第22話 猫と楓とベストショット
「オッケー、じゃ交代」
美月はそう言って楓に歩み寄り、楓も美月に歩み寄ると中間地点でデジカメを受け取った。
「楓、小鉄ちょうだい」
「あ、うん」
楓は抱っこひもごと俺を美月に渡すと、右手にはめていたリードを外し、美月に渡した。
美月は俺を受け取るとさっき楓が立っていた場所まで歩き、振り返った。
「小鉄、私の頭の上に乗れる?」
え? 頭の上?
「動かなければ乗れるぞ」
俺は頷いた。
「よし、じゃぁ……よっと」
美月は俺を抱き上げて抱っこひもから出し、頭の上に乗せた。
「お、おぉぉ……」
丸い頭の上で、髪の毛が少し滑る。
おぉ……お……安定した。
「小鉄? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
俺は美月の頭の上に香箱座りした。
「……なにそれ! ずるい!」
さっき美月が立っていた場所から、カメラを構えていた楓が、カメラを下ろして抗議した。
「もう一回撮ってあげるから、ほら、撮って撮って!」
美月は斜に構えると右手を手すりに乗せて、ポーズを取った。俺は三月の頭の上で香箱座りのまま、顔だけカメラに向けた。
「もう……撮るよ! はい、チーズ!」
パシャッ。
「ちゃんと撮れた?」
美月はそのまま動かずに聞いた。
「うん、バッチリ」
楓はカメラで画像を確認しながら、こちらへ歩いてきた。
「ほら」
「……うん、いいねー。じゃ、交代」
美月は画像を確認すると、そう言ってゆっくりとしゃがんだ。
「おいで」
楓は両手を俺に差し出して抱き上げ、美月からリードを受け取った。
「うぅん……どうしようかな……小鉄、私の腕に乗れる?」
腕に……?
「乗れないことはないが、重いぞ?」
俺は首を傾げた。
「やってみてもいい?」
ああ。俺は頷いた。
「じゃ、肩に乗って」
楓は俺を自分の肩に乗せた。丁度俺が楓の右肩に覆いかぶさっているような状態だ。そこからよっこらせと立ち上がり、楓の左肩に両手を乗せ、左肩に両足を乗せた。
「じゃ、そのまま腕に乗ってみて」
楓は両手を水平に広げた。
「いくぞ、重かったら言えよ」
「いいよ」
俺はゆっくりと楓の左腕の上を歩き始めた。
「あ……お、重いっ……」
楓の腕がプルプルと震えだすと、体が左に傾き始めた。
「お、おい……揺らすな……あっ!」
腕の震えが限界になると、急に腕が降ろされた。俺はそのまま地面に落下……する直前に、楓の両腕で抱きとめられた……。
「危なかった……大丈夫?」
「あ、ああ」
俺は頷いた。
「ごめんね……小鉄は重いって言いたかったんだね……でも今、空中で止まらなかった?」
いやいや、まっさかぁー……。俺は首を振った。
実際には空中でアリシアが俺を抱きとめ、楓が下に入るまで待っていた。
「サンキュー、アリシア」
「いえいえ」
「なるほど、それをやりたかったのね……。それってあの映画の真似よね? あの、青い服着た女の子が、何だっけ……チト? とか言うリスの子供を腕に乗せるやつ」
「うん。でも、無理だった」
楓は俺を抱いたまま、美月を見た。
「じゃぁさ、そこに乗せたら?」
美月が近くに設置されていた望遠鏡を指差した。
「ここ?」
楓が望遠鏡を指差した。
「うん。その望遠鏡の上に小鉄を乗せて、台の上に楓が乗って手を広げたら、小鉄が乗っかってるように見えるよ」
「あ、そっか……。小鉄、できる?」
「ああ、動かないものなら大丈夫だ」
俺は頷いた。
「じゃ、乗ってみて」
「おう」
俺は楓の肩から望遠鏡に飛び乗った。うぉっ! 乗った瞬間に望遠鏡が上を向いて足元が下がり、バランスを崩しそうになったがなんとか持ちこたえ、そのまま安定した。危なかった……。
「だ、大丈夫?」
楓は俺の下に両手を出して俺を見た。
「ああ、安定した。楓、ここに腕を出せ」
俺は空中を指差した。
「ここに立てばいいの?」
楓は望遠鏡を覗く子供用の台の上に乗り、カメラを向くと両手を広げた。俺は楓の腕に両手を乗せた。重心は望遠鏡の上をキープし、そのまま腕だけを添える感じだ。
「どう?」
「も少ししゃがんでー。うんそう。撮るよー……はい、チーズ!」
カーン!
