第23話 鼻ペロと仕返し
その後、ロープウェイの下の駅の近くにあったバス停から河口湖の周遊バスに乗り、河口湖を半周すると、有名な猫キャラクターの美術館へ行った。ここは以前から楓が来たがっていた場所。楓の好きな猫キャラクターの作家の美術館で、今回の旅の目的の一つ。
入り口で「カゴに入れてあれば猫を連れて入っても良い」と言われ、俺達は中に入った。
「うわぁぁぁぁ……」
入ってすぐに、原画の展示がされていた。楓は空の抱っこひもを肩から下げ、美月は俺が入ったカゴを持って歩いていた。
「素敵ねぇ……」
「うん……」
そのまま一通りを見終えると、土産物売り場へ寄った。
「私はここで座ってるから、欲しいものがあったら言って」
美月は近くにあった椅子に腰掛け、俺のカゴを隣の椅子の上に乗せるとそう言った。
「うん、じゃ見てくる」
楓はそのまま売り場の中へ歩いていった。
十分くらいで楓は戻ってきた。
「もういいの?」
「うん。特に欲しいものはなかった」
「……楓、遠慮してない?」
「え……?」
「小鉄のお金なんだから、使っていいのよ?」
何だその言い方は……。いや、別にいくら使っても、何に使っても構わんけど……。
「うぅぅーん……」
「あるんでしょ……? 欲しいもの」
美月は勘ぐるように楓を見た。
「……うん、でも決められなくて……」
「時間はあるんだし、ゆっくり決めたら良いわ。どれ、一緒に見よっか?」
「うん」
美月は立ち上がって俺のカゴを持つと、楓を連れて売り場へ入った。
「あら、良いのがたくさんあるじゃない……」
「うん……」
「楓の欲しい物候補を教えてくれる?」
「じゃ、こっち」
楓がそう言って歩き出すと、美月は後を追った。
「これ……かな」
楓はスマホ入れを指差した。
青い宇宙のような背景に、猫のキャラクターがコック帽をかぶり、両手にケーキを持っている、スマホを入れる小さな巾着袋だった。
「あら、可愛い……いいじゃない! それに高くないし……」
美月は楓を見た。
「うん……でも……」
「はい、これは購入」
美月はスマホケースを二つ手に取った。
「え、でも……使いやすいかどうかは……」
「楓。お土産はね、思い出を買うのと同じよ」
「思い出を……買うの?」
「うん。あ、あのカップも可愛い!」
美月はそのままカップアンドソーサーの売り場へスタスタと歩いていき、楓が後を追った。
「これかな?」
「こっちじゃない?」
「あ、楓らしい……」
「そうかな?」
「うん。じゃ、楓はそっち。私はこっちにする」
「いいの……?」
「楓、私が欲しいから買うの。それにね、子供はもっと素直に喜びなさい。あなたはまだ子供。それを忘れないでほしいわ……」
美月は優しい声で、そう言った。
「うん……。ありがとう!」
楓は頷くと、美月を見て笑った。
「うん」
二人は顔を見合わせて笑っていた。
その後、色々と物色したが他に欲しいものは見つからず、そのまま二つのスマホケースと二つのカップアンドソーサーを購入すると、美術館を後にした。
「すぐ近くにペット可のカフェがあるから、行ってみましょ?」
「うん!」
俺達はそのまま美術館の隣、河口湖の湖畔にあるカフェに行った。
「かぁぁわいいぃぃぃっ……外も可愛いかったけど、中も……」
楓は中に入るなり、声を漏らした。
「良いわねー……」
「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
店内に入ると、店員の女性が声をかけた。
「はい。あと、猫がいるんですが……」
「こちらはペット可ですので、リードを付けて頂ければ、出して頂いても大丈夫ですよ」
「わかりました。……あ、テラスもあるんですか?」
「はい、店内とテラスとどちらが宜しいですか?」
「お母さん、天気が良いからテラスにしよう。小鉄のご飯も食べさせなきゃ」
「あ、そうね」
「え、小鉄……? そう言えば、こっちに来てるってSNSで話題になっていたような……もしかして、あの小鉄くんですか?」
「はい、ドラマとかCMに出てる小鉄です」
楓が答えた。
「えぇっ!? ほ、本当に!? あの小鉄くんが……うちに……」
店員は美月の持つ、俺のカゴを見て固まった。
「あの……」
