第35話 再会と再認識
その日の夜。
「一体どこが……いや、何が……気に入られたんだろ……?」
俺は自分の部屋で机に向かい、藤崎から受け取ったプレゼントとにらめっこしていた。
家に帰ると俺の誕生日会が開かれた。もちろん、友人を呼んで行うようなものではなく、家族で、家族から祝われるだけの、普通の誕生日会だ。まぁ、そう言う意味では「誕生日会」なんて言う言い方も正しくないのかも……。誕生日を祝われた。ただ、それだけの事だった。それでも一つだけ嬉しいことがあった。段々と大人になっていくに連れ、世間のことを知り始めると、親にプレゼントをねだるのも気が引けるようになった。それでも、一つだけ頼まないと実現できないものがあった。
両親からのプレゼントはスマホ。俺が頼んで買ってもらった。これでガラケー人生ともおさらばでき、数少ない友人とSNSでチャットすることだって可能だ。
まぁ、そんな機会もそうそう無いんだろうけどな……。
スマホの本体は買ってもらった。今現在は両親に通信代も払ってもらっている。故に俺のスマホにはペアレンタルロックがかかっている……。
「バイトでもしないとマズいか……?」
そしてそのスマホには、藤崎から貰ったストラップが付けてある。スカイブルーと紺の細い縞々の袋状に編んである柔らかい紐に、一つ留め具のようなものが付いた、何とも普通で、でも俺の好みの、如何にも俺が買いそうなストラップだった。
「ってか、何で藤崎は俺の好みを知ってるんだ……?」
そんなことを言いながら、俺は机の上のスマホについたストラップとにらめっこをしていた。つまり、俺は自分の隣りに座っている女子、藤崎のことを何一つ、知らないのだ……。
「うーん……これってどうすれば……」
「蒼汰くん」
「ん?」
俺は後ろから声をかけられ、椅子を回転させて振り返った。妹の恵美がこっそり入ってきたのかと思った。
だがそこには、見たこともない外国人の女の子が、黒いメイド服を着て、俺に顔を寄せていた。
「えっ……!?」
俺は椅子の背もたれに身を引いて固まった。
「えい」
その女の子はおもむろに人差し指を俺の額にくっつけた。丁度「こーいつぅー」と額を突くような、そんな動作だった。
「な……何」
俺がそう言いかけた時、俺の視界に沢山の映像が流れ込んだ。物凄い早回しで映像と音が流れていた。物凄い早回しなのに、何故か詳細に理解することが出来ていた。同時にそれが頭のなかに流れ込み、蓄積されていくような、妙な感覚があった。
「痛っ……」
俺は頭の所々が痛み、口からそう漏らした。
「大丈夫ですよ……少し脳に負担がかかるので痛みますが、害はありませんから」
外国人の女の子は、優しくそう言った。
「…………」
そのまま映像と音が流れ続け終わると、俺の頭の中にはもう一人の自分が居るような、まるで誰かが頭のなかに入ってきたような、そんな感覚が出来ていた。
俺はどっちなのだろう? そう思っていた。
「小鉄……じゃなかった、蒼汰」
「…………え?」
なんだ……? 小鉄……? その名前……。
「あ、今回は戻ってくるのが早いですね。さすが二回目」
「……アリ……シア?」
「はい。お久しぶりですね。蒼汰……ってなんかこの名前、まだ変な感じがしますけど……」
その口調、その姿……。
俺の中に入り込んだ、様々な記憶の節々が相関して繋がっていく。
「おお! アリシア!」
俺は立ち上がり、目の前に浮いているアリシアを抱きしめた。
「え……。ちょ、ちょっと! 蒼汰! あなた、そう言うキャラじゃないですよね!?」
「アリシア……」
俺はギューっとアリシアを抱きしめた。
「蒼汰……。あなた、私のことをそんな風に……」
「いや、それは違う」
俺はアリシアをパッと離した。
「……え? ……まだ情緒不安定ですか? ってか、感動の再会は!?」
アリシアは俺に両手を差し出した。
「もういい」
「ちょ! もういいって、何ですかそれ!? いくら最近の子供は冷めていると言っても、それはあんまりなんじゃ」
「いや、そう言われても……ねぇ……」
「……蒼汰! 感動の再会の再開を要求します!」
アリシアは再び俺に両手を差し出した。
「お前……わがままになってないか?」
「いいえ。私は最初からわがままなんです!」
「あぁ、そっか」
「ほら! そのままなぁなぁになんてさせませんよ!」
アリシアは両手を突き出した。
「え……やっぱやるの?」
「嫌なんですか!?」
「んー……嫌ではないかな……だが」
「もう、面倒くさい人ですね! えい」
アリシアはそう言うと、俺に抱きついた。
「うおっ!」
さっきは気づかなかったが、今度はアリシアの柔らかい感触が伝わってきて、焦った。
「ほら、ギュッとして下さい、ギュッと」
「あ、ああ」
俺もアリシアを抱きしめた。柔らかくて……暖かかった。女の子って、こんな感じなのか……。
「俺、人間になったんだな」
アリシアが満足し、俺が椅子に座ると、アリシアは俺のベッドに腰掛けた。
「はい。あなたは前世の評価も高かったですし、元々高位の魂でしたから」
「あ、七回目の人間……なんだっけ?」
「そうですね。間に猫が挟まってますけど……」
「だな」
俺の前世は小鉄という猫だった。やっとルシアの基礎知識と前世と今の記憶の整理がつき始め、前世と現世という別の判断ができるようになってきた。
