魔術師
それから一回休憩を挟んでまた歩くと、ついに人里に着いた。こちらの世界に来てから初である。ここは村で名前は『ベースドラ』。ここらは滅茶苦茶魔物が弱いので、冒険者はあまり来ないそうだが、その一方で冒険者の初心者さんはそこそこ来るそうだ。で、エリスとリリアもそのうちの二人だと。なるほどねぇ……この二人もあまり信用しちゃいかんよなぁ。なんせ初対面だし、あの二人のことを俺は良く知らない。第一印象はいい感じだったけどなぁ……。
それはともかく、野盗どもは村の衛兵に預けておいた。謝礼金として大銀貨九枚貰った。九万円と考えると少ないが、まぁあんな雑魚だしな。金が増えるに越したことはないだろう。ちなみに、ジャリスさんからは結構なお金を貰っている。結構過保護なのだ。孫を心配するおじいちゃんの気持ちに似ているだろうか。
村に入ったら、エリスとリリアとは別行動……というか解散となった。また会えたらいつか、という奴だろう。ちなみに、大銀貨九枚を等分しようとしたら断られた。曰く、俺が捕らえたのだから、だそうだ。いい人たちだ。
それにしても人里……やっぱいいなぁ。周りに人がいると落ち着くよ。あ、猫耳と尻尾を生やしている人までいる。あれが噂に聞く亜人って奴か。
そう、この世界はファンタジーの例に漏れず亜人がいるのだ。地球では獣人とも呼んでいたが、こちらの世界では亜人で統一されている。猫人族や狼人族、獅子人族、そしてこれこそ定番であるエルフやドワーフまでいるのだ。ちなみに、普通の人間……ホモ・サピエンスは人族と呼ぶ。で、亜人と人族を纏めて人間となるわけだ。ちなみに、定番だったら亜人と人族は仲が悪いだろうが、この世界では良好だ。種族として見るのでなく、個人として見る考え方が強いようだ。種族ごとにある程度の特徴はあれど、個人差はある。ちなみに、種族として纏める見方はしないが、家族としては纏めて見られるらしい。例えば貴族。家族が失態を犯せば全員の責任となるわけだ。超厳しい。
「さてさて、やるべきことはそこそこあるぞ」
まずは冒険者ギルドへの登録。そこでギルドカードを貰って身分証明書にするのだ。
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そんなわけでやってまいりました! こちらは冒険者ギルドベースドラ支部でございます! ここは辺鄙な村(失礼)なので規模はとても小さいですが、それでも学校の体育館の半分ぐらいはありそうな建物となっております。
ちなみにこの冒険者ギルドはすべての国を跨ぐ組織で、どこの国にも属さないそうです。冒険者ギルドのマスターであるギルドマスターは国王とまではいかずとも国の重鎮クラスの権限を持っているそうですよ!
とテレビリポーター風に紹介してみるが、まぁ定番だ。うーん、ここまで定番が続くと何だか現実味が出てきちゃうな。小説の世界で定番になっていると言う事は、現実でもそうなる可能性が高い、ということなのかなぁ……。
だが、やはり心が躍る。これはもはや男の子だから仕方のないことではないだろうか。いや、この状況には女の子の諸君も憧れるだろう。
俺はそんなことを思いながら冒険者ギルドの中へとドアを開けて入る。中に入った瞬間、ごつい人たちの無遠慮な視線にさらされ……ということはなく、中には暇そうな受付嬢が二人カウンターに座っているだけだ。中は一応酒場になってはいるが、この時間にいるわけがない。それでも、その内装には心が躍る。木目が見えるテーブルや椅子や壁、掲示板に張られた様々なクエスト用紙。素晴らしいな。
俺は『登録・質問』と書かれたカウンターへと向かい、受付嬢に声をかける。
「すみません、登録よろしいでしょうか?」
「はい、分かりました。では、こちらの用紙に必要事項をお書きください」
そう言って俺はペンと用紙を渡される。ちなみにペンは羽ペンだ。書きにくいが、もう慣れてしまった。
まず書くべきものは名前と年齢と職業。で、なるべく書いてほしいのが適性属性と自己アピールか。
文字はジャリスさんのおかげで覚えた。あの知識を転写する無属性初級魔術『転写』には助けられたな。ちなみに、これは一般に普及している無属性魔術の一つだ。俺は寝ているときにやられたからいいが、起きているときにやられると激しい頭痛が両者に起こるらしい。場合によっては気絶することもあるとか。ジャリスさんはそんな痛みを承知で俺にやってくれたのだ。本当に、感謝してもしきれないよ。
俺はさらさらと名前欄にユウスケ、年齢に十六歳、職業に魔術師と書いていく。他は面倒くさいのでパスだ。書き終わった用紙を提出すると、白いカードを渡された。これに血を垂らしてください、と言われたので渡された針で指先を突いて血を垂らす。これがギルドカードになるようで、出来上がるまでにギルドでの基本ルールが説明されることになった。これは知ってはいたが、復習がてらに聞いておこう。
冒険者には下から順にF~A、そしてその上にAA、S、SSランクがあり、これは実績や依頼、それと場合によっては試験によって昇降するそうだ。実績はポイント管理制で、クエストの成果や数に応じてポイントが増減されていく。このポイントが一定以上になったら昇格、または昇格試験参加への資格が得られる。ランクが落ちる理由はなんと言っても一番は犯罪だ。場合によっては登録抹消となる。で、登録した時は皆一律にFから始める。それにしても精霊のランクと違うからわかりにくいな。
クエストと呼ばれる依頼を受け、それを成功させて賞金を貰うのが主な稼ぎとなる。クエストはランク分けされていて、自分の冒険者ランクによっては受けることが出来ない。さらに、失敗や中断は相応の違約金を払わなければいけないらしい。
クエストのランクは、最低のF以外は大体、そのランクの冒険者が二人いればほぼ成功できる、という程度らしい。また、受けられるクエストのランクとしては、パーティーの中で一番多いランクまで、となっている。つまりSランクが一人いても後が全員DランクだったらDランクまでのクエストしか請け負えない。このルールには文句が上がっているらしいが、その一方でこのルールは分かりやすいし、なんだかんだで冒険者も死ににくいだろう。
そして、これが最重要。冒険者同士のトラブルにギルドは基本的に干渉しないらしい。ただ、Bランク以上の冒険者は貴重なので色々援助してくれるそうだ。ああ、世知辛し、実力社会。
「はい、出来上がりました。ご確認ください」
説明がちょうど終わったころに受付嬢が俺にカードを渡してくる。相変わらず白いが、俺が持つと、名前と年齢と職業、そしてランクが浮かんだ。曰く、さっきの血で魔力を読み取って本人が持ったときのみ反応するようになっているそうだ。また、場合によっては犯罪歴なども記録されるらしい。この技術のおかげでギルドカードは身分証明書として成り立っているのだろう。ちなみに、ランクごとにカードの色が変わり、Fランクは白だ。再発行にかかる金はなんと金貨五枚。それだけ大切にしろと言う事だな。
「以上が基本ルールです。細かいルールはこちらのルールブックをお読みください」
そう言って冊子を渡され、俺は晴れて冒険者となった。どことなくすっきりした気持ちでギルドを出る。さて、これから宿を探さなきゃな。
俺はそう思いながらギルドカードを見る。名前・ユウスケ、職業・魔術師。
「魔術師かぁ……まさか異世界でも『魔術師』だなんてな」
俺は不思議な縁を感じながら、ギルドカードをポケットにしまった。