第24話 楓の知識
俺達が食事を堪能し、そろそろ行こうかと準備を始めた時。
「あの……ちょっと宜しいですか?」
さっきの店員がやってきて、俺達に声をかけた。
「あ、はい」
美月が店員を見て答えた。
「もし、宜しかったら……なのですが……」
「はい」
「オーナーが、小鉄くんの来店記念写真を撮らせて頂きたいと……ダメですか?」
「来店記念……ですか?」
「はい。あの、お店の中に飾ったり、お店のホームページに掲載させていただくだけで、宣伝とかじゃなくて、ただ自慢したいと……。代わりと言っては何ですが、今日のお代は無料にさせて頂くし、小鉄くんにはケーキもサービスさせて頂くと言っているのですが……いかがでしょう?」
「え、いいんですか!?」
「はい。写真の撮影と、掲載の許可をいただければ……」
「是非、お願いします!」
美月は頭を下げた。
「あ、こちらこそ、宜しくお願いします!」
店員も頭を下げた。
け、ケーキ……だと!?
「猫ランナーまっしぐらー……ですね」
アリシアは笑った。いやいや、まだまだ。
「小鉄、いい?」
楓は抱っこひもの中の俺を見た。
もちろんだ! 俺は二度頷いた。
「あはは、小鉄、喜んでる」
俺達が店内に入ると、男性が厨房の中から出てきた。
「あ、本当に小鉄くんだ……」
「いや、そう言ったし、写真も見せたじゃない」
「いや、そうだけど……。あ、いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。私は当店のオーナーシェフです」
コック帽にコック服を着たオーナーは、そう言って帽子を取って頭を下げた。
「本日はごちそうさま……で、本当に良いんですか?」
美月は頭を下げかけてオーナーを見た。
「はい。この子も喜んでますし、店内掲載用の写真も取らせていただくんですから、お気になさらないで下さい」
「この子……もしかして、お子さんですか?」
「はい。娘です」
「あ、そうだったんですか」
「ええ。あ、ケーキはこちらでお召し上がりになりますか? それともお持ち帰りになりますか?」
「あ、持ち帰れるんですか……小鉄、ここで食べる?」
美月は楓の抱っこひもの中の俺を見た。
いや、今はいいや。ビスケット食ったし。俺は首を振った。
「じゃ、持ち帰りでお願いします」
「承知しました。では、ご用意しますのでその間に写真をお願いします」
「はい」
「じゃ、こっちは任せるぞ」
オーナーは店員を見てそう言うと、奥へ戻っていった。
「うん、任せて。じゃぁ……どこがいいかな?」
店員は店内を見渡した。
「あの、あそこはどうですか?」
楓はテラスに面した大きな窓の前にある、椅子を指差した。
「あそこだと、逆光にならないかな?」
「逆光が良いんですよ!」
美月が言った。
「逆光が、いい?」
「はい。何か画用紙のような、白い大きな紙とか板とかありませんか?」
楓が聞いた。
「白い大きな紙とか……板?」
店員は首を傾げた。
「はい。レフにするんです」
「レフ……?」
店員は更に首を傾げた。
「ありますか?」
「スケッチブックとかでも良いかな?」
「あ、それがベストです」
楓は笑った。
「これで大丈夫?」
店員は大きなスケッチブックを持ってきた。
「はい。ベストだと思います。テーブルに乗せてもいいですか?」
楓は茶色い木のテーブルを指差した。
「うん。大丈夫」
「小鉄」
おう。俺は抱っこひもから出て、テーブルに乗った。
楓は俺からハーネスを外すと、店員からスケッチブックを受け取り、新しい真っ白なページを開き、窓の外から入る光を乱反射させて俺に当てる。
「うん、これなら大丈夫。カメラは望遠で、背景をボカす感じにして下さい」
「え……望遠で、ボカす? どうやるんだろ……」
店員はスケッチブックと一緒に一眼レフを持ってきていた。
「あ、俺がやるか?」
見るとオーナーが後ろに立っていた。
「あ、お父さん。お願い」
「おう」
オーナーは店員から一眼レフを受け取った。
「これ、フラッシュは、要らないのかな?」
オーナーは楓を見た。
「はい、無しで」
「わかった。しかし、お嬢ちゃんまだ小さいのに、よく知ってるね……」
「何度も撮影現場を見ているので……」
楓は少し照れていた。
「あ、なるほど……。じゃ、絞りは開けて、望遠で……これだとISOは200くらいか……撮るよー」
「小鉄、座っていい顔」
おう。俺は少し斜めに座ってカメラ目線で止まった。
バシャバシャバシャ。三枚連射され、オーナーは写真をチェックする。
「ごめん、露出変えてもう一回。撮るよー」
バシャバシャバシャ。三枚連射され、オーナーは写真をチェックした。
「おお! いい写真になった!」
「どれどれ?」
オーナーがそう言うと、店員が駆け寄り、カメラを覗いた。