「あ……あぁ、失礼しました。それではテラス席にご案内します。こちらへどうぞ」
店員はそう言うと、俺達をテラス席へ案内した。
「こちらで宜しいですか?」
「うわぁぁぁー……」
「凄いわねー……素敵な場所……」
店員に案内された席は河口湖畔に面した、それこそ湖岸から四十メートルほどしか離れていない、芝生が綺麗に敷き詰められた場所に、白くて丸いテーブルと白くて背もたれと手すりが緩やかにカーブした可愛い椅子が並べられ、数々の美しい花が咲き誇る、とても綺麗な庭だった。
「なんか今日、ことごとく当たりを引いてない?」
美月は楓を見た。
「うん。なんだか今日はいい感じだね」
「そうね……ちょっとこの後何があるのか、怖い感じはするけど……」
それ程に美しく、いい店で、いい庭だった。
美月が楓と自分の椅子の間に俺の入ったカゴを置いて椅子に座ると、楓はカゴから俺を出し、リードを繋ぐと俺を抱っこひもに入れ、椅子に座った。
「本当にいい場所だね……」
「ね……」
二人の目の前には広い湖の水面が広がっていた。春の陽気で心地よかったが、少し肌寒く、俺達以外にテラスに出ている人はだれも居なかった。美しいテラスは貸切だ。
「うあぁ、本物だぁ……かーわいぃ」
店員は俺を見つめていた。
「はい。抱っこしてみますか?」
楓が聞いた。
「え、良いんですか!?」
店員は驚き楓を見た。
「小鉄、いいよね?」
「ああ」
俺は頷いた。
「あ、お返事した……」
「猫は抱っこしたこと、ありますか?」
「はい、一匹飼ってます」
「じゃ、大丈夫。はい」
楓は立ち上がってそう言いながら抱っこひもから俺を抱き上げ、店員に渡した。
「うはぁぁぁ……こんにちはー、小鉄くーん……あ、あの……私が抱っこしている写真、撮っちゃダメですか?」
「あぁ、いいですよ。丁度誰もいないし。でも、SNSに上げたりするのは三日後にして頂けますか?」
美月が答えた。
「はい! お約束します! じゃ、じゃぁ……これで」
店員は元気よく返事をすると、俺の腰を抱いていた右手を離し、ポケットからスマホを取り出すと、ロックを解除して写真アプリを立ち上げると美月に渡した。
「お願いします」
店員はそう言って俺を抱き、にっこり笑った。
「小鉄、お仕事」
「おう」
楓がそう言うと、俺は店員の腕の中で立ち上がり、頬に両手をかけて舐めた状態で静止した。
「えっ?」
「撮りまーす! 笑ってー」
「あ、はい」
パシャッ。とシャッターの音がして、俺は店員の腕の中に戻った。
「うん、良いのが撮れた」
美月は写真を店員に見せた。
「うわぁぁぁ、凄ぉぉぉぉい! 小鉄君、舐めてる途中で止まったり出来るんですね……信じられない……。凄いねぇ君」
店員は写真を見て驚くと、俺を見てそういった。
「だろ?」
「あ、また返事した……。この子と暮らしていたら『猫は遊んで欲しいときには遊んでくれない』……なんて事は無さそうですね……」
店員はそう言いながら、俺を楓に返した。
「はい。あ、でも嫌がる時はありますよ」
「そうなんですか?」
「はい。暑い時は特に……」
「あぁ、なるほど……。あぁぁ、お仕事しなくちゃ……すみません。ありがとうございました」
店員は頭を下げて、俺を楓に返した。
「いえいえ」
楓と美月は笑った。
「こちらがメニューです。猫ちゃん用のクッキーもありますよ」
「えっ、どれですか?」
「こちらです」
楓が聞くと、店員がメニューを広げて指差した。
「あ。小鉄、食べる?」
「もちろん!」
俺は頷いた。
「えっ……頷いた!?」
「はい。小鉄は言葉がわか……るみたいな感じがするんです……」
楓はごまかした。
「ああ、中にはそういう子もいるらしいですね……でも頷くって……教えたんですか?」
「いえ、勝手にはじめました」
「そうなんだぁ……。あぁぁお仕事お仕事。よし! クッキーは私がおごります」
「いいんですか!?」
「いいのか!?」
楓と俺が同時に聞いた。
「はい。ツーショットを撮らせていただいたお礼です!」
「ありがとうございます!」
楓は笑った。
「お前、良い奴だな。ちょっとこっち来い」
俺は楓の腕の中で店員に手招きをした。
「ん? 呼ばれてる?」
店員が自分を指差した。
「あ、そうみたい」
楓が立ち上がり、店員が俺に顔を寄せた。
