第69話 救出作戦
「ああ、多分間違いない。すみません。子猫用のミルクとか、ありませんか?」
「あ、昔買ったものがまだ……使えるかしら?」
飼い主さんはそう言うと別の部屋へ行った。
「ブチ、お前の子供、外にいるんだな? どこだ?」
「(言えない)」
「なぁ、俺はお前の子供を助けたい。教えてくれないか」
「(教えない)」
「んー……じゃ、相談だ。この家でお前の子供を飼ってくれるとしたら、お前はこの家で一緒に暮らしたくないか?」
「(子供は捨てられる。だから教えない)」
「捨てられる……?」
「(子供は一人を残して、皆捨てられる)」
「まだ、賞味期限は切れてません。使えますか?」
飼い主さんが粉ミルクの箱を持って戻ってきた。
「あ、使えますね。あの、その前に一つ質問があります」
「何でしょうか?」
「この子達の兄弟は、今どこに?」
俺はシロとクロを指差した。
「ああ、知り合いのところと、近所に居ます」
やっぱりそうだ……。
「わかりました。すみませんが、急いで子猫用のミルクを作っていただけませんか?」
「あ、はい……でも、子猫はどこに?」
「実は、外で産んでるんです」
「外で!?」
「はい」
「でも……ブチは二度、ここで産んでますけど……」
「ブチは二度ここで子供を生み、その子供を二度とも捨てられたと勘違いしています。それで今回、捨てられないために外で産んで、育てているんです」
「え……ブチ……そ、そんな……。子、子供はどこに!?」
「教えてくれません。でも、外に出たがっているので、追えば見つかると思います。ただ、問題が……」
「問題……?」
「はい。見つけたとして、それを回収しようとしたら全力で阻止されるでしょう。そして、見つかったとわかった時点で、ブチは子猫を他の場所に移動します。そして二度と、追わせてはくれないでしょう。現時点では、あなたはブチの敵なんです……」
「わ、私が……敵……」
飼い主さんは呆然とした……。
「楓、ミルクを作ってくれ」
「うん。お台所お借りしますね!」
「あ……はい」
楓はミルクの箱を受け取ると、台所へ向かった。
「ど……どうしたら?」
「方法は二つ。一つはブチを説得して納得して貰う方法。ただ、成功する可能性はとても低いです。何しろ自分の子供を二度捨てられたと思っているのですから……。もう一つは、この家で生まれた子猫を一匹も譲らず、育てると約束し、実際に育てる方法。そして最後に、ブチに去勢手術を行うことです」
「な、何匹増えるんでしょうか?」
「わかりません……猫は三から六匹、多い時は十匹産みます。実際に見てみないとそれは何とも……」
「あ、あの……数を確認してからじゃ、ダメですか?」
「ブチになんと説明しますか?」
「…………」
飼い主さんはブチを見た。
ブチはずっと窓をひっかき続けていた。
「……飼います。全部飼います!」
飼い主さんは俺を見た。目には決心が見えていた。
「わかりました。では、説得してみます」
俺はブチを見た。
「ブチ、お前が外で産んだ子、全部ここで飼ってくれるってさ」
「(嘘! 二度も捨てられた)」
「捨てたんじゃない。他の家に貰われていったんだ。お前の子どもたちは近くで幸せに暮らしているぞ」
「(嘘! ここから出せ!)」
「ダメだ……信じてもらえない……。あ、近くにこの子の兄弟が居るんですよね? 一匹、連れてこられませんか?」
「あ、わかりました!」
飼い主さんはそう言うと、部屋を出ていった。
少しして、隣の部屋で電話をする声が聞こえていた。
「ブチ、今からお前の子供に会わせてやる。本当に幸せに暮らしていると、自分の目で確認しろ」
「(…………)」
ブチは黙って俺を見ていた。
ピンポーン。十分後、家のチャイムが鳴り、飼い主さんが出ると、別の人がケージを持って入ってきた。
