道化師
月が綺麗なその日の夜。ジャリスさんにつき従って家の外を歩いていく。その際に契約の流れを教わった。
家から出て、しばらく歩いて、十分な距離を取る。そして、草原の中でジャリスさんは契約結晶を地面に置き、俺に示す。
「さて、じゃあやって見せよ。なぁに、緊張することは無い」
穏やかな笑顔でそう言われると、俺は不思議と安心し、迷いなく契約結晶のわきに座り、それを手で包み込む。
とはいえ、やはり緊張してきた。精霊と契約を交わすのだ。この世界では特別な事ではないが、俺が読んでいた異世界物の小説では主人公たちの特権だったし、それにこの世界でも一生の相棒を決める様なものだ。緊張しないはずがない。
それでも俺は、深呼吸をすると、結晶を見て魔力を流し込んだ。
流し込んでみるが、しばらく何も起こらなかった。俺が不思議に思った。
『やぁれやれ。ようやく呼んでくれましたか。待ちくたびれちゃいましたよん』
すると、頭上からふざけた様な、高めの男性の声が聞こえた。話し方が大分軽い。
俺がその声に気付いてそっちを向くと、そこには
『やあ、異世界人さん。まぁったく、来た時に面白そうだから目をつけたはいいけどこぉんなに待たされるなんてねぇ』
半透明の『道化師』がいた。
長身で細身。顔を白粉で塗り、鼻は高く、右目は赤い星、左目は黒い月のマークで飾り、口は紅を塗っているかのように赤い。
銀色の髪を生やした頭にはカラフルなジェスターハットと呼ばれる三つ又に分かれ、先端に綿が付いた帽子をかぶっている。それもそれぞれの分かれ目に沿って赤、オレンジ、黒と色が付き、先端の綿は白だ。
着ている服は少しぴっちりしていて、中心線に沿って右に赤、左に黒と色が分かれていて、それらのところどころに様々な色で星やハートやクラブといったマークがあしらってある。襟は大きくて広く、下に逸れていて、縁は金色、他の生地の部分は赤と黒に分かれている。また、両腰にはひらひらした飾りが付いていて、それは服とは左右逆に黒と赤に色分けされている。
ズボンもぴっちりしていて、こちらは服と同じ並びで中心線に沿って赤と黒に分かれている。その下にはいている白く、光沢をもつ靴はつま先が大きく上に反り上がっており、それにも金色のラインで装飾が施されている。また、手には白い手袋をはめており、肌が露出している部分は顔以外にない。また、よく見たら足が地面についていない。空中に浮いているようだ。
「ど、道化師……?」
俺は思わず呟いてしまった。砕けた敬語を使った人をおちょくったような話し方、口角を釣り上げたニヤニヤした笑い、そしてその装い……どう考えても道化師だ。どうしよう、これは混乱してきたぞ。……落ち着け、まだ焦るような時間じゃない。そうあのバスケット漫画のキャラクターだって言っていたじゃないか。そう、諦めたらそこで試合終了だと監督も言っていたぞ。
精霊が見えず、俺の様子を見ていたジャリスさんが心配そうにしていた。俺が挙動不審だからだろう。
『おんやまぁ、君、いい表現をしますねぇ。道化師かぁ、さすが異世界人さんですねぇ』
俺の混乱をよそに、道化師のような精霊は俺にそう言ってくる。
「……よし、とりあえず混乱は棚上げだ。うん、決めた。……それで、俺と契約してくれるのか?」
俺は色々な思いを後に置いといて、精霊に問いかけた。
『うぅーん、そうですねぇ……あ、君ポケットに面白そうなものを入れてますね。それでちょいと面白いことやって下さいよ。それが愉快だったら契約して差し上げちゃいますよん』
精霊は、俺が穿いているズボンのポケットを指し示してそう言った。
「これのことか?」
俺はポケットからカードが複数枚入った箱を取り出す。それは、トランプだった。昨日の夜遊んでそのままだったのだ。
『それ異世界のおもちゃでしょお? ねね、ほら、早く早くぅ』
目をかまぼこ型にして口角を上げ、両手を握って身体の前で振って見せる。いちいち動作が激しいうえに面倒くさい奴だ。
「どれ、じゃあちょっと待ってろ」
俺はそう言って、トランプを広げて見せる。
「これはトランプと言って、俺が出身の来た世界のカードだ。こうして絵柄が沢山あるだろ」
といって一枚一枚、名称を教えながら見せていく。トランプを知らない精霊への配慮だ。精霊はその一つ一つを興味深そうに見て頷いている。
「全部の柄を覚えたか?」
そう言うと、精霊はコクコクと頷いた。
「よし、じゃあ待ってろよ」
俺はそう言うと、トランプを全部表裏揃え、柄が見えないようにしてシャッフルする。うーん、しかし神経を使うな。ちょっと疲れてきたぞ。
「これで順番はランダムになったよな?」
と問いかけると、また精霊は頷いた。
「よし、じゃあこれを見ろ」
俺はその両端を持ち、表向きにしてみせる。
「これは『ダイヤのエース』だな?」
一番上のカードの中心には赤いひし形が書いてある。俺の確認に精霊はまた頷いた。これから起こる展開に期待している観客の様だ。
「じゃあいくぞ」
俺はそのカードの束を裏返す。これで誰からも見えなくなった。
「じゃあ俺が息を吹きかけるぞ。……ふっ!」
俺はそう言ってカードに息を吹きかける。
「さーて、どうなってるかなぁ……」
俺は不敵な笑顔を浮かべ、もったいぶってゆっくりひっくり返す。そして、見えないギリギリのところで、
「ジャン!」
一気にひっくり返す。そこには、
『うっそぉっ! 何で!? ねぇねぇ何で!? 魔力の動きは見てたけど全然魔術使ってませんよねぇ!』
ダイヤの『三』があった。
精霊は空中でくるくる回りながら俺に顔を寄せて理由を聞いてくる。
「どうだ、楽しめたか?」
俺はそう言って、理由を説明せず問いかける。
『んもう楽しめましたよぉ! 契約するから! 契約するから早く教えてぇ!』
そう言って五月蠅いので、俺は契約の言葉を言うことにした。
「『汝、我と契約せよ。その契約は、我が命が尽きるまで続く』」
『んもうおっけい! 超おっけい!』
中二病くさい契約の言葉を言い、右手を差し出す。すると、その道化師は興奮したように叫びながら右手を俺の右手に伸ばす。その瞬間、俺の魔力は精霊に、精霊の魔力が俺に、それぞれ流れていく感覚があった。
『すっごい魔力ですねぇ。異世界特権ですかねぇ?』
精霊がそんなことを呟いた。俺は知らん、と首を横に振る。
魔力の流れが止まったところで、俺と精霊は手を放した。これで契約は完了だ。
「で、お前の名前は?」
俺は精霊に問いかける。名前が無いといろいろ不便だからだ。
『ワタシに名前はございませぇん。君が付けてもよろしいですよん』
相変わらず、精霊はニヤニヤしながらそう言った。
そうだな……じゃあ、第一印象からつけるか。手品が好きな俺にはちょうどいいしな。手品と言えばトランプだ。
「お前の名前は……『道化師』だ」
トランプに描かれた『ジョーカー』。その印象を強く受けた。ある意味、俺が偶然トランプをポケットに入れていたのは必然だったのかもな。
『『ジョーカー』、ですか……いいでしょう。これから私の名は『ジョーカー』です』
ジョーカーはニヤリと笑い、それを受け止めた。




