旅立ち
あの手品のタネは簡単だ。実は最初から上にあるのは『ダイヤの三』で、最初に見せる時には両サイドを隠して数字と二つのダイヤを見えないようにするだけ。また、相手に言わせるのでなく自分から自信満々に「これはダイヤのエースだな?」と言って見せることで相手にダイヤのエースと思わせるのだ。一番上のカードは、同じようなことが出来ればどんなカードでも問題ない。
この手品は本来、最初から順番を仕込んどくものだ。俺がやって見せたやつで言ったら、最初からダイヤの三を一番にしておく。
しかし、ここは手品師の腕の見せ所となる。
ジョーカーにトランプの柄と名前を説明する際に、実は俺はダイヤの三の位置を覚えておいたのだ。後は、それが一番に来るように全神経を集中してシャッフル。ここで相手に変なシャッフルをしていることを気づかせたらダメだ。そうして、手品師特有の演技と手癖のわ……器用さで上手く一番にダイヤの三を持ってきたのだ。その際、シャッフルが終わった時に「これで順番はランダムになったよな?」と念押しして、思い込ませることも忘れない。
日本人のように手品を見慣れていると割と気づかれやすいトリックだが、ジョーカーは手品を見慣れていないようなので通じたのだ。
このトリックをジョーカーに教えると、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした後に腹を抱えて笑い出した。どうやら気に入って貰えたようだ。
で、ジョーカーが見えていなかったおかげで流れがちんぷんかんぷんなジャリスさんに事の顛末を説明し、ジョーカーに自己紹介をして貰った。
「また随分と際物を……」
とジャリスさんに言われたときは納得してしまった。ジョーカーはキャラが濃すぎるのだ。
「で、ジョーカーはどれくらいの精霊なんですか?」
俺とジャリスさんは家に帰ってから机で向かい合い話していた。俺の後ろではジョーカーが空中で寝っころがりながら欠伸をしている。
「ふむ、そうじゃのう……それだけの会話が出来る知性があるなら、低いと言う事はあるまい。条件も求められたようじゃし、最低でも中級のEといったとこかの。やはり、お主は恵まれているようじゃな。さて……ジョーカーじゃったか? お主に一回魔力を全力で解放して貰いたいんじゃが」
ジャリスさんはそうジョーカーに言った。
ジョーカーはジャリスさんに顔を近づけ、
『い・や・だ・ね。べぇー!』
と言った。。人差し指を口角に当て、横に引き伸ばして舌をべろべろと出す。目も声色も態度も、全てが思い切り馬鹿にしている態度だ。その証拠にほら、額に青筋を浮かべているジャリスさんを指さしてジョーカーが大爆笑している。
「こりゃあ本当に際物じゃのう……」
ジャリスさんが、ぼそりと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
■
翌日からはついに精霊と協力して戦う訓練が始まった。しかし、その出来はあまりにも散々。
例えば、的に向かって『マギアボール』で魔球を放つ時。俺はジョーカーに向かって魔力を分けてくれ、と念じる。すると、
『めんどくさ~』
とか言いやがって魔力をくれない。
例えば、俺が魔力を渡してジョーカーに『マギアボール』を使ってもらう場合。
「頼んだぞ、ジョーカー!」
俺が魔力をジョーカーに渡す。契約した精霊となら、見えない絆のようなもので繋がっているので魔力の受け渡しが離れていても出来るのだ。しかし、
『そーれ!』
俺の渡した魔力でこいつは『マギアバレット』を使いやがった。そして、俺の反応を見てけらけら笑っている。この後、『マギアバレット』を使うように頼んだら『マギアボール』を使いやがった。天邪鬼め!