「スペシャルサービスだ」
俺は店員の鼻をペロッと舐めた。
「うわっ! あ、ありがとう? あ、臭っさ……!」
店員は驚き、礼を言うと体をのけぞらせた。
「え、臭いか?」
「小鉄! 鼻は舐めたら臭いよ! ごめんなさい!」
楓は俺の頭を掴んで自分の体に寄せて押し付けた。
「え……そうなのか?」
俺は頭を押さえつけられたまま、楓を見た。
「い、いえいえ。小鉄君は感謝の印として舐めてくれただけで……臭っ!」
「あ、何か拭くもの……」
美月が慌てて鞄の中を漁った。
「あ、大丈夫です。慣れてますから気になさらないで下さい。これはこれで……」
店員は笑った。
「本当に大丈夫ですか? ごめんなさい……。小鉄、ダメよ!」
美月は俺を見た。
「あ……なんかすまん」
俺は耳を倒した。
「小鉄君、混乱してますね……鼻を舐めると臭いって、知らないのでは?」
「あぁ……やった事もやられた事もないかも……。あ、じゃ仕返ししてもらえますか?」
楓は店員を見た。
「え、私が……仕返し?」
店員は自分を指差した。
「はい。ちゃんと理解させたいので。お願いします」
楓は俺の頭を掴み、前に出した。うぐっ……。
「じゃ、じゃぁ……えい」
店員は自分の人差し指を舐め、俺の鼻にくっつけた。鼻にピタッと濡れた感触があった。
ん? これが一体何だと言う……。
「臭っさ! 臭い、臭い臭い臭い」
俺は身をよじって楓の手から逃れ、両手で鼻を押さえると、鼻についた匂いを、唾液を取ろうと必死に両手で交互に鼻をこすった。
「はぁ……臭い臭い臭い臭い!」
息を吐き、吸う度にその匂いが襲ってきて、その度に両手で交互に鼻をこする。だが、全く取れる気配がなく……そのまま五回ほど繰り返すとやっと慣れて落ち着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「小鉄、わかった?」
「ああ、すまなかった……」
「あ、怒らないであげて下さい。小鉄君は私に感謝してくれただけですから」
「でも……」
「しっぺ返しはしましたから。もう分かっている筈ですよ」
店員は笑った。
「わかりました……」
「では、ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
店員は頭を下げると店に戻った。
「お待たせしましたー」
「うわぁぁぁぁっ!」
「おぉぉぉぉぉっ!」
楓の注文したフルーツ盛りだくさんのクリームあんみつと、美月の注文したこれまたフルーツたっぷりのフルーツパフェがテーブルに載せられると、二人は目を輝かせていた。
「そしてこれが、小鉄くんのビスケットだよー」
「お! 来た!」
俺は楓の抱っこひもの中から前のめりに頭を出し、テーブルの上のクッキーの匂いを嗅いだ。
おぉぉぉ……この体に悪そうないい香り! 間違いなく美味い匂いだ!
「あの、小鉄をテーブルの上に乗せても……」
楓は店員を見た。
「はい。どうぞ」
「いいってさ」
楓がそう言うと、俺は抱っこひもの中からテーブルへ上がった。
「なぁ、食っていい……」
俺が楓を見ると、楓と美月はクリームあんみつとフルーツパフェを隣に置き、互いに写真を撮りあっていた。
「あ、撮りましょうか?」
「あ、お願いします!」
……まだか……。俺はテーブルの上で肩を落とした。
「いっただっきまーす!」
店員が戻り、三人で手を合わせて食べ始めた。
「んーおいひい!」
「おいしいね! あ、楓。そっちも少し頂戴」
「うん、じゃ交換しよう」
「うん。どれどれー……。あ、美味しい!」
「こっちも美味しい!」
「ここは当たりだね」
「うん!」
楓は笑った。
もちろん、俺のビスケットも美味かった! ってか、人間が猫用のビスケットを作るって……何を味の基準にするんだろう? 猫と人が同じ味を感じられるとも思えないし……。
「小鉄、また猫ランナーのお世話になるつもりですかー……?」
隣から、悪魔の囁きが聞こえてきた。アリシアだった。アリシアは楓の隣の椅子に座り、俺を覗き込んでいた。
「いや、この程度なら全然世話にならなくても大丈夫だろ」
ましてや一日二日不摂生をしたとして、すぐに太るわけでもないだろう。
「そうですかー? 油断大敵ですよー?」
アリシアは悪い顔で笑った。




