第19話 美月の思い
『たすけてくれるひと』
間違ったことは言ってないし、アリシアが天界人の補助であるとも言っていない。
「助けてくれる人……? 幽霊とかじゃないの?」
楓は首を傾げた。
違う。俺は首を振った。
「小鉄を……助ける……」
楓は考えていた。
「ねぇ小鉄。あなたは何者なの?」
美月が聞いた。
「お、これまた難解な……と言うか、逆にストレートな質問が!」
アリシアが楽しそうに言った。
『ねこ』
「いやいや、猫だっていうのは解ってるわよ……。でも、あなたはどう考えても普通の猫じゃないでしょ? まぁ、その恩恵に預かっているんだし、それをどうこう言える立場じゃないのも解ってるんだけど……」
美月は困った。
「そこにいる人って、お友達? 怖い、悪い人じゃないんだね?」
ああ。俺は頷いた。ここで首を振ったら色々面白いことになるんじゃないか……と思う反面、楓を怖がらせたくはなかった。
「お友達!?」
アリシアは驚いた。
「違うのか?」
俺はアリシアを見た。
「いえ……小鉄がそう思ってるのなら……別に……」
なぜそこで恥ずかしそうにする?
「そっか……。ねぇ小鉄、あなたは色々言えない立場にあるのかしら?」
美月は少し考えてから言った。
そうだ。俺は頷いた。流石は美月。
「そっかぁ……楓」
「なに?」
「これ以上、小鉄のことを詮索するのは止めない?」
「うん、小鉄が困ることはしたくない」
ありがとう、楓。俺はテーブルの上から、椅子に座っている楓の頬を舐めた。
「ひゃっ、くすぐったいよ!」
楓は肩をすくめると、俺を抱き上げた。
「それって、ありがとう……って意味なの?」
俺は楓を舐め続けた。
「ごまかそうとしてない?」
まぁ、そういう事で。
その後、俺が会話できることは誰にも話さないように伝えた。
「どうしてダメなの? ……ってこれも聞いちゃいけないこと?」
楓が聞いた。
うーん……俺は少し首を傾げた。
「あ、困ってる……じゃ、言わなくていいよ」
「すまないな」
「うん、わかった。お母さんも内緒ね」
「ええ、もちろん! じゃ、もう小鉄の身の回りの事は詮索しないわ。次に聞きたいことがあるんだけど……」
「なんだ?」
「小鉄は、なにがしたい?」
「は……?」
それはどういう意味だ?
「あ、それ! 私も聞いてみたかった!」
楓が同意していた。
『どういういみ』
「どういう意味……かぁ……。私たちは、親子揃って小鉄にとってもお世話になってる……」
美月が楓を見ると、楓は頷いた。
そうか……? んまぁ、そうかも知れないが、そう、面と向かって言われると……ちょっと、こそばゆい……。俺は後ろ足で耳を掻いた。
「それでね、小鉄に何かしてあげたいんだけど……何をしてあげたら良いのか、解らないのよ……」
『かねをつかわせたくない』
「あはは……やっぱりそうなっちゃうのね……」
美月は苦笑した。
「お母さん?」
「あぁ、ごめんごめん……。楓、それに小鉄。丁度いいから言っておくわ」
美月はそう言って楓を見てから俺を見ると、また楓を見て笑った。
「あのね、あなた達が私に苦労をかけまいと思ってくれているのはよく解ってる。でも、私は苦労をしたくないんじゃない。ましてや苦労をしているなんて思ってない……。お父さんが亡くなって、楓と二人きりになっちゃって……楓が寂しそうで、私も寂しくて……あそこに猫を貰いに行った。私一人で、楓を育て、猫の面倒を見るなんてこと、出来るのかしらって……最近までは、そう思ってた」
最近……?
