第34話 櫻井蒼汰
俺は「櫻井蒼汰」十六歳。
と言っても、今日が誕生日で、まだ十六歳になってから十二時間も経っていない。
二ヶ月前の今年の四月、俺は私立の平均的な共学の高校の普通科に入学し、毎日電車で高校に通い始めた。特になりたい職業もなく、ただ何となく「電車通学」と言うものに憧れ、家から一時間ほどかけて通学する、この私立高校を選んだ。
高校には思った通り、俺のように「目的のない人」が集まっていた。ただ、それが全てではなく「進学目的の人と、目的のない人」の両極端な同世代が集まっていた。
だからと言って進学目的の人が目的のない人を馬鹿にしているわけでもないし、目的のない人が進学目的の人を笑うこともない。と言うのも、進学目的と言っても有名な高校に入りそびれた人が集まっており、目的がないと言っても、頭が悪い人が集まっているわけでもない。むしろ進学目的の奴らよりも目的がない奴らのほうが偏差値が高い事もあるくらいだ。
なので、特に大きな対立があるわけでもなく。平々凡々と日々は過ぎていった。
そしてこの高校では部活動が盛んだった。
俺は部活には入っていないし、入る気にもなれなかった。大人は「スポーツで汗を流せ」と言うが、とてもそんな気分にはなれなかった。目的がないからと言ってただダラダラと過ごしたい訳じゃない。むしろ逆。その目的がないことに危機感があり「何かをしなくては誰にも勝てないのでは?」という焦燥感があったのだ。少なくとも俺はそうだった。
そして今、六月。
あと二週間で期末試験が始まり、それが終わると七月半ばからはもう夏休みが始まる。俺は成績は中の上。特に良くもなければ悪くもなく、試験に関しても試験勉強なんかしていない。もちろん、夏休みが嫌なわけじゃない……。ただ、何かをする用事も無ければ、予定もない……。俺の高校生活はこのまま何もないまま、終わるんだろうか……? って言うか、このまま普通に高校を出て、大学を出て、普通に働くんだろうか……?
人生ってこんなもの?
「高校生って、何をすれば良いんだろな……」
俺は数学の授業を受けながら、ぼーっと外を眺めていた。
いや、高校生は勉強するものだってのは解ってる。だが、大人からすれば「学校の勉強なんて、社会に出たら何の役にも立たない」という意見も多い。もちろんその逆の意見だってあるんだが……。
「勉強って……何のためにするんだろうな……」
「全くだな」
俺がつぶやくと、前の席の田辺が振り返った。
こいつは「田辺伊織」。俺の同級生で親友……って事にしておこう。ただ、席が近いというだけでよく喋るようになったが、実際こいつが俺のことをどう思っているのかは知らない。
「お前は頭がいいからいいだろ」
「いや、お前だって頭が悪い訳じゃないだろ」
「んーまぁな。けど、お前はモテるしな」
「お前もその気があれば、モテると思うぞ?」
「そうかぁー?」
「ああ。な?」
田辺は俺の隣の女子、藤崎を見た。
「…………」
藤崎は田辺を一瞥すると黒板を見た。
「迷惑だそうだ」
田辺は俺を見た。
「ほれ、授業中だぞ、前を向け」
「へーい」
田辺は前に向き戻った。
「櫻井くん……」
藤崎は前を見たまま、つぶやくように言った。
「ん?」
「田辺くんとは付き合わない方がいい」
「……どうして?」
「……櫻井くんの品格が下がる」
「俺には品格なんてもんはない」
「そう思ってるのは自分だけ」
「……藤崎はそう思うのか?」
藤崎は何も言わずに前を見たままコクリと頷いた。
「ありがとな」
俺がそう言うと、藤崎は顔を赤らめた。
「でも、友達は自分で選ぶ。けど、ありがと」
「……好きにすればいい」
藤崎の顔はさらに赤くなっていた。
「おう」
俺はそのまま前を見た。
黒板には数字と記号が並んでいた……。
これが後の人生の役に立つとは思えなかった。
俺にはよく他愛もないことを考える癖があった。
どうして国は別れているのか、なんて大仰な事を考えてみたり、それこそ何で勉強するのかなんてことをだ。強いて言えば思考ゲーム。そしてその中に、俺の大きなテーマ、ずっと考え続けて答えが出ないテーマがあった。
「人は何の為に生きるのか?」というテーマだ。
きっとこの答えは人それぞれだと思う。これを「生き続ける理由」と捉えた人は「家族とか、恋人のために」と答える。そして「人類はどこから来てどこへ行くのか」と捉えた人は、もっと哲学的な、科学的な答えになるだろう。だが、俺が考え続けているのはそこではない。
「人はどうして生かされているのだろう?」だ。
「人類はどこから来てどこへ行くのか」というものに近い様に聞こえるかもしれないが、そうではない。「俺は何の役に立つために、生かされているのか?」だ。実は結構小さい頃から考えていた。それこそ最初は小学三年生くらいだっただろうか……? そのくらいから考え続けていた。もう少し砕いて言えば「自分には何が出来るのか?」ということだ。
そしてその答えが出せないまま、もう七年近く経っていた。
いつになったら見つかるのだろうと、焦っていた。
放課後。
「今日はどうする?」
「帰る」
「そっか。じゃ、またなー」
田辺はそう言うと、先に帰った。
「おう」
俺はずっと田辺の誘いを断り続けていた。入学して、仲良くなってからずっと……。にも関わらず、そんな付き合いの悪い俺を、田辺はずっと誘い続けてくれていた。特に用事なんて無い。バイトもしていなければ、どこかへ行く用事も無い。ただ何もしたくない。それだけの事だ。
何かしなくちゃいけないんだけどな……。
そんな焦りだけが募っていった。
「藤崎は部活か?」
俺は帰り支度をしながら藤崎を見た。
多くの生徒は教室を出て、帰宅したか、部活に行ったかで教室には俺と藤崎以外には残っていなかった。いつもの様に授業が終わって、ただぼーっと外を眺めていたら、こんな時間になってしまっていた。
「……うん」
「そっか。じゃ、また明日な」
俺は立ち上がり、藤崎の後ろを抜けて……。
「あの……」
「ん?」
机の間の通路を抜けようとした時、藤崎に声をかけられ振り返った。
藤崎は座ったまま、机の中に入れていた両手を出した。手にはきれいな包み紙でラッピングされた物を持っていた。
「これ……」
藤崎は立ち上がると、それを俺に差し出した。
「え……? 俺に?」
俺は自分を指差した。
「うん……おめでとう」
「……え? 藤崎、俺の誕生日知ってるのか?」
藤崎の言葉ですぐに理解したが、同時に信じられなかった。
「……うん」
「あ、ありがとう……」
俺は手に持っていた鞄を肩にかけ、両手を差し出してそれを受け取った。
俺は少なからず動揺していた。動揺して、高揚していた。同い年の異性からプレゼントを貰うなんてイベント、俺の人生に用意されているとは思いもしなかった……。そりゃいつかは誰かを好きになって、誰かと結婚するんだろう……なんて風には思っていたが、それが今、こんな風に突然やってくるとは、思っても見なかった。
「じゃ……」
藤崎はそう言うと、俺の前を通って教室を出ていった。
「……おう」
俺は誰も居なくなった教室に一人ポツンと立ち尽くしていた。藤崎が出ていった教室の後ろのドアを見て、手には生まれて初めて同年代の異性から貰った誕生日プレゼントを持っていた。