「ほら」
「うわぁぁぁ! 凄い凄い!」
「見せてもらっていいですか?」
楓もオーナーのところへ行って覗いた。
「ほら」
「うん、良いですね。もう少し明るいレンズか、望遠はありませんか? もっとボケたほうが良いです」
「あぁ……ちょっと待って……じゃ、これにしてみるか」
オーナーは単焦点五十ミリから標準ズームに交換した。
「あ、高いレンズ」
「お、解るの?」
「はい。プロの方が小鉄を撮る時に使ってるやつです」
「流石は小鉄くんの飼い主だね。踏んできた場数というか、経験が違う……」
「いえいえ、そんな……」
楓は顔の前で手を振った。
いやいや、お前の場数は普通の人は経験できないものだぞ。もっと自信を持っていい。
「よし。じゃ、撮るよー」
オーナーはレンズを交換し、再びファインダーを覗いた。
「はい」
楓は俺の右下からスケッチブックを開き、俺に光を反射させた。
バシャバシャバシャ。三枚連射され、オーナーは写真をチェックした。
「おお! これはいい!」
オーナーがそう言うと、全員が集まってカメラを覗いた。
「あ、お父さん、もしかして上手いんじゃないの!?」
「ええ、とってもお上手です」
「…………」
楓は黙っていた。
「あれ……お嬢ちゃん、もしかして……まだ何かあるのかな?」
「言ってもいいですか?」
「もちろん。教えてください」
オーナーは笑った。
「じゃ、そのカメラ、フラッシュ付いてますよね?」
「はい、付いてます」
「そしたら、フラッシュを出して、その前にティッシュを一枚貼り付けて下さい」
「フラッシュに……ティッシュですか?」
「はい。フラッシュの光は使いたくないんですけど、アイキャッチがほしいんです」
「アイキャッチ?」
「目の中の白い点を作りたいんです。それをやると目がキラキラして見えるので」
「ああ! あれか! よし」
オーナーはそう言うと、厨房へ戻り、ティッシュを一枚フラッシュの前にセロテープで貼り付けて戻ってきた。
「これでいいですか?」
「あ、ティッシュを少し浮かせて下さい。そうしないと光が強すぎちゃうので」
「わかりました」
オーナーはティッシュを貼り直した。
「はい、それでもう一枚、絞りを二つ下げてお願いいします」
「はい。撮りまーす」
オーナーがカメラの設定を変更し、カメラを構えた。
「はい」
楓がスケッチブックを構える。
バシャバシャバシャ。三枚連射され、オーナーは写真をチェックした。
「…………」
オーナーは黙った。
「お父さん?」
「どうですか?」
「オーナーさん?」
「す……素晴らしい……」
オーナーはカメラを全員に見せた。
「いいですね!」
楓はそれを見て笑った。
「いいわね」
美月も納得した。
「……凄い! なにコレ!? お父さんが撮ったとは思えない!」
「だな……」
オーナーと店員は顔を見合わせた。
「じゃ、その設定のままで、あと二枚撮りましょう。そのあとは広角で」
「はい!」
推定年齢四十歳のオーナーは、十歳の小学四年生の楓に対し、すっかり敬語になっていた……。「師匠!」とでも呼びそうな勢いで、どうやら撮影技術は楓の方が一枚も二枚も上手らしい。
「小鉄、ちょうだい一枚と、ごめんね一枚ね」
「おう」
そのまま楓の言うとおりに撮影は続き、十五分の撮影会は終了した。
言うまでもなく、店内の他のお客さんにはバレバレで、美月は俺たちにカメラを構える客に対し「撮影する時間を儲けますので、私達を撮らないで下さい!」と断っていた。偶然遭遇した客にとっても、いい記念となったことだろう。
「この写真、メールで送ってもらえませんか? その写真を私のSNSで掲載させて欲しいんですけど、いいですか?」
「ええ、もちろんです! 現像したらお送りします」
「はい。お願いします」
楓はオーナーとメールアドレスを交換した。
「それでは、ご馳走様でした」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
美月と楓とオーナーと店員は入口の前で互いに頭を下げた。
「待て待て待て! 俺のケーキは!?」
俺は楓の抱っこひもの中から右手を出してオーナーに手を振った。
「え……あぁ! 忘れるところだった!」
オーナーは俺を見ると気づき、慌ててカウンターの中へ戻ると、俺のケーキの入った箱を持ってきた。
「ゴメンね、小鉄君」
オーナーはケーキの箱を美月に渡しながら、俺を見た。
「ありがとうございます」
美月は頭を下げた。
「次の話のタイトルは『猫、猫ランナーにまっしぐら!』とか何とか、そう言う名前になりそうですね……」
アリシアは悪い顔でフフフと笑った。
「ならねーよ!」
俺は楓の抱っこひもの中から、アリシアに突っ込んだ。