と近くで大きな鐘の音が鳴った。
すぐ側にどこにでもある「幸せの鐘」なるものが設置されていて、それを誰かが勢い良く鳴らしたのだ。
「ひゃっ!」
俺は驚きその場で飛び上がった。
「あっ!」
楓は俺を見て振り返り、俺に両手を差し出した。
楓! 俺も両手を差し出した。
ボフッ! 俺は楓の両手に受け止められた。
「大丈夫!?」
「あ、ああ……ちょっと驚いただけだ」
俺は楓の腕の中で、楓の頬を舐めた。
「腰も平気?」
「ああ……大丈夫だ」
俺は体を動かして確認すると、楓に頷いてみせた。
「はいカット! オッケー! ナイス小鉄!」
美月が大きな声で叫ぶと、グッドサインを出した。
「カット……?」
「いやー、いい絵が撮れたよー。ほら!」
美月は俺たちに駆け寄ると、カメラの背面を俺たちに向けて再生した。
楓が両手を広げ、俺がその上に乗っているように見える状態で始まり、鐘が鳴り、俺がジャンプして、それを振り返った楓が受け止めた。最後に美月の「カット」の声まで入っていた。
「動画……?」
楓は目を丸くして美月を見た。
「うん、なんか色々いじってたら偶然動画になっちゃった……あはは」
美月は笑った。
「そ、そうなんだ……」
楓は少し不思議そうだった。
実はこのデジカメ。写真モードから動画モードにするにはカメラの上のツマミを七回、回転させなくてはならない。なので、一体どうやったら「偶然そうなる」のかがわからなかった……。
「でも、最高の絵が取れたでしょ?」
「う、うん。そうだね」
楓は笑った。
「でももう一回、写真で撮って。設定戻したから」
楓はカメラの設定を写真モードに戻すと、その他の設定を確認してカメラを美月に渡した。
「うん、わかった」
美月はカメラを受け取ると、再びさっきの場所へ戻った。
「小鉄、もう一回いい?」
「おう」
俺が頷くと、楓は手で望遠鏡を固定し、俺はその上に乗った。
「ゆっくり離すよ?」
「おう」
楓はゆっくりと望遠鏡から手を離した。
「大丈夫? 危なくなったら私に飛び移るんだよ?」
「わかった」
楓は俺が頷くのを確認すると、カメラに向き直り、両手を広げた。
俺は両手を楓の腕に乗せた。
「楓! 小鉄の方に少し首を傾けて、左足を上げて! 飛んでるみたいに!」
「こう?」
楓は少し首を左に傾けて俺に顔を寄せると、左足を上げた。
「うん、そのまま! 撮るよー! はい、チーズ!」
パシャッ。
「オッケー! 良いのが撮れた!」
「うん。おいで」
美月が今の写真を確認してそう言うと、楓は振り返り、俺を抱き上げた。
「あ、良いね!」
「お、良いな!」
美月がこちらへやって来てカメラの画面で今の写真を見せると、楓と俺はそう言った。
写真には、望遠鏡の踏み台の上に乗った楓の左腕の上に俺が乗り、楓が俺に寄り添うように顔を寄せ、左足を可愛らしく上げているおかげで、とても可愛く、二人仲良く写っていた。
これ、今までのベストショットに入るんじゃないか?
ふと見ると、俺達の周りを数人が取り囲んでいた。「小鉄……?」「あれ、小鉄くんじゃない?」と所々から声が聞こえる。
「あら、バレたかしら?」
「お母さんが叫ぶから……」
「あはは、いい絵だったから、つい……」
美月は苦笑いした。
「もう行こう」
「そうね、小鉄。入って」
「おう」
美月がカゴの扉を開け、俺が中に入るとリードを外してカゴを閉じた。
そのまま何事もなかったかのように人垣を抜け、下りのロープウエイに乗り込んだ。
「小鉄、お腹すいた?」
少し、空いたかな……。俺は首を傾げた。
「どうする? 食べる?」
まだいいや。俺は首を振った。
「わかった。お腹すいたら言うんだよ?」
「ああ」




