなると他のメンバーは必然的に戦士系。
肉体派のイケメン祭りになってしまう。
過去には三角関係どころか五角関係に発展したり、キスを迫られて、拒否したら相手がストーカー化してギルドで乱闘になったり、まあ色々あった。
出禁になったギルドも多数。大体原因は私だから、平謝りするしかない。
とはいえ私は、そういう失敗をすぐに記憶の底に沈めてしまう。悩んだって仕方ないと思ってしまうのだ。
だけど、弟子に「後悔なんて時間とエネルギーの無駄ですよね!」と言ったら「あんたは逐一反省しろ!」と頭をはたかれた。
というわけで、私は意気揚々と冒険者ギルドにやってきた。ここは出禁にならないように気をつけよう。せめて半年。
……だが、私は来た早々、目移りしていた。何って、そりゃイケメンに……!
「わぁ、あちこちにイケメンさんがいらっしゃいますねえ……!」
あの方の上腕二頭筋、素晴らしい…………!
あ、向こうにいらっしゃる神官さん、ドSそうなお顔がたまりません……!
──とかうっとりしてる場合じゃない。
彼らをけして見ないようにして、真っ直ぐ受付に向かう。
「どうもこんにちは!冒険者登録をしに来ました!」
「はぁい、ご登録ありがとうございますぅ。では、こちらの紙にご記入ください」
おっとりした口調の受付嬢に紙を渡され、必要事項を埋めていく。
ランクを証明する魔法認証の小さな金属板を渡すと、受付嬢はそれを机上の水晶に当てた。本物だと水晶が白く光るので、それを確認したら登録完了だ。
「これで手続終了ですぅ。ついでに依頼の受注もしますかぁ?」
「そうですね、お願いします!」
「ご希望の条件がありましたらどうぞぉ」
「メンバーの男性が全員既婚で、日帰りで出来そうな依頼があれば、ですね」
「既婚……ですか?」
私は八股かけても略奪愛はしない主義なので、パーティの男性が既婚者ならば、なけなしの理性が働く。
それに、慣れない街で何日も弟子を一人にはさせられないから、泊まりの仕事は無理だ。
既婚という条件に受付嬢は怪訝な顔をした。が、すぐに営業スマイルに戻ってペラリと紙の束をめくった。
「近頃、旧オルガノヴェイン王城跡地で、古い地下施設が発見されたのですが、門番の魔獣がいて中の探索ができずに困ってるんだそうですぅ。
この魔獣討伐にエントリーしてるパーティが魔法師募集中で、たしか全員既婚か結婚目前ですね。これなどはいかがですかぁ?」
「門番の魔獣の種類は?」
「双頭竜で、中型だそうですぅ」
「わかりました……受けます!」
私は大きく頷いた。
双頭竜という魔獣は少々厄介だ。頭が二つあって、二種類のブレスを使ってくる。
一種類のブレスでも面倒くさいのに、二種類となるとそれなりに手強い。しかも、場所は狭い地下。
だが、一人ではなくパーティで戦うなら、双頭竜でも問題ないだろう。
「では、こちらにサインをどうぞー」
受付嬢が差し出した書類に、依頼受注のサインを書き込む。
これなら褒賞金もそれなりに貰えそうだ。気合い入れて頑張ろう。
……ギルドを出て帰る途中、私は一人の少女とすれ違った。少女は艶やかな黒髪に、髪に深紅の花飾りを差していた。
黒と赤の鮮やかな色を目にした瞬間、私は強烈な既視感に襲われていた。
胸が苦しくて目眩がする。今にも倒れそうになって、どうにか足を踏ん張った。
ひたすら深呼吸を繰り返せば、次第に既視感も目眩も、息苦しさも治まっていく。
ふと通りを振り返る。少女の姿は人混みに紛れ、もう見えなくなっていた。
──今のは何だったのだろう。だが考えても分からなかったので、私はその出来事をすぐに忘れてしまった。