「…………」
楓は黙って聞いていた。
「そしたら楓が小鉄に惚れた。腰痛持ちの、それこそお金のかかる、小鉄に惚れた」
「お母さん……」
「あ、違うの違うの! 最後まで聞いて……ね?」
「……うん」
「……私は不安だった……。でも、小鉄を家族に迎え入れた。何でかわからないけど、それが最善な気がして……。それでも寂しくて、不安で、でもこの子達をなんとかしなくちゃ! って、それこそ一人で何とかしようと、しなくちゃいけないと……そう思ってた。でも、楓が小鉄のお世話を全部してくれて、私が気兼ねなく働けるようになって、少しずつ、気持ちが変わっていった。ああ、私が育ててるんじゃない。私が育てられているんだ……私と楓は一緒に生きているんだ、ってね。それに気づいたら、気持ちが少し楽になった。母としての、一人の親としての肩の荷が、少し軽くなった気がした……。で、それからはあっという間だった! 小鉄が有名になって、テレビに出て、本を出して、CMに出て、ドラマに出て……。小鉄がお金を稼いでくれるなんて、これっぽっちも思ってなかった……」
美月は俺を見た。
「だから、小鉄。あなたが稼いでくれたお金は、今のところ使い道がないのよ。あ、もちろん、楓の学費には使わせてもらうつもり。良いわよね?」
ああ、もちろんだ。俺は頷いた。
美月はそう思っていたのか……。俺が稼いだ金はざっと計算しただけでも、普通のサラリーマンの年収より上だ。それなのに美月は全く金を使おうとせず、引っ越しもしなければ、何かが豪華になるということもなく、美月は一体どうしたいのだろう? と、そう思っていた。
「お母さん……」
「だから楓。小鉄のお金は、みんなで一緒に楽しむために使おう」
「うん! そうしたい!」
楓は満面の笑顔だった。
「小鉄もそれでいいかしら?」
ああ、自由に使ってくれ。俺は頷いた。
「じゃぁ、改めて聞くわ。小鉄は何がしたいの?」
美月は俺に聞いた。
うぅーん……じゃぁ……これかな。
『りよこう』
全員で楽しむ……となると、これしか思いつかなかった。
「りよこう……あ、旅行かぁ!」
「うん! みんなで一緒に行きたい!」
「うん、良いわね。お父さんが亡くなってから、行けなかったもんね」
「うん」
「じゃ、温泉とか?」
美月は俺を見た。
温泉かぁ……。
『ねこもいつしよに』
入れるか?
「猫も一緒に……。うん、入れる所もあるんじゃない? 楓、ちょっと探してみて」
「うん」
楓はパソコンを使い「温泉 猫も一緒」というキーワードで検索した。
「あ、結構あるね」
「うん、和風が良いかな?」
「そうね、小鉄も一緒だし、畳のほうが良いんじゃない?」
「うん。予算は?」
楓は美月を見た。
「制限なし!」
美月は人差し指を立てて言った。
「無いの!?」
「うん。本当に使い切れないくらいのお金を小鉄に稼いでもらっちゃったし、楓の学費どころか、何か商売を始められるくらいにはなっちゃった。それに、次はいつ行けるのか分からない。それなら、今出来ることを最大限に楽しみましょ」
美月は楓を見て笑った。
「うん!」
楓も美月を見て笑っていた。
その後、和風の宿で猫も一緒に宿泊し、風呂に入れるという宿を探した。更に遠いと移動に時間がかかるので、近隣の「電車で二時間位で行ける場所」という制限をかけ、富士山の麓にある宿に決定した。
実はこの宿、露天風呂もなければ部屋から富士山が見られないという、少々お粗末な宿だ。しかし、実際には全員そこを重要視していないという事が、その後の会話でわかった。温泉があり、森林の中で全員がゆったりと過ごす。つまり、思い出を作ろう、共有しようと、そういうものが全員の目的だった。なので「離れで、誰にも邪魔されないここでいい」と言うことになったのだ。
そして「それなら、温泉も重視しなくても良いのかな?」という美月の問いに
「温泉なら、小鉄の体が良くなるかもしれないから、温泉は外せないよ」
と楓が答えていた。俺は楓のその言葉に猛烈に感動し、涙がこぼれそうになっていた……。いや、実際に猫が泣けるのかどうかはわからないが……。
その後、やはり旅行以外に、俺の為に何か買ってあげたいと言うことになり、全員で相談した所……。居間に、キャットタワーが設置された。
楓には「こうすることで俺の運動量が増え、腰痛も良くなるかも知れない」という思惑があった。
キャットタワーは比較的小さいものを選んだ。部屋の角に設置する三角形のもので、高さは二メートルちょっと。中間には五段の板が設置され、四段目には巣のような小さな部屋がある。上部を天井に突っ張る形で固定し、地震が来ても倒れないと言う優れもの。それでも値段は結構安く、七千円ちょっとで購入できた。
「あれ……結構大きかったわね」
「だね……」
それでもこの小さな居間に設置した、小さいはずのキャットタワーは、一際大きく見え、異彩を放っていた。
「楓!」
俺はキャットタワーを見ている楓を足元から呼んだ。
「ん?」
楓が俺を見ると、俺はよっとジャンプし、楓の胸に飛び込んだ。
「うわ!」
楓は慌てて俺をキャッチして抱きしめた。
「ナイスキャッチ」
俺は楓の頬を舐めた。
「ありがとうって、言ってるの?」
おう。俺は楓の頬を舐め続けた。




