第70話 生死をさまよう
五分待つと、アリシアが戻ってきた。
「この先の家のお庭です」
「(よし、案内してくれ!)こっちだ!」
俺達はアリシアに案内され、一件の家の前に居た。
「(ここか?)」
「はい、そこに居ます」
アリシアは庭を指差した。
生け垣を覗き込むと、ブチの姿が見える。
「あ、居た。間違いない」
「見えるの?」
「ああ。ここから見てみろ」
俺がどくと、楓と飼い主さんは生け垣を覗き込んだ。
俺はそのまま家のチャイムを押した。
ピンポーン。
少し間があった……。
『はい』
小さな女の子の声がした。
「あ、動物保護団体の者です。お父さんかお母さんは居るかな?」
『……居ません』
む、警戒されている。
「すみません、ちょっと出てきていただけませんか? こちらのお庭に猫が子供を産んでいて、それを回収させていただきたいのですが……」
『……猫?』
「はい。お願いできますか?」
『…………』
あれ……不審がられた?
「ちょっと変わって」
楓が俺を押しのけ、インターフォンに顔を寄せた。
「突然ごめんねー。お庭に猫ちゃんが子供を産んじゃったの。その子が今にも死にそうなの。助けてあげたいんだけど、お庭に入れてもらえないかなー?」
『ガチャッ』
インターフォンが切られた。
「切れた!?」
「楓でもダメか……どうするか……」
ブチにこっちまで運んでらうか、アリシアに頼むか……。
ガチャ。と玄関が開き、小さな女の子が出てきた。
「あ……ごめんねー! ちょっとお庭に入らせてほしいんだけど、良いかな?」
「猫? どこに居るの?」
「お庭の端に、お母さん猫が……あ」
楓が言い終わる前に、女の子は庭へ走り、俺達は垣根の隙間から様子をうかがった。
「あ……猫ちゃん……」
「その子、ブチって言うんだけど、そこに子供を産んでてね。すぐに助けないと死んじゃうの!」
「……死んじゃうの?」
女の子はブチを見て立ち止まり、こちらを振り返った。
「ああ、俺達なら助けられる。庭に入らせてくれないか!?」
「……助けられるの?」
「うん! 私達ならきっと、ううん。絶対に助ける!」
「……お庭だけなら良いよ」
「よし、行こう!」
「うん!」
俺達は門戸を開け、庭に回り込んだ。
「ブチ、どこだ?」
「(こっち)」
ブチは家の軒下に入りこんだ。
「え……そこ!?」
ブチの入っていった軒下を覗くと、コンクリートの土台に所々通風用の金網があり、一箇所が壊れていた。ブチはそこから中にはいったようだ。
「ブチ、そこに居るのか?」
「ニャー(ここ)」
「見えないな……」
暗くてよく見えなかった。
俺はスマホを取り出すとライトをONにし、通風口の中を照らした。
ライトは真っ暗な軒下の中を照らすが、ライトの照らした箇所しか見えない。そのままライトを左右に振ると、二つ光るものが見えた。ブチの目だ。
「いた! 遠いな……」
「蒼汰、見せて!」
楓が俺のスマホを奪い取り、中を覗く。
「あ、いた! ちょっと遠いね……どうしよう……」
どう考えても手は届かないし、何か道具を使っても安全に取り出せそうにない。
「よし! 全員玄関に行ってくれ」
「蒼汰? どうするの?」
俺は空を指差した。
「ん……? あ、なるほど、わかった。じゃ、この人に任せて、全員一旦玄関に行こう!」
楓はそう言うと、女の子と飼い主さんの背中を押した。
「どうやるの?」
「ど、どうやって取り出すんですか?」
「大丈夫ですよ。彼なら」
楓はそのまま二人を見えないところまで連れて行く。
「アリシア、頼む!」
三人が見えなくなった所で、俺はアリシアを見た。
「はい!」
アリシアはそのまま軒下に入りこんだ。
「ブチ、そいつに運ばせてくれ。俺だと手が届かない」
「(わかったわ)」
「ニャー、ニャー」
ブチがそう言うと、子猫の鳴き声が聞こえた。
アリシアは一匹、また一匹と運び出す。
「この子は……大丈夫。この子は……まずい、相当弱ってる……」
俺はアリシアが連れ出す子猫たちを、一匹ずつ診ていった。
アリシアが五匹の子猫を運び出し、俺の前に浮かんだ。
「もう一匹は?」
「あそこです」
アリシアは軒下を指差すと、軒下の穴から、最後の一匹を咥えたブチが出てきた。