「あれ……?」
小鉄って……。知ってるぞ。
「どうしました?」
「……確か小鉄って、十年以上前に大ブームを巻き起こした、有名なタレント猫……じゃなかったか?」
俺はアリシアを見た。
「ああ……この時間軸だとそうなりますね」
「時間軸……? あれ? あの小鉄って、俺なのか?」
「はい。何が疑問ですか?」
「いや……アパートとか、楓とか、美月とかは思い出せるんだが、場所とか、時間が曖昧で……」
あの小鉄が俺の前世だったとして、その思い出はいつだったのかとか、アパートの場所とか、そういう物が思い出せなかった。
「ああ、それは制限がかかってるんですよ」
「制限?」
「はい。前世と現世は互いに関連しないように、制限がかけられています」
「何故だ?」
「あなたが楓のストーカーにならないように!」
アリシアは人差し指を立てて俺を見た。あ、なんかこのポーズ、見覚えがある。
「……ん? 楓と美月はこの世界で一緒に生きてるのか!?」
「え……? あ。えーっと……。それは秘密です!」
「いや、バレバレだから。てか、何で秘密なんだ?」
「ぐぬぬ……。私の口からは何とも……」
アリシアは目を逸らした。
「言えないのか?」
「ええ……基本的に前世と現世は相関してはならないんです」
「そうなのか……じゃ、仮に。俺と楓が街でバッタリ出会ったら?」
「ああ、そんなことはないと思いますけど。仮にそうなってしまったら、それはアリです」
「アリなのか?」
「ええ。運命の輪がつながっているなら、必然的にそうなるでしょう。ですが、そうではない状態で、前世の記憶を辿って一方的に会いに行ったりすることは出来ません。というか、出来なくしているんですよ」
「ふーん……それは秘密じゃないのか?」
「え……? あ! 謀りましたね、小鉄!?」
アリシアは立ち上がり、身構えた。
「いや、謀ってない。ってか、俺は小鉄じゃない!」
「ぐぬぬぬ……このアリシアちゃんを謀るとは……パラメーターをフルフラットにしたので、少々手加減していましたが……」
フルフラットって……。まぁ、確かに全部均等に割り振ったが……。
「そっか……同じ世界を生きているのか……」
俺は腕を組んで宙を見た。
「って、無視!?」
「あ、そうだ」
俺はアリシアを見た。
「…………」
アリシアはベッドに座り、ふてくされていた。
「(アリシアって、なんだかんだ言って、可愛いよな)」
俺はアリシアに向かって念じてみた。
「え? 急にどうしたんですか……気持ち悪い」
アリシアは怪訝そうに俺を見た。
ん? 通じた?
「(いや、ずっと思ってはいたんだが、こう、中々伝えられなくてな)」
「え……。そ、そうなんですか? いえ、そんな改めて言われると……。もちろん美少女なのは解ってるんですけど、こう……」
アリシアの目線は宙を泳ぎ、もじもじし始めた。
あ、伝わるんだ。
「よし、テストOK」
「は……? テスト?」
アリシアは俺を見て、首を傾げた。
「ああ。ルシアにやってもらった喋らずに気持ちを伝えるテストだ」
「……蒼汰。あなた、私を怒らせるの、前より上手くなってませんか?」
アリシアは不満そうだった。
「あ、テストとは言っても、嘘はついてないぞ」
「……もぅ、口まで上手くなってるじゃないですか……。まぁいいです。許します……。って私、こんな風に手玉に取られてても良いんでしょうか……」
アリシアは溜息をつくと、項垂れた。
「いや、別に手玉に取ってはないだろ?」
「そうですか?」
アリシアは俺を見た。
「ああ。また、宜しくな」
俺は立ち上がり、右手を出した。
「はい。宜しくお願いします」
アリシアは立ち上がると俺の右手を握り、そのまま引き寄せて俺を抱きしめた。
「お、おい……」
「蒼汰……前世はありがとうございました」
「何だその、別れの言葉みたいなのは?」
「いえ、まだお礼を言えていなかったなと」
「……何で急に?」
「蒼汰が転生してから十六年。私なりに考え続けていたんですよ」
「そっか……」
俺は優しくアリシアを抱きしめた。少し、楓に抱かれていたときのことを、思い出していた。
「お兄ちゃん、お母さんがちょ……」
突然部屋のドアが開き、恵美が中に入ってくると、俺を見て固まった。
こいつは「櫻井恵美」、俺の二つ下の妹だ。
「キモっ……!」
バタン!
恵美は眉をしかめてそう言うと、勢い良くドアを閉めた。
「お母さんが、ちょっと来てってさ!」
恵美はドアの外でそう言うと、そのまま足音が去った。
「お前、見えないんだよな?」
俺はアリシアを見た。
「ええ」
アリシアは恵美が出ていったドアを見ていた。
俺とアリシアはまだ抱き合っていた。なので、恵美の目からは俺が一人で抱き合うような格好で目をつぶっていた、一人で何か良からぬことを妄想している様に見えた、と……そういう事だ。
「しかしお前、本当に美少女なんだな……」
「え……? もしかして……人間になって、正しく理解できるようになったんですか? と言うか、今更!?」
アリシアは俺を見た。
「ああ、そうかもな」
アリシアは前世に増して、さらに可愛く見えていた。とても魅力的に見え、前世の記憶と相俟って、とても変な感じがしたが、それは黙っておく事にしよう……。これ以上、無駄に喜ばせる必要もないだろう。




