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いろんな個性を抱えた上で起こされたい!

「実は中一の弟が、このアルバイトにすごく興味を持っていて、一日だけでいいから働いてみたいと言ってるんです。もちろんお給料はいりませんので、一日体験という形で働かせていただけませんか?」

「おうっ!?」


 これは予想していなかったお願い事だった。まさかの新たなバイト希望……!


「それが、去年から不登校になってしまっている子で、このところ人と関わる意欲をなくしてしまっているんです。その子が、私のこのバイトの話を聞いた途端に、自分も幼馴染になって速野くんを起こしたいと言い出したんです」

「おぉ……!」

「私は、遊びではないんだよと、ずっと言い聞かせていました。これは速野くんと私が結んだ雇用契約だし、新しいバイトの募集は今はしていないって。でもどうしても、一回でいいから働いてみたいと言うんです」

「おおお!マジか!そんなに興味持ってくれるなんて、それは純粋にすげぇ嬉しい!ひょっとしてその弟くんも幼馴染に対する情熱があったり?」

「いえ、たぶん、そういうわけではないんですが……」


 なぜか言い淀む宮崎さん。あれ、違うの?思わぬところに同志を見つけたと思ったのに。


「この仕事に私の家族が関係してくることは、正直なところ紗友で終わりにしたいと思っていました。速野くんに迷惑をかけることだけはしたくないとも思っています。だから、断っていただいても大丈夫です。本人にはそのように伝えますので」

「なんで!?全然OKだよ!いやー嬉しいよ!幼馴染に起こされる朝の素晴らしさに共感してもらえるだなんて!俺としてもぜひ体感してもらいたい。OKOK!ぜひ一回起こしに来てと彼に伝えてよ……て、あ、彼、なんだよね。弟、なんだし」

「そうです。紗友の一歳下です。きょうだいの中では次男にあたります」

「ほう……」


 つまり、男子の幼馴染に起こされる朝、ということだよな、これは。女子の幼馴染しか想定していなかった俺にとって、なんというかこのパターンは新しすぎる……。

 いやいやいやなに戸惑ってんだ俺!お前それでも幼馴染について妄想に妄想を重ねた男なのか!?青春を捧げるほどに幼馴染を愛する男だろう!?たとえ男だとしても、幼馴染は幼馴染だ!受けて立たなくてどうする!


「よーし、OKだ!その体験幼馴染、ぜひやろう!」

「ありがとうございます。ただ、少し個性的な子でして。正直なところ、私もどう接するのが正解なのか判断しかねるところがあって……」


 宮崎さんは言葉を探すように喋る。そう言えば、紗友について話す時もこんな顔だった。大事な家族を思うばかりに、心配でしょうがないのだという顔。お姉ちゃんの顔だ。美しい……。

 もうすっかり見慣れた宮崎さんの顔だが、俺はそれでもいちいち目が覚めるみたいに、その美しさにはっとしてしまう。


「あの子が自分から人と関わろうとするのは初めてなんです。そこを応援したいという気持ちを、姉として、どうしても抱いてしまって。それで、こんなふうに速野くんにお願いする形になってしまいました。お恥ずかしながら、弟にほんの少し手を貸していただけるとありがたいです」


 宮崎さんは丁寧に頭を下げた。もぉ、そんなかしこまんなくていいんだけどなぁ。まぁそういうところも好きだけど。


「もちろんだよ!そういう意志は尊重すべきだと俺も思う。やりたいことはやるべきだ。それに、どんな個性的な幼馴染でも、幼馴染それぞれの素晴らしさがあるんだから、彼にもそれを知ってもらいたい!」


 宮崎さんはほっとした顔で笑った。そこで授業開始の鐘が鳴り、俺たちは教室に戻るため、廊下を歩き出す。


「そう言えば今週末だよね、紗友の誕生日」

「はい、日曜日です」

「パーティとかするの?」

「いえ、あの子はそういうの嫌いなので、みんなでケーキを食べるだけです」

「切り干し芋、俺の渡した分でどれくらい買えるかな。さすがに一年分は無理だろうな」

「十分です。買えるだけ買ってプレゼントします。きっと喜ぶと思います」


 ふふっ、と宮崎さんは笑う。喜ぶ紗友の顔でも想像したんだろうか。それは仕事とか学校とか関係ない、ただのお姉ちゃんである宮崎さんの笑顔であり、家できょうだいたちと過ごす時の、素の宮崎さんの笑顔、なんだろう。それはきっと、まだ俺の知らない宮崎さんだ。なんて、なんて胸を打つ可愛さなんだ……!