「よし……。楓! 楓!」
「終わったー!?」
「ああ! 来てくれ!」
俺がそう言うと、三人が走ってきた。
「楓、ミルクを与えろ!」
「うん。どこから?」
「この子とこの子に与えろ。後は体を暖めないとマズい……」
「わかった」
楓は二匹の子にミルクを与え始めた。一匹は元気に哺乳瓶を吸ったが、もう一匹があまり吸わなかった。
「一匹吸わないよ……どうしよう?」
「空さんに電話しろ、今から連れて行く」
「わかった。蒼汰、タオルにくるんで連れてきて」
楓はそう言うと、スマホを取り出し、電話をかけながら走り出した。
「わかった」
俺は哺乳瓶をポケットに入れると、哺乳瓶をくるんでいたタオルで六匹の猫をくるんで抱え上げた。
「お嬢ちゃん、ありがとう! ブチ、戻るぞ!」
俺はそう言い残し、飼い主さんと一緒に楓の後を追って飼い主さんの家に戻った。
飼い主さんの家に戻ると、給湯器でお湯を沸かし、洗面器にためてもらった。
「はい、そうです。はい。はい、わかりました。じゃ、取り敢えず温めておきます。連絡を待ってます」
俺は空さんとの電話を切った。空さんの指示は取り敢えず温めること、心音と呼吸を確かめ、もし心臓が止まったり、呼吸が止まったりして、可能性があると思ったら心臓マッサージと人工呼吸をすることだ。そして空さんは最後に「完全に冷たくなって死んでいる子は無視。そうしないと他の子が助からないよ」と言い残して電話を切った。
子猫の体温を確かめる。確実に動いている子は無視し、動かない三匹に触れる。
「この子は……まだ暖かい。この子は……大丈夫だ。この……」
三匹目を持ち上げた時、違和感があった……硬かったのだ。
最後の一匹は、完全に冷え切って、死後硬直していた。
「くっ……あと一時間早かったら……」
「蒼汰、車を前につけたよ! ……蒼汰……? 蒼汰、大丈夫?」
楓が叫びながら家に入り、部屋に入って来て俺を見ると、俺の隣にしゃがみ、俺の顔を覗き込んだ。
「……一匹……救えなかった……」
「蒼汰、仕方ないよ。ほら、急がないと他の子が死んじゃうよ……」
楓は俺の肩を抱き、揺すった。
「……そうだな……ブチ、すまん、この子は救えなかった……」
俺は手の中の死んだ子を、そっとブチの隣に置いた。ブチはその子を舐めた。
「それで? 空、なんだって?」
「あ、急いで体を温めて綺麗にしろと、これからレンコントに戻ると間に合わない可能性が高いから、今から近くの動物病院に電話して、対応してもらえないか聞いてみると。だからここで待たせてもらう」
「わかった。お湯は……あれか」
楓は振り返ると、立ち上がって台所へ行くと、飼い主さんが洗面器にためたお湯を見た。
「こっちでやる?」
「いや、こっちに持ってきてくれ。ブチの見える所でやってやろう」
「わかった」
楓は湯の入った洗面器を持ってきた。
俺は動きの鈍い子を抱き上げ、少しずつお湯をかけて体を綺麗にしてやりながら、温めた。楓ももう一匹を抱き上げて同じように始めると、飼い主さんはもう一匹を抱き上げて同じように始めた。
後二匹は確実に大丈夫だ……この三匹さえ安定させられれば……。
「あ、動いた!」
楓が叫び、楓の手の中の子を見ると、手足を動かし始めた。
「よし、そいつは大丈夫そうだな……すみません。タオル、いえ、ボロ布でもいいので何か個別にくるむものをいただけますか?」
「はい」
飼い主さんは手の中の子猫を楓に渡すと立ち上がり、後ろのタンスを漁るとタオルを十枚ほど取り出した。
「これ、使ってください」
「ありがとうございます。後、子猫に印をつけたいんですが、何かカラーゴムのようなものはありませんか?」
「あ、前に使ったものが……」
飼い主さんは別の部屋へ出ていった。
「私も手伝っていいですか?」
シロミちゃんの飼い主さんが言った。
「はい、その子を温めながら洗ってください」
「はい」
シロミちゃんの飼い主さんは楓から一匹を受け取ると湯につけ、洗い始めた。
ふと見ると、ブチは体の中心に死んだ子を置き、周囲を取り囲み温めるかのように丸くなっていた。もう舐めては居なかった。
察したのか……?
