第25話 猫、高級離れに泊まる
カフェを出ると俺は再びカゴに入り、周遊バスで河口湖を一周すると、そのままそのバスで河口湖駅へ戻った。
「なんかちょうどいい時間ね」
「うん、とっても楽しかったぁ……」
「ね!」
「うん!」
楓と美月は顔を見合わせて笑った。
再び富士急行の列車に乗り込み、二駅戻って今夜の宿の最寄り駅、富士山駅で降りた。今回は富士山ビュー特急ではなく、各駅停車で二両編成の普通の田舎の電車だ。これはこれで趣があって良い。
富士山駅を出ると目の前にタクシー乗り場があった。俺達がタクシーに乗り込むと、美月が宿の名前を告げ、タクシーは一路宿へ向かった。
タクシーは富士吉田の街の中を走っていた。
「ここって、さっき見えてたところかな?」
「あ、山の上から?」
「うん」
「どうかしらね……」
「山の上って、ロープウェイで行きました?」
運転手が聞いた。
「はい。とてもいい景色でした」
楓が答えた。
「それなら、そこから見えてた街とは違いますね」
「あ、そうなんですか?」
「ええ、あそこから見えるのは河口湖の街で、今走ってるのは、そこから見ると左手の見えない場所なんですよ」
「なるほど……」
「今から行く宿、良いらしいですね。私は泊まったことはないんですけど」
「そうなんですか?」
美月が聞いた。
「ええ、結構お連れするお客さんも多いですよ。ペット可であそこまでいい、和風の宿って少ないらしいんで」
「ああ、確かに……」
美月は納得していた。
宿を選ぶ時、ペット可の宿はどこもホテルやペンションで洋風だったのだ。最初は片道一時間程度の場所を探したが、良さそうなところが見つからず、そのまま片道二時間を超えるこの宿に決めていた。
「それに、今日は見えそうですね」
運転手は空を見上げた。
「何がですか?」
美月が聞いた。
「星です。このあたり、星が綺麗で有名なんですよ。特にこれから行く宿は周囲に何もないんで特に綺麗らしいです」
「あ、そうなんですか!?」
「ええ、是非、夜は外に出てみると良いですよ」
「へぇー……分かりました。ありがとうございます」
タクシーはそのまま街を抜け、山道に入って十分くらい走ると、宿に到着した。
「お世話様でしたー」
俺達はタクシーを降り、宿に入った。
受付でチェックインを済ませ、案内されるままに建物の外へ出る。
そのまま暫くタクシーで来た道を戻るように歩き……。
「こちらでございます」
案内された場所には、二階建ての古風な……と言うか、農家の様な、二階建ての土壁で木造の大きな一軒家が建っていた。
「あれ? 離れ……じゃなかった?」
「うん。離れ」
美月はその大きな家を指差した。
「え……?」
楓は理解できなかった。
それもその筈……。
宿を決める際、「この宿にしよう」と言うところまでは楓も一緒に選んでいた。だが、どの部屋、どの離れにするのかはお金が関わるので楓は美月に任せていた。なので、今日泊まる離れを楓はまだ知らなかったのだ。
宿の人は鍵を開けて中に入ると電気のスイッチを入れた。
「どうぞお入り下さい」
美月が先に入り、楓が後から入った。
「お邪魔しまーす……」
楓の口からは、そんな言葉が漏れていた。
「こちらがロビーにつながるお電話です。0番でかけて頂くとロビーに繋がります」
宿の人は玄関においてあった白い電話機を指差した。普通に家にある親機に見える。
家の中は思ったとおり綺麗にされているが、まるで田舎の農家の家に泊めてもらいに来たかの様な雰囲気で、白い漆喰の壁に茶色い板張りの廊下、柱や屋根や階段や扉などの木の部分はこげ茶色で昔からそこにあるかのような良い風合いになっていた。所々に明るすぎない、小さな和風の電灯がいくつも配置され、薄暗く、美しく、その趣ある建物の内部を照らし出していた。
「わかりました」
美月が答えた。
「先にお二階をご案内します」
「はい」
美月が答えると、宿の人は階段を上がり、二人は後に続いて階段を上がった。
「こちらに一部屋、それからこちらに一部屋ございます」
二階には八畳の畳の部屋と、十畳の畳の部屋があった。
「ひろーい……。あれ……? お母さん」
「ん? なに?」
「もしかして……この家、まるごと借りたの?」
「うん。そう言ったじゃない」
「……え……じゃ、どの部屋も使い放題なの!?」
「もちろん」
「でも、二階がこれって……ここだけでも家よりも広いのに……一階にもあるの!?」
「はい、一階は十畳が二部屋繋がっております」
宿の人が答えた。
「え……に、二十畳、一間!?」
「はい」
宿の人は笑った。
「楓、今日はこっちに寝る?」
美月は十畳の広い方の部屋を指差した。
「う、うん……」
「じゃ、荷物はこっちに置きましょう」
そう言って二階の一番奥の部屋に持ってきた荷物をすべて置いた。
「もう、小鉄出して良いの?」
「猫は、自由にさせても良いんですか?」
「はい。ご自由にどうぞ」
「あの、畳の上も、お風呂もですか?」
「はい。最終日にお帰りになる前にロビーへお電話下さい。先に建物の中の破損がないか、一緒にご確認頂き、破損がございましたらその分を追加で頂戴することになっております。ご確認の前にロビーに来られますと、再度こちらへ戻らなくてはならなくなりますので、ご注意下さい」
「あ、なるほど! わかりました。楓、出していいわよ」
「うん。おいで」
楓がカゴの扉を開け、俺は外に出るとうーんと大きく伸びをした。
ふぅ……なんかいい匂いだな。畳の、藺草のいい匂いがして、足も全然冷たくない。俺は畳をポンポンと叩きながら、その感触を確かめた。
うん、固くもない。これは腰にも良さそうだ。
「あ、楓。トイレ」
俺は後ろ足で足踏みをした。これが俺のトイレの合図だ。
「ん? あ、トイレね。ちょっと待って」
楓は鞄の中からいつも撮影現場に持っていく、俺用のトイレを取り出し設置した。
「はい、どうぞ」
「サンキュー」
俺はトイレに入ると踏ん張った……。お、なんか大きい方も出そう……。俺はそのままムリムリっと大きい方もひねり出した。
「ふぅ……」
俺はトイレから出ると砂かけ動作を……。
「あ、ダメ!」
「え?」
ジャリッ。
俺は畳を引っ掻いた。
「あぁぁぁ……やっちゃった……」
あ……。畳の上には俺の爪痕が残っていた。
「あの、これ……いくらかかるんですか?」
楓は宿の人を見た。
「一畳の張替えで、四千円です」
宿の人は笑った。
「四千円……」
楓は面食らっていた。
「気にしない気にしない……って言っても、三十八畳全部を張り替えたら……十五万円か……あはは」
美月は少し引きつった顔で笑っていた。
「はい。ですので一畳の中で爪とぎをされるのであれば、料金は変わりません。そのかわり、少しずつ全ての畳に傷がついた場合や、汚れた場合はおっしゃる通り、宿泊料金よりも高くなってしまいます。ですので、この畳だけを爪研ぎにされたほうが無難です」
「……ですね」
「はい……」
畳……恐るべし。
その後一階も案内し終えると、宿の人は「十八時頃に、お食事の準備でまたお伺いします」と言い残し、家の鍵を渡して戻っていった。