「ブチー。久しぶりだねー! あんたの子供連れてきたよー。シロミ出ておいで」
その人はケージを床に置くと、扉を開いた。
中からゆっくりと、真っ白い、丁度シロによく似た猫が顔を出した。
ブチはキャットタワーから飛び降りると、その子の前に行き、そのままシロミを舐め始めた。
「あ、やっぱり分かるんだねー」
シロミの飼い主さんは、嬉しそうに言った。
ブチはシロミを舐め続け、シロミはブチに甘えていた。
「(他の子は?)」
「他の子も同じだ。近くの家に住んでいる。な、捨てられてなんか居ないだろ?」
「(……新しい子供は捨てないの?)」
「少し相談がある」
「(なに?)」
「この家にはお前を含め、三匹の猫が居る。これはけっこう大変なことなんだ。お前のお母さん、こちらの飼い主さんが、お前の子どもたちの幸せを願い、大切にしてくれる人を探してお前の子どもたちを譲った。そしてその子供の一人、シロミはこんなに元気に育っているし、幸せそうだ。それは分かるよな?」
「(わかる)」
「それは、この家で飼い続けるよりも、ずっとこの子達が幸せになれると、そう思ったからしたことだ。お前が子どもたちに会えなくなって寂しいのは分かる。でもな、子どもたちの幸せを願う親ならば、飼い主さんの、お母さんの気持、お前には分かるんじゃないのか?」
「(…………わかる)」
「じゃ、俺はお前の子供を助けたい。お前の新しい子に会わせてくれ。何匹居るんだ?」
「(六匹居た……三匹動かなくなった……)」
「えっ……何だって!?」
「蒼汰、ミルク出来たよ……どうしたの?」
楓がミルクを哺乳瓶に入れ、タオルで巻いて部屋に入ってきた。
「た、大変だ! 六匹生まれて、三匹動かなくなったって今!」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
楓と飼い主さんとシロミの飼い主さんは同時に叫んだ。
「ど、ど、どうしよう……」
楓がうろたえ始めた。
「落ち着け。ブチ、そのままだと全員死ぬぞ、急いで俺達を案内しろ!」
「(……わかった。開けて)」
「この窓の外は? どうなってますか?」
俺は飼い主さんを見た。
「へ、塀があって、そこをいつも歩いていきます!」
「そこへ案内してください。ブチ、塀の上で待て!」
「(わかった)」
俺はブチの返事を聞くと、窓を開けた。
ブチはひょいと窓を出て、すぐ外の塀の上に上がってこちらを見た。
「そこからどっちへ行く?」
「(こっち)」
「左へ行くそうです。その先へ案内してください!」
「はい! あ、ごめん、ちょっとここをお願いしてもいいかしら?」
飼い主さんはシロミの飼い主さんに言った。
「あ、うん。わかったから、急いで!」
「うん。お願いね! こっちです!」
飼い主さんは俺達を連れて外に出ると、家をグルッと回り、塀の先へ出た。
「ブチ! こっちだ!」
俺がブチを呼ぶと、ブチはゆっくりと歩いてきた。
「ニャー!(こっち)」
ブチは塀の角を曲がり、横へそれて歩き出した。
「え!? そっち!? くっそ……」
「ちょ、ちょっとダメだよ!」
俺が塀に登ろうとすると、楓に止められた。
「なんで!? 追いかけられないだろ?」
「ダメだってば、通報されちゃうよ!」
「くっ……どうすれば……」
「私が追いかけましょうか?」
アリシアが言った。
「(お前、あいつと喋れるのか?)」
「もちろんです」
「(じゃ、追いかけて説明しろ。場所がわかったら知らせてくれ)」
「はい。じゃ、行ってきます」
「(頼む!)」
「ど、ど、どうしよう……見失っちゃうよ!?」
楓がうろたえていた。
「安心しろ、追いかけさせた。俺達はここで待とう」
「え……追いかけ……。あ、あの子だね!?」
「ああ」