「うむぅ、前途多難じゃな。賢すぎて自由意志がありすぎるのも考え物じゃな」
ジャリスさんはその様子を見て唸っている。今は見えるようにしていないため、ジャリスさんからはジョーカーが見えないが、俺の反応がすべてを物語っているのだろう。
しかし、そんな中でもジョーカーの気まぐれと俺の意思が合致すれば成功することもある。
「貰うぞジョーカー!」
『はいは~い』
俺がジョーカーに魔力をくれるよう頼み、ジョーカーがそれを了承する。すると、俺の中に信じられないくらいの質を持った魔力が流れ込んできた。これが精霊の力か。
「『マギアバレット』!」
俺はその魔力を使って魔弾を作り出す。それを、ジャリスさん御手製の土の壁に向かって飛ばす。すると、それをとんでもない威力で貫通し、さらにその余波で丸ごと破壊してしまう。とてつもない威力だ。
それと、ジョーカーは無属性の精霊なのに何故か他の属性魔術を使えることがわかった。それも四つ全部だ。普通は火属性なら火、地属性なら地、と決まっているのだ。どうにも、こいつは常識の外側を走っているように感じる。
このことをジャリスさんに問いかけてみても理由は推測すら出来なかった。元王国魔術師隊長が分からないなら俺にも分からないだろう。ちなみにジョーカーに問いかけたところ、
『お・し・え・な~い。ばぁー!』
と、おちょくられた。畜生、馬鹿にしやがって。
■
(魔力をくれ!)
『しょうがないな~』
俺はジョーカーから魔力を貰うと、相変わらず質のいいそれを使って魔球を四つ作り出し、ジャリスさんに投げつける。
そう、俺たちは今、精霊を交えた戦闘訓練をしている。契約してから数日、やっとまともに使える程度にはなったのだ。
「ちょっ! それはマズイぞ!」
ジャリスさんは焦りながら杖の先から出した炎の弾丸でそれを弾いていく。火属性中級魔法『ファイアバレット』だ。あの威力からして、向こうもイフリートから魔力を貰ったのだろう。畜生、いいよなぁ。こっちの成功率は二回に一回だよ。
俺はその隙に『レインフォース』で強化した身体能力を使って高速で走り寄る。そして、ついに無詠唱で使えるようになった『ハード』で強化した靴で蹴飛ばそうとする。
「頼む!」
ジャリスさんはバックステップで離れながら炎の壁を作り出す。普通の炎の壁ならこのまま突っ切れるのだが、これはイフリートに作ってもらったようで、温度が高い。
(消してくれ)
『は~い』
俺が魔力を渡すと、ジョーカーは軽く手を振る。それだけで炎の壁はジョーカーの手から勢いよく流れ出る水によって消火される。水属性上級魔術『トレント』だ。ジョーカーは相当強い精霊らしく、上位魔術も軽々扱う。これだけ強いと、魔力はごっそり持って行かれるのだが、俺の場合は安心だ。ただ、その分成功率が悪いのでいざという時に多用できない。主にこいつの気まぐれのせいで。
「それっ!」
俺は魔球を五つ飛ばして牽制する。さらに無詠唱で使えるようになった『アースボール』を三つ、『ハード』で硬くした状態で飛ばす。
「『ウィンドウォール』」
それは全部ジャリスさんに防がれるが、それで牽制は出来た。
「うおおおっ!」
俺は『レインフォース』の強化をより一層、一気に強くして全力で駆け寄る。その勢いは凄まじく、風の壁も無理矢理通り抜けるほどだ。そして、
「食らえ! 『ファイアソード』!」
俺は至近距離で火属性中級魔術『ファイアソード』で炎の剣を作り、それで斬りつける。ジャリスさんに反応されて避けられるものの、その進行方向は無詠唱で発動した地属性下級魔法『ホール』で片足がはまる程度の落とし穴を仕掛けてある。
「ぐっ!」
不意に沈む地面にジャリスさんが動揺する。その隙に俺は回し蹴りをジャリスさんの腹に叩き込む。
「ぐふぉっ!」
ジャリスさんはそのまま吹き飛ぶ。そして俺はその隙に切り札を出す。
(魔力をくれ!)
『ダーメ♪』
それをより強くするためにジョーカーの魔力を貰おうと思ったがダメなようだ。仕方がない! 普通にいくか!
「『魔竜巻』!」
無属性上級魔術『マギアストーム』だ! 魔力を竜巻のようにしてジャリスさんに飛ばす! これは俺のオリジナル魔術だ。ジャリスさんが使っていた風属性上級魔術『ストーム』を参考にした魔術。魔力を純粋な破壊に特化させた攻撃魔術だ。そう、ついに上級魔術を開発し、使えるようになったのだ!