「うっ……!」


 込み上げてくる感情に、俺は思わず声を漏らした。押し寄せる熱い思いが口から溢れ出しそうで、両手で口を塞ぐ。

 俺の知らない宮崎さんを垣間見ただけでこんな気持ちになるなんて。あまりにも尊いものを見ると、人間はダメージを食らうらしい。くっ、胸が痛いぞぉ。ぐおおおお……!


「速野くん!?大丈夫ですか!?」


 切れ切れの息でははは、と笑って「大丈夫大丈夫」と笑顔で誤魔化そうとした直後、宮崎さんが突然叫んだ。


「横になってください!」


 え?と思っているうちに、宮崎さんに肩の辺りをぐっと押される形で座らされ、そのまま仰向けに倒される。え?えええ??


「動かないでください!救急車を呼んできます!」

「えぇっ!?」


 走り出す宮崎さん。ものすごいスタートダッシュを決めてめちゃくちゃ速い。えーーーー宮崎さん俺をマジの急病人だと思っちゃった!?いやいやいやいや!!


「まま、待って!」


 俺は急いで立ち上がって転げるように宮崎さんの腕を掴む。


「大丈夫!ほんと大丈夫!救急車とか全然いらない!」


 振り返った宮崎さんは、焦りからなのかなんなのか、妙に青ざめた顔をしていた。俺の方が驚いてしまう。


「……そうですか、よかったです。すみません、勝手に慌ててしまって」

「いやそんな、謝ることじゃないよ」


 すみません、ともう一度小さく言うと、宮崎さんは自分を落ち着かせるかのように息を吐いた。その息は少し震えているようだった。

 どうしたんだろう急に。いや、俺が突然悶絶し出したのが悪いんだけど、それにしても、そんなに慌てるほど重病に見えただろうか……。


「……あっ、ごめん!」


 掴んだままになっていた腕を慌てて放す。あーバカ俺!宮崎さんを気安く触るんじゃねぇ!


「大丈夫なら、よかったです……」

「顔色悪いよ?大丈夫?」

「大丈夫です。……けど、少し休んできます」

「保健室まで俺も行くよ」

「いえ、一人で大丈夫です。速野くんは教室に戻ってください」


 宮崎さんは一人で歩き出す。


「宮崎さん、心配してくれてありがとう!」


 背中に声をかけると、宮崎さんは振り向いて笑顔を見せながら首を振った。

 繊細で心優しい宮崎さんなのだ。隣の人間が突然苦しみ出したら、思わずあんなふうに駆け出してしまうのも頷ける。ただなんか、それとは別にこう、事態にすごく怯えているような雰囲気があったのは、なんだ?


 一人残され、俺はさっき宮崎さんを掴んだ手のひらを見つめる。細い腕だったな。

 幼馴染としてなら、だいぶ接近したり、なんなら密着した瞬間だってあったはずだが、ただの俺が宮崎さんに触れてしまうというのはこう、なんとも言えない罪深い行為な気がした。とりあえず、宮崎さんの前で宮崎さんの可愛さに悶絶するのは控えるようにしなければ。後で思い返して一人で悶絶しよう。……それもそれでキモい行為ではあるが、はは。ひとまず、以後気を付けるとする。



 そして、週末。俺は宮崎さんの体調の具合が気になり、メッセージを送ろうかと何度も思った。が、スマホでメッセージアプリを開いた段階で押しとどまる。

 休日に、事務的な用事でもないのに、雇用主がアルバイトに個人的な具合を訊ねるメッセージなぞ送るだろうか。もし月曜日に働けないというなら、宮崎さんの方から連絡が来るはずだ。俺はそれを待っていればいい。そう思うことにしてスマホを手放す。それを何度か繰り返した。


 体調は大丈夫かということの他、紗友へのプレゼントはちゃんと買えただろうかとか、喜んでもらえただろうかとか、聞きたいことはいくつもあった。でもそのどれもが幼馴染の仕事とは関係のないことだった。

 気付けば宮崎さんのことばかり考えている自分に気付き、お前は!それでも!!真なる幼馴染追求者なのか!!!と自らの両頬にビンタを送った。ちょっと鼻血が出るほどに。



 そして月曜日の朝、まだ薄暗い時間。俺は頬に感じるツンツン感に目を覚ます。あぁ、宮崎さん、無事に幼馴染しに来れたのだな、体はもう大丈夫なのだな、と安堵しつつ目を開けると、ブロンドヘアーの見知らぬ女の子がベッド脇に座って俺を見つめながら、人差し指で俺の頬をツンツンしつつ言った。


「勇太せーんぱい。おーきーて。ふふ、まだ朝にはちょっと早いよね。でも、世界が目を覚ます前のまだ何色にも染まってないこの時間が、私、大好きなの。ふふ。ねぇ、秘密のお喋りしよ?」

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