俺は手の中の子猫を洗い終え、湯につけたまま指先で心音をチェックする。トントントントントンと、指先に鼓動を感じる。動いてはいるけど、弱い……。子猫を抱き上げ、耳に寄せる。
「ハァ……ハァ……ハァ」細かく小さな呼吸音がする。
「楓、この子を拭き取って、タオルでくるめ。その子を預かる」
「うん」
楓は俺の子を受け取り、楓から受け取った子の胸に指をあてて心音を確かめる。うん、動いてる。耳に口を近づける。
「あれ……?」
「どうしたの?」
「呼吸が止まった……ふぅ……」
俺は子猫の顔を咥えると、小さく息を吹き込み、離して腹を見る。シューと腹がしぼんでいく。少し多いか? 再び顔を咥え、今度は少なめに吹き込み、離して腹を見る。これを三回繰り返して口元に耳を寄せた。
「ハァ…………ハァ、ハァ」
「戻った! そっちの子、見せてください」
「はい」
シロミちゃんの飼い主さんからもう一匹を受け取ると、俺の手に持っていた子を渡す。
心音は……ない……。
「くっ……」
俺は子猫を左手に持ち、右手の人差指で左の心臓付近を軽く押す。テキストには身体の三分の一が沈む程度と書かれていたが、骨が折れないか心配だ……。
クックックックックッ。と小刻みに、先ほど別の子猫で感じていたリズムで小さく押すと、人工呼吸をして、腹が小さくなるのを見る。
「これでいいですか?」
飼い主さんがカラーバンドを持ってきた。
俺は子猫をくわえたまま、楓に目配せをする。
「はい。ありがとうございます」
楓が答えて受け取ると、手早く子猫にカラーバンドを付けた。
「はい、その子はピンク。小鉄と同じ色」
「ああ。ありがとう」
俺が子猫を差し出すと、楓は子猫にピンクのバンドを付けた。
生き残れる様に、小鉄のように、力強く、生きてくれるように……。
「俺と同じって言っても、早死ににしては早すぎるぞ……。ふぅーっ……。お前、俺の十分の一も生きてないだろ……ほら……頑張れ……」
俺は心臓マッサージを続けた。
「頼む……生きろ……ふぅーっ……」
生きてくれ……!
リーン、リーン。俺のスマホの電話が鳴った。
「楓!」
「うん」
楓は俺のポケットから電話を取り出すと、電話に出た。
「空? あたし。うん、うん……今、一匹死んじゃって、三匹は元気。二匹をケア中。蒼汰が一匹蘇生した。二匹目を蘇生中。うん……うん、ここから五分? うん、わかった。安全運転で行く。じゃ、車に乗ったら私のスマホから電話するよ。うん。じゃ、後で」
楓は電話を切って俺のポケットに入れた。
「あの、近くの動物病院で『ラック動物病院』ってご存知ですか?」
「はい、うちの行きつけです」
「よかった……そこで獣医師さんが待っていてくれてます。私たちは二人で子猫を連れていきます。車は?」
「あります」
「じゃ、ブチをケージに入れて、先行してください。蒼汰が落ち着いたら出ます」
「わかりました。ごめん、またお願いしてもいいかしら?」
「うん、もちろん! お家は任せていっといで。ずっと待ってるから」
飼い主さんはシロミちゃんの飼い主さんに家の留守をお願いすると、ブチをケージに入れて持ち上げると、家を出た。
しばらくすると、外でエンジンがかかる音がした。
「よし、戻った! 楓、行くぞ!」
二匹目が生還した。
「うん! すみません、お願いします!」
「ここは任せて、頑張ってね!」
「はい!」
俺と楓は子猫を六匹全て抱え、家を出た。
楓はいつもよりも安全運転で、ブチの飼い主さんの車を追った。
「楓、お願いがある……」
「何?」
楓はバックミラー越しに、後部座席の俺を見た。
「今から俺が話すこと、全部聞かなかったことにしてくれ」
「……わかった」
楓はそう言うと、前を見た。
「アリシア、良く聞け。これからエンパシーをONにして、こいつらに触れる」
「え! ダメですよ! そんなことしたら、蒼汰が死ぬかも」
「そこで、頼みがある。たしかに俺が触れたらそのまま動けなくなって、離せなくなる可能性がある。だから、お前の手で、俺を子猫に触れさせ、すぐに離してくれ」
「なるほど……わかりました」
「よし、エンパシー、ON」
「はい」
ピッ。
体の神経が研ぎ澄まされる……。
「アリシア、頼む」
「はい」
アリシアは俺の手をつかむと持ち上げた。
「いいですか? いきますよ?」
「おう」
アリシアが俺の手を一匹目の子猫に付けた。
「うっ……くはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「どうですか?」
「息が詰まる……こいつは肺にに問題があるかも知れん……」
『ブルーは肺』 俺はスマホのメモ帳に記入した。
「よし、次はレッドちゃんだ」
「はい、いきますよ……えい」
「……大丈夫だ」
『レッド、問題なし』
「よし、次。イエロー」
「……こいつも大丈夫」
『イエロー、問題なし』
「次は……ピンク」
「っ! ……(やばい、この子、心臓が……痛い、痛い痛い痛い)……はっ、はぁ、はぁ、はぁ……危なかった」
「大丈夫ですか?」
「ああ。ピンクちゃんは心臓だ……」
『ピンク、心臓が痛い』
その後、残りの二匹をチェックした。
『グリーン、背中に痛み、息が苦しい』
『パープル、足が痒い』
「蒼汰?」
「もう大丈夫だ、終わった」
「空に電話して。今から行く男の子が言う無謀なことを信用してもらえるように、伝えてもらって」
あ、そうか……そうだよな……。こんなことしても、信用してもらえる筈などない。と言うか、空さんから伝えてもらったとして、信用してもらえるだろうか? だが、今はそうするしかない。
「わかった」
俺は空さんに電話をし、今の状態を伝えた。




