05. 森の中で相談
チチチ……と小鳥が鳴いている。
目に鮮やかな森の木々。穏やかな風がその枝をすり抜けていく。たいへんのどかです。
「少し休憩にしましょうか!」
私達はひと気のない森の中に立っていた。
慌ただしく街を出発し、長距離移動の魔法を何度か使ってこの森に飛んできたけれど、この辺りで一旦小休止。
ついでに作戦会議もしよう。
夜逃げ同然で逃げ出した私達は、今後の計画どころか、行き先すらもまだ決まっていなかった。
でも、これから住むであろう場所を私の一存で決めるわけにはいかない。同居人とのすり合わせは重要だ。
そのために落ち着いて話しあえそうな環境を選んだ。ふふ、魔女たる私にぬかりはありません!
「ここならイケメンもいませんし、ゆっくり話ができますね!」
「あぁ、あんたの気が散らなくていいな……」
弟子が疲れた顔で相槌を打つ。
森の中にイケてる熊や狼はいても、イケメンはいない。集中して話をするにはもってこいだ。
引っ越しが多い私達は、荷物もそこまで多くない。今回はトランク四つほど。
その古びたトランクを椅子がわりに腰かけ、本題の前に、パンを齧りながら雑談に興じる。
ドライフルーツ入りのパンは、表面がカリッとして香ばしい。食事する暇がなかったから、荷物にパンをつっこんでくれた弟子の機転に感謝する。
「──そういえば今回の二股って、草食系の殿方と、ちょいワルな殿方だったんですよ。どちらも甲乙つけがたいイケメンで、本当に格好よかったんです……!」
「まだ言うか!」
パシッと頭をはたかれた。痛い。
はい。実はまだ言い足りない。
「だって、イケメン逆ハーレムの野望がうっかり頭を掠めてしまうくらい、素敵な方々だったんですよ。逆ハーって夢とロマンが詰まってると思うんですよね!」
「あのなぁ……昔、八股かけて刺されたってのに、いい加減にしろ!身の丈に合わないことはやめとけ!」
「ぐぅ」
ド正論です。
実際のところ、ああいうシチュエーションになった時は、スパッと街を出ることにしている。
だって面倒くさい。いろいろと。
一回死にかけたし。
「あんた、本当に懲りねえな……」
「そうなんです。気がついたら、いつの間にか修羅場になってるんですよね……」
「その前に、節操なく男に声かけるな。大体、草食系の方が、あんたを金ヅルだとか、ちょいワルの身元が偽りだとか言ってたんだろ?」
「はい」
「完全に、変なのに引っ掛かってんじゃねえか!!」
どちゃくそ怒られた。すみません。
でも、これだけは言わせてほしい。
「……ですが、アルと出会ったのも、修羅場から逃げる途中だったんですよ。そういう幸運もあると思えば、修羅場にも意味があったのかなって。
私はあなたに会えて、本当に良かったと思ってます」
笑顔で言うと、少年は「うるせえよバカ……」と呟いて片手で顔を覆ってしまった。
どうしたんだろう。おなか痛いのかな。
──数々の修羅場(痴情のもつれ)をくぐり抜け、引っ越しを繰り返してきた私だが、アルと出会ったのも、そんな風に街から街へ移動する途中の出来事だった。
そういえば、アルを拾ったのも、こんな深い森の中でしたね。懐かしさに思わず目を細める。
二年前。四股でややこしくなった人間関係から逃げ出そうと、私は住んでいた街を捨てた。
移動の途中、とある森のなかで休んでいたら、何となく近くで変わった気配がした。
その気配を辿って森の奥に足を踏みいれると、草の上に男の子が倒れていた。
それが、アルだった。
黒に近い藍色の髪に、紫水晶のような瞳をした少年は、態度こそふてぶてしかったものの、骨が浮くほど痩せて、服もあちこち破けていた。
森から連れ出し、流れ着いた街で、家とご飯と清潔な服を与えたら、彼は見違えるほど元気になった。
しかし私が何度尋ねても、少年はけして自分の素性を話そうとはしなかった。だから、彼が本当はどこの誰なのか、私はいまだに知らない。
行く当てもなさそうだったので、暫く一緒に暮らしていたある日、「弟子入りさせてくれ」と熱心に頼まれ、悩んだ末に受け入れて、彼は私の弟子になったのだった。
果たして、私のようなダメダメ師匠で良かったんだろうか……とは今でも思う。
それなのに、つい引き受けてしまったのは、彼の境遇に自分を重ねてしまったから、というのもあるだろう。
私は魔女になる前の記憶がない。家族もいない。
それで、孤独なアルに親近感を持ってしまったのだ。
とはいえ、魔女と人間は寿命が違う。いつかやって来るであろう辛い別れに、私は耐えられるのだろうか──
なんて感傷は置いといて。
先に、目の前の問題を解決しましょう。
「イケメンの話は今度じっくり語るとして、本題に行きましょうか。あなたは、次に住むならどんな街がいいですか?」
「どんな街……」
弟子は小さく首をかしげた。
「一度は行ってみたい、と思う街とかないですか?」
「……特にない」
塩対応。いや、カチコチの岩塩対応。
何だろうこの素っ気なさ。でも師匠はめげません。
彼の希望を聞き出そうと一生懸命粘る。
「えーと……好きに希望を言ってくれていいんですよ?温泉のある街がいい、とか、花祭りで有名な街に行きたい、とか。
いつも迷惑かけちゃってますし、あなたの希望を優先しますから。さあさあ、遠慮なくどうぞ!」
「ない。あんたが決めろ」
「うむむ……」
そうか。ないならしょうがない。
私は聞き出すのを諦め、顎に指を当てて考えこんだ。そこで、ふと、旅芸人のイケメンお兄さんから聞いた話を思い出した。
「──そういえば、以前、ラズダル王国国境の街に、素敵なステンドグラスの教会がある、と聞いたことがあります。シュレーデンという名前の街で、街並みもとっても綺麗なのだそうです。
特に希望がなければ、そこにしても構いませんか?」
新しい街を訪れる時はいつだってワクワクする。まだ出会ってないタイプのイケメンに会えるかもしれない、そんな予感で胸が高鳴る。
「…………異論はない」
「ほんとに?」
「オレは、あんたがいれば十分……」
そこまで言って、アルはハッとして口をつぐんだ。
え、なに。いまの。
もしかして……デレた?
デレました??
「わぁ!アル大好き!ずっと一緒です!!」
「くっつくな!暑苦しい!!」
ぎゅうってしたら、またベリッと剥がされた。
ほんと素直じゃないんですよ、うちの子は……
ツンデレなのか。そうかそうか。
「さっさと移動するぞ!」
「はぁい!」
そっぽを向いたアルが怒った声で言う。
でもなんだか嬉しくなって、ついニコニコしてしまう。うちのふてぶてしい弟子にも可愛いところがあるようです。
不機嫌な舌打ちは照れ隠しかな。ふふ。
──正直に言おう。私はこの時、相当浮かれていた。
普段ツンしかない弟子の貴重なデレを見てしまったら、浮かれるなという方が無理である。
いつでも見れるように水晶に焼き付けたい、と思うくらいレアだったのだ。
そして舞い上がった私は、つい調子に乗ってしまった。結果──魔法士にあるまじき失態をおかしてしまう。
うーん、よき師匠になるのって、なかなか難しいですね。