「殺すつもりじゃろ!? ええい! 出てこい!」
ジャリスさんが着地をするなり、それを見て大声を上げる。すると、
「嘘だろっ!」
いきなりイフリートと二体の中級精霊が『具現化』し、協力してその魔力の竜巻を打ち消したのだ! さすがに精霊の純粋な力には勝てない。あれは何かを代償にして精霊に丸投げする方法だ。ジャリスさんの場合は『具現化』に必要な魔力が代償となる。『具現化』とは、実体を持たない精霊が実体を持つことで、そうなるとより強力になる。その分使う魔力も段違いに多く、こうしたピンチの状況じゃないと使われない。
俺の全力の攻撃は効かなかったが、俺は驚きつつも、ジャリスさんに接近してその首に木製の短剣を突きつけていた。ジャリスさんは魔力の竜巻を消し飛ばすために精霊を具現化させたため、魔力をたくさん消費している。そのため、こうして詰みまで持っていくのは簡単だった。
「……降参じゃよ。全く、死ぬかと思ったぞ」
ジャリスさんはブツブツ言いながら立ち上がり、俺に文句を言った。
「あれぐらいで死ぬほどやわじゃないくせによく言いますよ。……今までお世話になったのは感謝していますが、だからと言って痛めつけられた思い出は残ってますからね」
俺は皮肉たっぷりにそう言った。口角を上げ、強気の笑みだ。
「そのぐらい反発してくれる方がこちらもやりがいがあるのう」
ジャリスさんも強気の笑みを浮かべてこちらを見てくる。その眼差しは鋭くも、どこか優しかった。
■
俺がこの世界に来てから一ヶ月。ついに旅立ちの時が来た。頭の中にあの『あ』で始まる有名な卒業ソングを流しながらジャリスさんに頭を下げる。
「何から何までお世話になりました。このご恩は忘れません」
怪しい風体のガキが草原で倒れていて、それを助けた上に一ヶ月間一生懸命育ててくれ、お世話までしてくれたのだ。優しく、時には厳しく俺を導き、異世界に来て不安な俺を引っ張ってくれた。彼に出会えなかったら、俺はまともな生活を送れてなかったかもしれない。その可能性が大きいのは確かだ。
「ふむ、お主も頑張ると良いぞ。ここからだと東に一日とちょっと歩いたところに山道にでるはずじゃ。そこから一日下っていけば『ベースドラ』と言う村があるはずじゃ。まずはそこを目指すと良いだろう」
ジャリスさんはそう言って満足げに頷いた。
「お主の魔術は便利じゃな。冒険者として大成するじゃろうよ」
ジャリスさんの言葉通り、俺はとても軽装だ。ジャリスさんに貰った丈夫な長袖長ズボンに腰に付けるポーチだけだ。これから野営もあるというのにだ。
「『貯蔵』は便利ですよね」
俺はそう言ってみせる。
無属性上級魔術『ストレージ』。簡単に言うと、ゲームのように道具をたくさん入れられるのだ。魔術を使うことで、物を出し入れすることが出来る。なぜか生物は出来なかったが、それでも十分だ。また、一回で出し入れ出来る量も決まっており、体積で言ったら大体俺の体の体積の五倍ぐらいまでだろうか。大きなものは解体して複数回に分けて入れなければならないな。イメージとしては某猫型ロボットのポケットに近いだろうか。異空間にしまい込むイメージだ。これに関しては上級魔術だが、死ぬほど練習した。最後の三日間は暇さえあればこればっかり使っていた。おかげで、無詠唱で使えるようになったのだ。これは無詠唱で使えないと出し入れが面倒だからな。
で、この『ストレージ』でテント、寝具、調理道具、食料とその他もろもろ。それらの冒険の必需品を全てしまいこんだのだ。こうして軽装なのも頷けるだろう。ちなみに、これらの道具も皆ジャリスさんが揃えてくれた。もう足を向けて寝られないよ。
「それじゃ、行ってきます」
俺はジャリスさんに万感の思いを込めてそう言うと、ジャリスさんも、
「ああ、行ってくるといい」
と深い感情が篭った、短い言葉で返してくれた。
色々な思いはある。正直、不安で、このままここで過ごしてもいいんじゃないか、なんて考えもある。別れが寂しくもある。
だが、俺は決めたのだ。必ず、『地球に帰る』と。ここにいても方法は探せるだろうが、それよりも外の世界で情報を集める方がいいだろう。
木々の生い茂る森の中へと入っていく。ここからしばらく歩いたら山道に出て、そこを降りていくのがしばらくの予定だ。後ろは振り返らない。未練は、あの家に置いてきたのだ。
こうして、俺の異世界生活が始まってからの一ヶ月が終わり、新たな生活が始まった。